ブッダの生まれ変わり、ヒモ男の本領発揮
それから一ヶ月ほどは、シャトレーゼのケーキとか小花柄のワンピースみたいな、平和(?)なものが部屋に現れ続ける日々が続いた。リョウスケは小花柄のワンピースを着た私を見て、照れくさそうに可愛いよ、と言った。
「ほんとに?似合ってる?」
「うん。麦わら帽子も合わせるともっと似合いそう」
私はその言葉に舞い上がってしまい、特に好みでもないそのワンピースをしょっちゅう着て、麦わら帽子を被るようになった。
******
そんなある日。私がバイトから帰ってくると、部屋に小汚いおっさんが鎮座していた。
「こいつリョウスケの友達?」
「いや別に。でも凄いんだよ。この人ブッダの生まれ変わりらしいよ」
「ブッダの生まれ変わりです。よろしくお願いします」
ブッダの生まれ変わりはそう挨拶した。またわけの分からないものが部屋に現れたな、と私は思った。
「南無阿弥陀仏!!」
ブッダの生まれ変わりは唐突にそう叫んだ。リョウスケは、おお凄い!と感激した。そんなんで感激するなよ、と私は思った。
「南無阿弥陀仏ってブッダの言葉じゃなかった気がするけど……」
私はスマホで南無阿弥陀仏について調べた。ウィキペディアに、南無阿弥陀仏という名号は法然というお坊さんが作ったものだと書いてあった。
「やっぱり違うじゃん。こいつ怪しいよ」
「ウィキペディアなんて当てになるもんか!!この不信心者め!!」
自称ブッダの生まれ変わりは、青筋を立ててそう怒鳴った。悟りを開いたにしては気が短すぎる。
「じゃあなんか証拠見せてみろ。神通力とかあんだろ?」
「チッ、しかたないですね」
彼は何度も舌打ちをして、トランプを取り出した。こいつ態度最悪だな、と私は思った。
「いいですか。このカードをよく覚えておいてください」
彼は私に一枚カードを見せた。彼はそのカードを見ないで束に戻すと、シャフルしてその束の中から適当な一枚を引いた。
「あなたが見たカードはこれですね?」
「ただの手品じゃねぇか!!」
私は大声でつっこんだ。何なんだこいつは。リョウスケも彼がニセモノだと気づき始めているようだった。
「それじゃだめだ。他になんかないのか?」
「えっと、これしか手品は……あっ、いや何でもない」
「今手品って言ったよな!?」
「すごく大きなオナラとかならできますけど……」
私が絶対するなと言いかけたところで、彼はブーッ!!と凄まじい音を立てて屁をこいた。
「どうですか?」
「どうもこうもあるか!!やっぱりお前はニセモノだ!!」
私がそう言うと、彼はとうとう泣き出してしまった。彼は泣き方まで小汚かった。
「だって、僕、何者かになりたくて……!」
「そうです。僕は自称です!自称ですよ!!」
彼は泣きながら逆ギレすると、家を飛び出していった。部屋には彼の残した濃いオナラの臭いが、置き土産のように漂っていた。
「散々な目にあったね」
「うん……」
私たちは窓を開けて部屋を換気し、ため息をついた。
その日の夜、私たちはお互いのおすすめの音楽を聴きあって過ごした。
「米津玄師って実はボカロP時代のOFFICIAL ORANGEってアルバムにも、本人歌唱の曲が入ってるんだよ」
「ほら、この遊園市街って曲」
「へぇ〜。ってか米津玄師ほとんど聴いたことないんだよね」
「能力名が米津玄師なのに?失礼だな〜」
「リョウスケはどんな曲が好きなの?」
「僕は実は洋楽が好きなんだ。特に90年代のグランジってジャンルが好きで」
「Nirvanaって聴いたことある?ほら、あの赤ちゃんが裸でプール泳いでるジャケットの」
「あ〜、それか〜。ジャケットだけ知ってるわ」
……
私たちはお互いのことを知れた気がして、嬉しくなった。
******
リョウスケがやってきて二ヶ月ほど経った。私はリョウスケを養い始めてから貯金が減ってきていた。何とか彼を働かせられないだろうか、と私は考えた。
「ねぇ、履歴書とか書いてあげるからなんかバイトしなよ」
「ベース全然練習しないし」
「えぇーっ!」
彼はあたふたした。よほど働きたくないようだった。
「でも僕、概念だから、履歴書の学歴とか埋められないよ……」
「そんなの嘘ついちゃえばいいんだよ。たかがバイトの学歴なんて誰が調べるもんか」
私は勝手に彼の履歴書を書いて、勝手にindeedのスーパーの惣菜の求人に応募した。やがて面接の日がやってきた。
「ほら、行って来い!」
「でも、今日はバンドメンバーとセッションする日だから……」
「バンドメンバーなんていないだろ!!」
私は彼をほぼ強制的に家から見送った。彼は半泣き状態だった。音楽で有名になるにしても、多少の社会経験はあった方がいいだろ、と私は考えた。
それから、3時間経っても4時間経っても彼は帰ってこなかった。私は悟った。
「あいつ、飛びやがったな……」
私はリョウスケを探しに出かけた。リョウスケは、鴨川デルタのベンチで煙草をふかしてビールを飲んでいた。
「おいコラ!何やってんだ!心配かけやがって」
「あっ、カンナさん……!!」
彼はそう言うと、泣きながら私に抱きついた。彼の体温がじんわりと身体に伝わってきた。私は心臓が破裂しそうなぐらいドキドキした。記憶がなくて、気づいたらここに……と彼は弁解した。もちろん私は彼の弁解なんて1mmも聞いていなかった。私はただひたすら彼に抱きつかれて胸をときめかせていた。それで私は全て許してしまった。
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