5.新妻真司の告白

『弱い者の味方をしなさい』


 これは良く母さんに言われた言葉だ。

 俺は物心ついた時から体が大きくて力が強く、周りの同級生たちがみんなモヤシに見えた。だけどその力は悪いことには一切使わずに、常に人助けを心掛けた。母さんが俺を褒めてくれる。だから俺はその言葉を最後まで貫き通すと幼心に刻み込んだんだ。


 あの良男よしおを助けていたのもその為だ。

 あいつは体も小さいし細いしまるでモヤシ代表のような奴だった。牛乳すら飲めない情けない奴で「牛乳飲めないと強くなれないぞ」と教えてやっても一向に飲もうとしなかった。体育でも色々助けてやったんだが、だからこそあのは本当に許せなかった。



 活発的な俺は小学校四年生にようやく買って貰った自転車で、ガキにしてはずいぶん遠くまで遊びに行っていた。車でしか行けない様な遠い町でも俺はずっと自転車を漕いで出掛けた。別れたという俺の本当の父親が機械好きだった影響かも知れない。自転車に乗っている間は幸せだった。


 だがそんな生活もあの光景を見た時から一変する。

「あれは、クソ親父!?」

 マンションから遠く離れたファミレス。そこから出て来たのは母さんが再婚したクソ父親と、肌の白い髪の綺麗な女性だった。ふたりは手を繋ぎ肩を寄せ合い車の中へと消えて行く。

 俺は体が震えた。あの女、知っている。良男の母親。同じマンションに住んでいるから良男と一緒に居る時に挨拶をしたことがある。子供心にも綺麗な母親だと思ったからずっと忘れずにいた。

「あいつが原因だったのか!!!」

 俺はすぐにそれが不倫と呼ばれる不貞行為だと理解した。そしてここ最近ずっと母さんが悩んでいる原因がそれだと結び付けた。俺には一切話してくれないが時折部屋でひとりで泣いているし、クソ親父が母さんを怒鳴る声も俺の部屋まで聞こえる。体は大きいが所詮子供。力では敵わないからぐっと我慢をしてきた俺だが、この光景を見て決心がついた。


 ――母さんを苛める奴は、俺が許さない。


 その瞬間から俺にとって母さんはとなった。きっと苛められているから俺のことをあまり見てくれないのだろう。苛められているから何をしても関心を持ってくれないのだろうと俺は思った。


 そう思った俺の行動は早かった。まず学校で坂上の血を引く良男が許せなくなった。全力で潰すことを決意。あいつは唖然としていたが母さんを苛める奴らは全て根絶やしにしなければならない。あいつらさえ片付けられれば不本意だがクソ親父は母さんのところに戻り母さんはまた幸せになれる。この時はまだ母さんとクソ親父の関係を戻すことを必死に考えていた。


 俺の苛めはエスカレートした。いや、させた。

 担任から良男について何度も聞かれたが知らぬ存ぜぬを貫き、一切バレないように苛めを続けた。子供には分かるんだよ。大人が本気かどうかなんて。母さんにも苛めについて尋ねられた。正直これは心が痛んだ。なぜって母さんが悲しい顔をしていたからだ。俺は心を鬼にして否定した。そして部屋に戻ってから母さんに向かって心の中で言った。

(もうすぐ俺が助けてやるから待っててね)、と。



 この頃から俺の頭の中にはある計画ができ始めていた。

 それはあの坂上のババアが最も大切にするものを奪うこと。お前らが俺から母さんを奪ったように俺もあいつらに復讐をしてやると思った。

 狙い付けたのはその最も大切なものである『良男』。機械いじりが好きだった俺は、同じマンションに止めてあった良男の自転車のブレーキに細工をした。強い力が掛るとブレーキワイヤーが切れて自転車が止まらなくなる細工。もちろん最初は俺の自転車で試した。体は大きいが手先が器用だった俺はものの見事にその細工を完成させる。

 そして良男は見事に自転車事故を起こし入院する事となった。まあ彼には悪いと思ったが、数日後マンションで見かけたあのババアの顔が痩せこけていたのを見た時は爽快以外何物でもなかった。


 良男は意識不明の重体となったそうだが、正直そこまで酷くなるとは思っておらず悪いことをしたと少し反省した。ただ俺の計画は終わらない。一番の原因である坂上のババアを消すまではこの計画に終わりはない。

 幸い自転車は大破したそうで俺のところに警察が来ることはなかった。学校のクラスは最悪だったよ。クラスメートの大事故だって担任は騒ぐし、入院しているあいつに寄せ書きを書こうなどと女子が言い始めるから俺も嫌々「早く良くなれ」と心にも思っていないことを書き込んだ。



 母さんは相変わらず元気がない。

 やはりあのババアを始末しなければ母さんは救われないと強く思ったのもこの頃だ。連続して自転車事故が起こるとさすがにバレると思って、少し時間を置いてから今度はババアの自転車に細工をした。

 その直後、俺は母さんから呼び出しを受けた。久しぶりに話す母さんはやはり元気がなく、しかもあのクソ親父と俺の苛めについて話したいと言い出した。良男はもう学校にはいないのに何を今さらと思ったが、要は母さんはあのクソ親父と話す理由が欲しかっただけなんだと後から思った。


 随分久しぶりに正面から顔を見るクソ親父。見れば見るほど反吐が出そうなクソ面だ。母さんは大好きだが、なぜこんな男と再婚したのか未だに理解できない。話は坂上家の話題へと移った。細工を完璧に終えていた俺はもう余裕しかなかった。だからすべてを話した。良男の自転車のこと、そしてその母親の自転車もさっき同じように細工したと。


 その時のあいつは面白かったね。

 顔面蒼白になって何やら訳に分からないことを叫んで部屋を飛び出して行った。直感的にあの女の元へ行くんだと思った俺は、それを阻止しようとすぐに後を追いかけた。だがやはり大人の足には敵わなかった。クソ親父は焦って鍵のかかっていなかったの自転車に飛び乗り、そのまま勢いよく坂を下って行った。細工された俺の自転車。俺は一瞬大声で呼び止めようと思ったのだが、すぐにその言葉を飲み込んだ。


 なぜもっと早く気づかなかったのだろう。

 ババアよりもが居なくなればいいじゃないかってことに。

 ひとりになった母さんは俺が幸せにする。俺が必死に働いて母さんを楽にして、ずっと一緒に暮らせばいい。


 なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか。

 俺だけが母さんを幸せにできる。もう俺以外誰も母さんに触れさせない。


 俺の母さん、俺の母さん、俺の母さん、俺の母さん、俺の母さん、俺の母さん、俺の母さん、俺の母さん、俺の母さん、俺の母さん、俺の母さん……



 俺は母さんの約束を守るいい子でしょ?

 弱い母さんは俺がずっと守ってあげるよ。



 だからもう泣かないで、母さん。

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一途な片思い サイトウ純蒼 @junso32

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