もうそんなこと忘れかけていたのに、テッチャンがあまりにも似ていたものだから、ついうっかり思い出してしまったのだ。

 テッチャンは私のことをどう認識しているのだろうか。

 人畜無害でいつも物欲しそうにしている子どものおばけ? 

 このうだるような暑さの中、テッチャンは汗が滴るのも平気で見知らぬ土地を歩き回る。よっぽどあの家が退屈だったのだろう。暑さからくる苛立ちも相まって、かなりムシャクシャしているに違いない。イライラに任せ、本人は足の向くままに歩いているつもりなのだろうか。

 途中、暑さに参って何度も休憩をはさみながら、それでもなんとかテッチャンはあの場所にたどり着く。

 知らない土地の初めての場所だったはずなのに、正確にこの場所に到着できたのは、やはり血のなせるものなのかもしれない。

 父親の兄が死んだ場所。

 そして、テッチャンの父親の兄に私が殺された場所。


 テッチャンはこの廃墟に興味があるようだ。

 危ないよ、と止めることができればよかったのだが、私にはどこか誇らしげに自身の大発見に引き寄せられていくテッチャンを、ただ眺めていることしかできない。

 足元がおぼつかなくなっていることに、本人は気が付いているのだろうか。暑い中、帽子も無く水分補給もせず歩き続けていたのだ。軽い熱中症にかかっていてもおかしくはない。

 テッチャンは街灯に集る虫のようにふらふらと、似た者同士だった父親の兄が死んだ場所へ歩みを進める。


 日光の遮られた屋内でも、熱せられた空気までは防げない。

 窒息しそうなくらいの息苦しさの中、それでもテッチャンは意固地に廃墟探索をしていく。もとは何かの施設だったのか、教室ほどもありそうな部屋がいくつもあり、そのどれもが壊滅的な状態だった。

 テッチャンは上へ向かう階段を見つけ、蒼白な顔色の上から新しい色で塗りつぶしていくように喜色が広がっていく。

 そっちは危ないよ、もうこれ以上はいけないよ。

 もしもそう伝えられたとして、私はそれを伝えるべきなのだろうか。

 私が突き落とされ、後になぜか突き落とした張本人も落ちた廃屋の屋上は、あの時と変わらず殺風景だった。

 すでにまっすぐ歩くこともできなくなっているテッチャンは、ぐらぐらと体を揺らしながら、手すりすらない屋上のふちへ向かっていく。

 おっかなびっくりしながらしゃがみ込んで、そろりと下を覗き込んだ。


 私はテッチャンに近づき、その横顔を確認する。

 何が嬉しいのか、テッチャンは下を覗き込んでニヤニヤと嗤っていた。

 あの日、私を突き落として何週間か後に再びここに来た時の、テッチャンの父親の兄と同じ表情だった。

 ぐらりと上体が揺れて、テッチャンは屋上のふちで急にバランスを崩す。

 あの日もそうだった。テッチャンの父親の兄は、私が落下した所を見下ろしてニヤニヤと嗤っていたのだが、なぜか屋上のふちで急にバランスを崩したのだ。

 私とテッチャンの目が合う。

 何が起こっているのかさっぱりわからないといった、虚を突かれたような疑問符だらけの目。その目には両の手を前に突き出した私が映っていたことだろう。

 同じだ。

 テッチャンの父親の兄も、同じ目をして、同じものをその目に映した。

 私は、落下していく彼らをただ眺めていることしかできない。


 家にはおばさんがひとり、呆けたようにお茶を飲んでいた。

 まき散らされたジャムは綺麗に掃除されている。

 おばさんが、テッチャンの父親の兄が殺人に至るほどのイジメをしていたことに気が付いていたのかどうかはわからない。

 数年廃墟に通いつめ、供養していた相手が、本当に私じゃなかったのかどうかも、もうわからないし今更どうでもいいことだろう。


 今しがた、ジャムつきのスプーンよりも重たい音を立て、スイカの果汁よりも濃く大きな水たまりを作り上げたテッチャンのことを知ったら、おばさんはどう思うのだろうか。


 私はやっぱり、アカは苦手だ。

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アカ 洞貝 渉 @horagai

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