幼馴染に「彼女いないの?」と馬鹿にされたので、彼女を作ってみた。

よこづなパンダ

幼馴染に「彼女いないの?」と馬鹿にされたので、彼女を作ってみた。

「……よいしょっと。行くわよ!庄平しょうへい!」



 放課後、金曜日。

 今日も呼んでもいないのに……ベランダを飛び越えて俺の部屋に侵入しようとしてくるのは、隣の家に住む幼馴染の有栖ありす


 一瞬、無視しようという考えが頭をよぎるも、あまりにけたたましい音がしたので一旦イヤホンを外し、仕方なく窓の外を見る。するとそこには、窓ガラスをゴンゴンと叩いている幼馴染の姿があった。



 ……うるさい。



 2階にもかかわらず、念入りに窓の鍵を閉めている理由がわからないのだろうか?テストの点数はそんなに悪くないから、別に馬鹿ではないはずだが。


 有栖には何度も窓から入ってくるなと注意している。理由は勿論、落ちたら危ないからだ。いくら鬱陶しいと思っていようが、彼女は腐っても俺の幼馴染。だから俺と彼女との間には小さい頃からの思い出だって沢山あるし、そんな彼女に万一のことがあったら、寝覚めが悪いってやつだ。


 しかし、今はこうして既にうちのベランダまで飛び移って来てしまっている以上、仮に追い返すとなれば再びベランダ間を飛び越えさせる必要があり、なおさら危険なので、俺はやむを得ず彼女を部屋へと招き入れる。


「……じゃ、お邪魔しまーす♪」


 ベランダに靴を脱ぎ捨てた彼女は、大きく脚を広げて跨ぐようにして窓を通り抜ける。―――その際、うっかり制服のスカートの中が見えそうになった。そしてひらりと絨毯の上に着地を決めると、スカートの裾をぽんぽんと整える。

 そんな彼女の仕草に俺はといえば、胸がドキドキ……



 するはずもなかった。



 俺は元々、大人しくておしとやかな女の子が好みなのだ。だから、有栖は俺にとって、好みのストライクゾーンの対極に位置する存在。もし野球でピッチャーがそのまま放れば、美しい二塁への牽制が決まることだろう。


 残念なのは、有栖が昔からこんな子だったわけではないことだ。彼女の性格を考慮せずに容姿だけを客観的に見れば、かなり可愛いだけに余計に惜しい。どうして小さい頃のような、引っ込み思案な性格のまま育ってくれなかったのだろうか。やりきれなさを感じる。ソシャゲのガチャで激レアカードを引き当てたのに、インフレして使い物にならなくなっていくときのような虚しさ、と言ったら良いだろうか。


「……それで。何の用だよ、有栖」


 つい変なことを考えたせいでモヤっとしたこの気持ちを晴らすためにも、こうして幼馴染と対峙するとして、一応彼女に用件を尋ねてみるものの―――どうせ下らないことなのだろうと察しがつく。


「ねえ、見てよ庄平。この髪飾り、超可愛くない??」


 ……うん。やっぱり、どうでも良かった。


「はいはい。どこで買ったんだよ?」


 相槌を打ちながら、有栖には話を聞いてくれる友達がいないのだろうかと、ふと疑問を抱く。―――いや、そんなはずはない。クラスではそこそこ人に囲まれている方だし、何より有栖は容姿が整っているため人気がある。そんな彼女の話となれば、たとえ下らない自慢話だったとしても喜んで聞く者は多いだろう。ならば何故、わざわざ俺に話しかける必要がある?……少し考えてみたものの、答えが出そうにないため俺は思考を放棄し、そのまま彼女の話に耳を傾けることにした。


「貰ったのよ。達也くんに」


 有栖は少し自慢げにそう答えた。

 達也くん、というのは、あのサッカー部で俺たちと同じ2年にもかかわらずレギュラーで活躍していると噂の、あいつのことだろうか。


 言わずもがな、有栖はモテる。……というのも、彼女は他の人と接するとき、俺に対するそれとは全く態度が違うからだ。クラスにおける彼女は、まるで清楚な子であるかのように振舞っている。それこそ―――もし俺が彼女の幼馴染でなかったら、うっかり惚れてしまっているのではないか、というように。


 いわゆる、外面が良いってやつだろうか。まあ、でも現実はといえば残念ながら、こういう奴なのだ。うるさくて、自分勝手で。まあ、幼馴染の俺に見せているのだから、こっちの方が素の姿なのだろうけど。……ああ、本当に残念だ。


「ふーん。で、どうしてつけてないんだよ」


 ところでここで1つ、素朴な疑問が浮かぶ。有栖はその髪飾りを自慢げに語るわりには、それは手元のポーチから取り出され、肝心の頭にはつけられていなかったのだ。

 そしてこの俺の問いかけに、待ってましたとばかりに有栖は食いつく。……訊いた後で、少し後悔した。


「強引に渡されたの。私、あの達也くんに告白されちゃったんだけどね、気持ちには応えられないよって言ったら、せめてこれだけでも受け取ってほしいって」



 ……あの達也くん。




 ……そうか。

 そういうことかよ。


 その言葉を聞いたとき、これまでの我慢の糸がぷっつりと切れて、一気にうんざりしていく自分がいた。

 ああ、また自慢か。私はモテますよ、って。

 残念ながら俺は生まれてこの方、女の子に告白された経験は一度もない。

 だからこそ有栖の話が余計に嫌味に聞こえるし、きっと彼女もそれを狙ってのことだろう。


 腹立たしい。

 だが、有栖はこんなにも美人なのだから、嫌味を言われたところで返す言葉もなく、そんな自分が情けない。

 そして、見た目だけは好みだからこそ……つい、彼女の話の聞き役を断り切れずに買ってしまう自分が、本当に情けなさすぎる。


 彼女はさらに訊いてほしそうな顔をしているので、俺は最後の情けで、仕方なく尋ねてあげることにした。


「どうして振ったんだよ?」


「好みじゃなかったからねー。自分の意思で振っただけよ、自分の意思で、ね。モテないアンタとは根本的に違うってワケ。わかる?」


 有栖は人差し指をピンと立てた。




 ……これが、俺にとっての我慢の限界だった。


 流石の俺でも、かなりイラっときたのだ。こっちが話を合わせてあげているというのに、煽られてムカついた。


「庄平は彼女いないんでしょ?」


「うっせーな!だったら彼女作ってやるよ!」


 だから気がつけば俺は、咄嗟に彼女にそう返事をしていた。

 売り言葉に買い言葉とは、まさにこのことだろうか。






「……ふん!やれるもんならやってみなさいよねー!」


 ―――最悪だ。もう後には引き返せなくなってしまった。

 きっと今日のことで、有栖は後日、俺のことを弄ってくるだろう。



 ……だったら、いっそのこと、やってやろうじゃないか。



 この意気込みを、ヘタレな俺の勇気に変えてしまえばいい。


 実をいうと、俺には最近、少し気になっている子がいた。

 俺はその子に、ダメもとで告白してみることにした。




♢♢♢




「……ね、ねぇ、庄平に彼女ができたってホントなの?」


 翌週の火曜日。

 不法侵入してきた有栖に、俺は開口一番にそう尋ねられた。


「ああ。隣のクラスの鈴音すずねさん。前から気になってて、俺から告白した。俺には勿体ないくらいの良い子だよ」


 だが、今の俺はこの質問に自信を持って答えることができる。

 なぜなら……



 俺には本当に、彼女ができたからだ。



 先日はつい頭に血が上ってしまったが、この結果も有栖の煽りがあったからこそ、と思うと、少しは感謝しなければいけないかもな。

 

「う、うそ……」


 俺の返答を聞いた有栖はといえば、心の底からショックを受けたような表情をしていた。

 ……いや、いくら何でも失礼すぎるだろ。幼馴染補正があったとしても許されることじゃないぞ。


「いやバレる噓をついてどうするよ。鈴音さんはお前とは違って大人しくて上品で……ちょっと人見知りなんだ。だから俺が彼女と放課後遊ぶことになったりしても、あんまり話しかけないでほしい。あと、彼女を俺の部屋に呼ぶことがあるかもしれないから、これからは勝手にウチに来るなよ?」


 だからムカついたついでに、これは良い機会だと思い、俺はちゃっかり有栖と距離をとることを提案する。


「……部屋に、呼ぶ……?……侵入、禁止……??」


 そしてそれを耳にした有栖はといえば、呆然とその場で立ち尽くしていた。



 ……何故だろう。

 俺は何かおかしなことを言っただろうか?いくら幼馴染とはいえ、恋人ができたとなればこれまでの関係性を見直すことだってあるだろう?


 有栖の反応に一瞬だけ惑わされそうになったが、俺は自分の感覚が間違っていないことを脳内で確認すると、その当たり前すぎる理由を、敢えて言葉で表現することにした。


「ああ。彼女がいるのに他の女と親しげに話していたら、気分良くないだろ。それくらいは、有栖にもわかるよな?」


 俺は先日やられた分、きっちりと煽り返す。

 これは良い機会だ。最近の有栖は少し調子に乗っていた。


 散々馬鹿にしていた俺に何も言い返せず、みるみるうちに顔が赤くなっていく有栖を見て、少しだけ気分がスカッとした。

 怒りのあまり、いや、悔しさだろうか、彼女の華奢な身体は震えていた。


「……もういい!帰る!」


 きっと、相当精神的にこたえたのだろう。いつになく真面目に玄関から帰っていったのが印象的だった。


 ……ちょっと笑えたな。






〜〜〜






 私、バカだ。


 家に帰って部屋に戻るなり、私はすぐにカーテンをガッと閉めて怒ったふりをした。

 ……そうするしか、できなかった。


 動揺してふらついていたせいで階段で2階に上る際に転倒し、擦り剥いたのだろうか、膝からは血がじんわりと滲んでいる。

 痛くて、苦しくて、もう私はボロボロだった。



 いつから私は、庄平と素直に向き合えなくなってしまったのだろう。



 庄平のことを異性として意識し始めたのは、多分小学校中学年とか、それくらいからだと思う。

 庄平と他愛もない会話をするのが好きだった。でも、それだけじゃなくて、もっと近く……庄平にとって、最も大切な女の子になりたかった。


 だから、私は変わろうと思った。人見知りで引っ込み思案な性格を変えるべく、庄平には特に積極的に話しかけるようにした。……勿論、二人きりのときに限るけど。


 自慢話もいっぱいした。もっと私の良いところを知ってほしかった。庄平に意識してほしかった。

 だけど、庄平はなかなか興味を持ってくれなかった。むしろ、思春期が訪れたからか、それまで以上に距離を感じることすらあり、私は焦った。


 焦って、焦って……全部、裏目に出て。


 庄平にできた彼女が鈴音さんだと聞いて、私は二重の意味でショックを受けた。


 鈴音さんといえば……まるで、昔の私を見ているかのような子だ。学校での、いつもの本当の私にも少し似ている。



 庄平を前にするといつも緊張して、それを隠すように振舞って、その結果、庄平にだけ態度が変わって……そんなこと、しなければよかったんだ。

 焦らずにじっくりと、庄平と2人きりの時間を楽しめば良かったのに。



 挙句の果てに、私は庄平が恋人を作る背中まで押して……



 庄平は言っていた。私とは距離を取るって。

 ……そんなの、当たり前だってわかってる。恋人のことを一番にしなければならないって。



 でも、そんなの……私、嫌だよ……

 もう、2人きりにはなれないの?




 私に、挽回のチャンスを与えてよ。




「……うぅ、ぐすっ……」




 いつの間にか、視界がぼやけていた。

 私、こんなに庄平のことが好きだったのに……


 過ちには、失ってから気付くものだ。

 もっとこうすれば良かったとか、ああすれば……なんて後悔がとめどなく溢れてくる。せめて彼に気持ちを伝えられたら良かったのかもしれないけど、それを伝える機会すらも失ってしまった。


 私は一晩中、部屋で泣き続けた。




◇◇◇




 ―――それでも、心のどこかでは少しだけ、ほんの少しだけ期待していた。


 しかしあの日から、庄平に話しかけられることは一度もないまま。

 本当に拒絶されてたんだ……庄平に彼女ができて2週間が経ち、そうはっきりと自覚した頃。

 しんとした自室とは対照的に、窓の向こう側からは楽しげな笑い声が聞こえて、私の胸はきゅっと締め付けられた。


 そういえば、何度も通った庄平の部屋で、最後に彼が笑ったのを見たのはいつだっただろう。


 ずっと自分のことで頭がいっぱいで、こんな単純なことに気づかないなんて。



 きっと今頃、庄平は鈴音さんと楽しく会話してるんだろうな……



 そう思ったら、本当にこの恋は終わってしまったんだなって……ようやく考えることができた。そして、庄平の幸せを近くて遠いこの距離から眺め続けることが、拒絶させるまでに彼のことを苦しめていた私への罰なんだってことも、理解できた。


 胸に刻みこむように庄平の声を拾っては、彼の笑顔を思い浮かべる。


 小さい頃からの庄平との沢山の思い出は、私の胸にしまい込むにはあまりに大きすぎて……涙に形を変えて溢れては、儚く散っていった。

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