三周目

 三年生になり、みーちゃんが陸上の代表選手に選ばれたと知った。私と同じで、運動神経最悪だったみーちゃんが。

 

 いつの間に、こんなに差が出来てしまったのだろう。

 

 ひたすらに走り続け、レギュラーを勝ち取ったみーちゃん。

 

 絵も描かなくなり、何も出来ずに立ち止まったままの自分。

 

 教室で嬉しそうに友達と話すみーちゃんを見て、私は自分自身に問いかける。お前は今まで何をしていたのだ、と。

 

 心の奥底に溜まった後悔の念が昔の自分を呪う。そんなことをしても何も変わらないのに、私はせずにはいられなかった。

 

 昔の自分を呪うことでしか、今の自分を慰めることが出来ないのだ。

 

 そんな後悔だらけの三年生もあっという間に過ぎていき、最後のマラソン大会がやってくる。

 

 スタート地点に集まると、先頭にみーちゃんがいるのが見えた。みーちゃんの周りには、一緒に陸上の大会に出ていた子達が次々と集まってくる。

 

 私はそれを、ただじっと見ていた。ここで声を掛けて彼女の隣を走ったとしても、意味がないからだ。

 

 私は既に、彼女の何周も遅れているのだから。

 

 ――こうして私は今、一人で黙々と寒々しい並木道を走っている。殺風景で虚しい順路を一人、辿っていく。


   * * *

 

 マラソン大会が終わり、自転車を取りに行くとグラウンドに人影があるのが見えた。

 

 みーちゃんだ。

 

 彼女はスポーツ推薦で陸上の強い高校に進学するらしく、部活動を引退した後でも先生に頼み込み、一人残って練習を続けているそうだ。

 

 どこまでも、いつまでも一人走り続けるミーちゃんを見て、私は目が離せなくなった。


 じっとグラウンドを見つめる私の視線には気づく素振りもなく、みーちゃんは夢中になって走り続けている。


 ――やっぱりもう、私の姿なんてみーちゃんの目には映ってないんだ。

 

 鞄を置き、引き込まれるように彼女の後ろ姿を見つめた。どうやら鞄は開いたままだったらしく、地面に着いた筆箱やノートがそこらに散らばる。

 

「あ……」

 

 足元に広がる一冊の古いノート。それは私が絵を描く為に使っていたもので、中を捲れば私がこれまで気に入った四季折々の風景が描き記されていた。

 

 絵を描かなくなって以降開くことはなかったが、こうしてぺらぺらとページを捲っていると、私はこんな絵が描けたのかと過去の自分に驚かされる。

 

 最後の絵を見終わり、白紙のページを眺めていると私は自ずとシャーペンを握りしめ、ノートに走らせていた。

 

 時間が経つのを忘れ、陽が暮れるまで描き続けた。夢中でシャーペンと目の前の景色に没頭した。


 動かすことを止めた足が一歩、前に進んだような気持ちになれたのだ。

 

 そうして私はただひたすらに描き続け、一枚の絵を完成させた。

 

 夕暮れの中、一層輝いてグラウンドを駆ける一人の少女。

 

 先までの絵と比べると簡素で粗末な部分も多く目立つ、純粋な画力ではまるで歯が立たない出来だった。

 

 だが、私にはこの絵がとても眩しく見えた。描けてしまったのだから。

 

 その事実がどうしようもなく悔しくて、情けなくて、私はそれをノートから引っぺがしてぐしゃりと握りしめた。

 

 顔を上げると、既に周囲は影で覆われ始めていた。ただグラウンドを走る足音だけが、この場に響き渡る。

 

 ――私にはもう、みーちゃんの背中は見えない。



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【短編】Lap Delay フェイス @fayth3036

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