4.新妻順平の嘆き
俺はもっとできる男のはずだった。
とは言えこんな俺でも間違いを犯すことはある。
その一番は美穂との結婚だろう。離婚して子連れで呆然としていたあいつは、簡単に何でも言うことを聞いた。俺を褒め、何でも尽くしてくれるうちに変な情が沸いてしまって結婚する事になったのだが、思えばこれが間違いの始まりだった。
結婚した時は「まあ、こいつでいいか」と思っていたが、あいつの連れ子の真司とか言うガキがとにかく面倒だった。ガキの割には体も大きく、全く俺に懐こうとしない。会話をした記憶もないぐらいだ。まあ、所詮他人。真司のことは全て美穂に任せることにした。
俺はもっとビックになる男だ。
だが今は飲食店の店員という仕事で我慢している。いや、飲食店って仕事が悪いって訳じゃない。店長には世話になっているし、時々やって来る女子高生や暇そうでエロい主婦を舐めるように見るのも悪くない。
ただ俺の器にもっと合った大きな仕事がしたい。とりあえず金だ。飲食店の給料じゃ、ビックな俺に必要な金が貯まらない。試しに美穂に仕事に出ろと言ったら時給の高い仕事を選んできた。それは褒めてやる。
それにしても美穂の連れ子の真司って奴、全く気味の悪いガキだ。
会っても挨拶もしないし、たまに家で見かけると部屋でずっと何か工具をいじっている。美穂の前の旦那が工具いじりが好きだったと聞いたことはあるが、全くその写し鏡みたいで気持ち悪い。これも全部美穂の教育が悪いせいだ。今度しっかりそのあたりも注意しなければならないな。
ああ、そう言えば美穂が「PTAの役員をやって欲しい」と言ってきやがった。
何でも真司が六年になり、まだ一度もやっていないからどうしてもやらなきゃならないって話だ。面倒臭せえ。しかも俺が時々平日が休みになることと、パート先で会いたくない人が役員になったから自分にはできないと泣き着いてきた。
最初は断ったが何度も何度も泣いて頼まれるので、終いには仕方なく引き受けることにした。まあ、俺はビックになる男。PTAの仕事ぐらい片手で片付けてやるよと軽んじていた。
ところが意外とそのPTAの仕事も大変だった。
まずは下らない会合。とっとと決めればいい議題を「ああでもない、こうでもない」と言って先延ばしする。結局人の好い誰かが押し付けられるのだが、だったら順番でやれよと何度も言いたくなった。それ以外にも各行事の準備に資料作り。登下校の安全指導など、なぜこの俺がしなきゃならないって事ばかりで辟易していた。
ただそんな下らないPTA活動だったが、坂上という妙に色っぽい女に出会ったことだけは良かった。三十路過ぎだというに妙に色気があり、髪や肌の艶は二十代前半と言われても分からない程だ。
それに俺は直感した。「あの女、絶対欲求不満だ」ってことに。会合で俺に会う度にまるで誘うような視線を投げかけて来る。PTAなんてお堅い場で胸元が大きく開いた服を着て来るし、それを見せつけるように俺の隣に来て話し掛けて来る。いや魅力的だったよ。少し湿った唇。水を弾くような肌。大人の甘いシャンプー香り。きっと誘えばついて来るよう馬鹿な女だったと思うが、俺は決してそれだけはしなかった。飯には何度か「PTAの打ち合わせ」と称して誘ったが、徹底的に言葉で苛め、視姦し続けてやった。
いや、ほんとつまらない会合で俺の唯一の楽しみだったよ。だからこそあんな事になると思っても見なかったけどな。
あの日は美穂から真司のことで話がしたいと言われたのがきっかけだった。
あの気持ち悪いガキのことは全て美穂に任せていたから正直話などしたくないと思ったが、あまりにしつこいので仕方なしにその日は話し合いに応じることにした。
久し振りに見る気持ち悪いガキ。体だけはデカくて妙な威圧感がある。そもそも一応父親である俺に目も合わさずに挨拶もしないとはやはり美穂の教育が悪いせいだろう。誰のお陰で毎日ご飯が食べられていると思っているんだ?
「実は真司が学校で苛めをしているの」
マジでどうでもいい話だった。自分の教育の不徳を俺に背負わせるのかと美穂をど突きたくなった。しかしその後真司の口から出る言葉にはさすがの俺も狼狽え、その話を聞き終わるか否や俺は動揺しまくって走って部屋を出た。
とにかく急いで行かなきゃならないと焦った俺は、施錠されていなかった真司の自転車に乗り無我夢中でこぎ出した。馬鹿な女と蔑んでいたあの女ですら、この優しい俺は情が移っていたんだと途中で気が付いたよ。
あーあ、ビックになるこの俺の夢もここまでかともうすべてを諦めたよ。
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