中
初日、テッチャンはテーブルに並ぶ食事がおばさんとテッチャンの分のみで、私の食事が無いことに戸惑っている様子だった。でも、すぐにテッチャンはそんな状況に順応した。テッチャンには食事があり私には無い、ということに対する戸惑いが通り過ぎた後、優越を覚えたようだった。
もちろん、食事を完食して、よく食べたねえとおばさんに褒められた時にも。テッチャンだけがデザートのスイカを与えられた時にも。一番風呂を勧められ、おばさんからふかふかなタオルを手渡された時にも。風呂から上がった後、タオルで髪を乾かしてもらっている時にも。
テッチャンは私の方をじっと見て、ニヤニヤと嗤うのだった。
お兄ちゃんによう似とうてんなあ。
おばさんがテッチャンをぼんやりと見つめ、ぽつりと漏らした。
床にひっくり返って扇風機の前を陣取っていたテッチャンは、はあ? とかん高い声を上げてから、ああ、と納得する。
父ちゃんの兄ちゃん、俺と同い年で死んだんだっけ? そんなに俺、似てんの?
おばさんはテッチャンの質問に答えない。無視しているのではなく聞こえていないのだということをテッチャンも承知の上で、それとももしかしてバアチャン、ボケちゃったとか? とせせら笑う。
ふと、テッチャンは笑みを引っ込めて体を起こした。
いつものように私をじっと見つめ、心底嫌そうな表情になる。
まさか、おまえ父ちゃんの兄ちゃんなの?
私は一瞬、何かを思い出しそうになるが、テッチャンのまっさかね! という怒声にすぐ掻き消された。
父ちゃんの兄ちゃんが、こんなみすぼらしい奴なわけねーもん!
むせ返るようなもったりとした甘い香り。
イチゴのアカいジャムがべちゃりと乗ったトーストを、テッチャンは自慢げに口に運ぶ。
唾液腺が刺激されるような主張の強い香りに、焼いた食パンの香ばしい匂いが優しく合わさったそれは、テッチャンの口の中でくちゃくちゃと混じり、潰され、嚥下された。
自慢げにニヤニヤと嗤うテッチャンを、私はただ眺めていることしかできない。
何を思ったのか、唐突にテッチャンがジャムをスプーンごと投げつけてきた。
飛び散るジャムも放物線を描くスプーンも、明後日の方向へ飛び、おばさんがあれまあと素っ頓狂な声をあげる。
グチャリ、床に落下した真っ赤なジャムまみれのスプーンが音を立てた拍子に、思い出した。
テッチャンはおばさんの反応が面白かったのか、ジャムが私にかすりもしなかったのがツボだったのか、はじけたようにゲラゲラと笑って部屋を飛び出していく。
それをただ、私は眺めていた。
アカを見ると、鼻腔いっぱいの生臭さがよみがえる。
スイカの澄んだ甘い香りとも、ジャムのもったりとした甘い香りとも違う、吐き気を催すほどの不快さをともなった香り。
もともとそんなことはなかった。
スイカも、トマトも、リンゴも、サクランボも、イチゴのジャムも、照り付ける夏の日差しも、みんなアカくても平気だった。
アカが駄目になったのは、廃墟の屋上から突き落とされて死んでしまってからだ。
私の体のどこからこんなに大量のアカがわき出てくるのか、恐怖心にも勝るくらい不思議に思ったのを覚えている。あらかた血が流れ出てしまうと、あんなに熱かった体から一気に温度が抜けていってしまった。
寒くて、痛くて、怖くて、そして臭かった。
視界いっぱいのアカと腐りゆく血の生臭さ。
おばさんはしばらくの間、供養の花とお菓子を供えに来てくれていた。
それが私に向けられたものではないのは知っていたけれど、あまりにも頻繁に来るものだから、なんとなく引かれてしまい、そのままくっついて、居着いてしまった。
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