【短編】Lap Delay
フェイス
一周目
その日の風は、一段と冷たかった。
体操服へと着替えた私達は身を寄せ合い、震えながらじっと寒さに耐えている。いくら我慢しようとも身体は正直なもので、歯や手足が馬鹿らしく踊っている。
「今日はマラソン大会本番だ。皆、一位目指して頑張るように!」
体育の先生の熱弁とは裏腹に、こちらはすっかり冷めきっていた。当然だ。この寒い中、半袖半ズボンで馬車馬の様に走るのは私達であって、先生ではないのだから。
「ねぇ、みーちゃん。一緒に走ろ」
私は隣に座っている親友、みーちゃんに一つ提案を持ちかける。
ただでさえ走るのは嫌いなのに、何にもなしで数十分も走らされるなんて拷問もいい所だ。お喋りでもしていないと到底やってられない。
その点、みーちゃんは幼稚園の頃からの付き合いで成績も運動神経もほとんど一緒。この辛いマラソンを共に切り抜けるパートナーとして、彼女以上の適任者はいない。
「うん、いいよ。一緒に走ろ、えっちゃん」
そうして、私たちは二人でマラソン大会に挑むことになった。
* * *
延々と続く並木道、といっても冬の真っ只中なだけあって、葉などついている訳もない。殺風景で虚しい順路を二人で辿っていく。
一歩一歩と足を出しても景色は全く変わらない。これなら暖かい部屋の中でルームランナーの上を走っていても、大して差がないのではと思えてくる。
「そう言えばさ、昨日のテレビ見た?」
少しでも気を紛らわせようと試しに話題を振ってみるが、みーちゃんは明らかにそれどころではなくなっていた。息遣いは乱れに乱れ、呼吸の仕方を忘れたと言わんばかりに、一心不乱に体内へ空気を送り込んでいる。
この状態で返事を期待するのはあまりにも酷な話だろう。会話は諦めて、私が一方的に話すことにした。それでも十分に気は紛れたから。
「今日は何の絵を描こっか。私は今朝見つけた氷柱が正に冬って感じがして綺麗だったから、それにしようかなーって思うんだけど」
もはや独り言のように自分の事ばかり喋っているのだが、それでもみーちゃんは真っ青になった顔で頷いている。
そんな様子を見て、私はみーちゃんを不器用だと感じた。そんなにしんどいなら手を抜いて走るか、私の話を聞き流すかすればいいのに。
私はそんな不器用なみーちゃんの一歩前をずっとキープし続けた。
ようやくゴールが見えてきた。短かったような長かったような、何とも言えない時間だった。
ゴール周辺では既にゴールした生徒を先生が並べて座らせていた。
「お前達、遅いぞ!」
「すみませーん!」
若干切れつつあるスタミナを使って、急いでゴールラインを超える。
「他の先生から聞いてるぞ。ずっと二人で喋りながら走っていたらしいな」
先生の顔が徐々に赤くなる。それが霜焼けではないことは、その場の空気からひしひしと伝わってきた。
「本気で走って遅くても先生は何も言わない。だが、真面目に走らなくて遅いのは先生として到底許せん!」
先生の鬼気迫る表情に思わず表情が強張る。一方でみーちゃんはその目に涙を浮かべていた。
こうしてこっ酷く怒られながら、中学一年生のマラソン大会は終わった。
教室に戻っても、放課後になっても、みーちゃんは思いつめた顔をずっと浮かべていた。そんなに先生の言葉が堪えたのかと思って「どうしたの?」と声を掛けても、「何でもない」と返されるだけ。
その後みーちゃんはすぐに教室を飛び出していき、私はその場にぽつんと取り残された。
――今思えば、この時からだった。みーちゃんの姿が見えなくなったのは。
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