二周目

 いつもは放課後に集まって各々好きな絵を描いて遊んでいたのに、みーちゃんは段々来なくなった。誘っても「忙しい」と言われて敢え無く話は終わる。

 

 どうやらみーちゃんは陸上部に入部したらしい。あの運動音痴のみーちゃんが。

 

 一体どういう風の吹き回しなのか私には分からなかったが、どうせ長続きしないと分かりきっていたので深く考えようとはしなかった。

 

 うちの学校の陸上部は丁度今年から顧問が変わって、超がつくほどのスパルタ指導が行われている。その様変わりに耐え切れず、何人も部活を辞めていったと度々話題になった程だ。これまで碌に運動などしてこなかったみーちゃんに耐えられるはずもない。

 

 そう思いつつ、自転車を取るついでにグラウンドを覗くと、案の定青ざめて膝を折るみーちゃんの姿があった。

 

 その姿が見るに堪えなくて一つ励ましの声でも掛けた方がいいか悩んでいると、みーちゃんは折れた膝を無理くり立て直してコースへと戻っていった。


 その顔つきは苦しそうで、辛そうで、だけど真剣そのものだった。


 ――今、みーちゃんの目に私の姿は映ってるの?


 ふと、頭の中でそう思った。

 

 あれから、みーちゃんと会う機会はどんどんなくなっていった。

 

 みーちゃんはすっかり陸上部の一員となって、毎日グラウンドで汗を流している。

 

 一方の私は、特に何も変わっていない。何てことのない、至って普通の生活を送っている。

 

 だが最近、その何てことのない生活に違和感を覚え始めた。この違和感の正体は分かっていないが、原因ははっきりしている。

 

 みーちゃんだ。

 

 この違和感は、みーちゃんがいなくなってから起きたものなのだ。

 

 どうにかこの違和感を無くそうと、以前みーちゃんとよくしていたように風景画を描いてみるが、どうにも気が乗らない。

 

 以前はスラスラと描けたのに、いくらでも絵の構想が浮かんできたのに、今となっては全く描けない。

 

 ――どうして? あれだけ好きだったのに。

 

 結局、私は一枚も絵を完成させることなく鉛筆を筆箱にしまい、一人夕暮れに誘われるように自転車を漕いだ。


   * * *

 

 中学校生活二回目の冬。

 

「ねぇ、みーちゃん。……よかったら、一緒に走ろ」

 

 私とみーちゃんの距離は益々遠くなった。だが、これまでの長い人生で培ってきた友情によって何とか交流は続いていた。

 

「……うん、いいよ」

 

 みーちゃんは優しく、私の提案を受け入れてくれた。

 

 一年ぶりの枯れ木で出来た並木道を私は同じように走り、みーちゃんの一歩前で薄っぺらい自分語りを続けていた。

 

 息が上がり、呼吸がどんどん荒くなる。だが、それでも私は喋ることを止められなかった。痛くなる横っ腹を抑え、頭に浮かんだ単語を繋ぎ合わせて話を続ける。

 

 それもすぐに限界が来た。私の足は止まり、身体は酸素を求めて形振り構わず呼吸する。

 

 そんな私を前にして、みーちゃんの足も止まった。

 

 彼女の呼吸音は私には聞こえない。自分の無様な呼吸音で全て上書きされる。何か言っているようだが、何も聞き取れない。そんな余裕はない。

 

 だが、最後の一言だけ――「ごめん」という言葉が私の思考を置き去りにした。

 

 私はくらくらする頭を振り上げる。

 

 そこには、もうみーちゃんはいない。みーちゃんは私を置いて走り去っていった。

 

 速く、速く。差なんてものはあっという間に開いていく。

 

 私は今、みーちゃんの後ろ姿をじっと見つめていた。足を止めて、追い付こうともせずに。



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