第十四話 英雄は影に落ちる

ギガルテという名を持つ彼はその昔、『英雄』と呼ばれていた。


 生まれ故郷は炎の国と謳われたラヴェンナ帝国。不死鳥の紋章を掲げる騎士団を最強の矛とする国である。ギガルテはその中でも副団長の地位を与えられていた。


 彼が副団長として任命された理由はひとえに力だけのものではない。


 今でこそ普通だが、昔の彼は賄賂などを平気で渡すような人間であった。態度も横暴で口調も荒く、到底騎士の名に相応しい人物ではなかった。それでも彼がその騎士団に居れたのは彼に力があったからだ。


 しかし、そんな日々を繰り返していれば自ずと崩壊するのは必然。ある日、彼はその不正を暴かれた。密告したのは彼の友人であった者だった。その友人とはいつも酒を酌み交わし、愚痴を言い合っていたものだが、そこで賄賂について口走ってしまったのだ。


 その密告をきっかけに、今まで力で黙らせ、従えさせてきた者たちはギガルテに反旗を翻し、今までの鬱憤を晴らすように罵詈雑言を浴びせた。


 ギガルテは団長に懲戒解雇を言い渡された。


 その日から彼は職を失い、途方に暮れた。頼る当てもなく、ただ寝て過ごす日々、徐々に減っていく食料。硬貨。全てを失った彼は地面に倒れ伏した。


 遠のく意識の最中、声が聞こえた。


 『ーーーを開放せよ』

 ⚪︎⚪︎ ⚪︎⚪︎ ⚪︎⚪︎ ⚪︎⚪︎ ⚪︎⚪︎


 三人はひたすらに走る。後ろから迫り来る黒い霧に目を向ける暇さえなく、走ること以外の行動は命取りになる。


 恐怖。マールネの中にはその感情に押し潰されそうになる。

 記憶。思い出す。


 ーーーーーーーーーーーーー

 



 「それは…どういう」


 薄暗い遺跡の中。エーテルは驚いた表情で、困惑の眼差しで、マールネを見ていた。その原因はマールネが先程放った一言が原因である。


 「私が死んでも気にするなということだ、この世界は平和ではない。かつて存在した龍王はいなくなったからこそ、ずるい人間が何かを企む、人なんて滅多に死なないと思うか?違う、そう見せられてるにすぎない。エーテル、人が命を落とすのは当然なのだ。だから、復讐なんてものに目を向けるな、過去に囚われるな」


 「一体何を言って…」


 「つまり、誰かが命の危機に瀕しても躊躇せず逃げろということだ。その危機が私に向けられていたのならば尚更だ」



 「ダメです!貴方はあの時、言いましたよね。命を容易く扱う奴は許さないのが流儀だって、それは自分自身にも言えるはずです!何かあったら俺が、助けます。だから…………」


 不思議だ。この接続詞の後に続く言葉が思い浮かばない。何が原因かは分からないが、俺はマールネの瞳を見つめていた。


 「そうだな…そうだった、でも一言だけ言わせてほしい、もし何か嫌なことが起きても…忘れないでくれ…私たちは君と共にある、まだ会って間もないけどね」



 君のその優しさは親から受け継いだのだろうか、まだ会って間もない人間にそんな言葉をかけるとは…。だが、その優しさは時に人を傷つけることになるだろう。



 例え…数少ない時間を過ごした仲であっても。




 

 「あ……」


 花河は何も言葉を発そうとはしなかった。



 ⚪︎⚪︎ ⚪︎⚪︎ ⚪︎⚪︎ ⚪︎⚪︎


 その声の主は一人の女性と一人の少女。

名をマールネとエンプティアと言うらしい。


 二人はギガルテに食料を与え、彼を飢餓と言う死から救ったのだ。

 何故助けたかと問えば、理由はないと言う。自分がどれだけの悪行を犯したかを全て語ったが、それでも、彼らは「助けたことを後悔などしない」と言った。


 その時、何かが変わった気がした。何て甘いやつらなんだ。だが、その甘さが心に響いたのだ。助けてくれるやつなんて今までいないと思っていたから。いや……いたのだ。友人が。だが、ギガルテはそれに甘えていた。故に裏切られた。だから、陽気に振る舞おう……本当の自分を覆い隠して…。


 「助けてくれたお礼に…俺を仲間にしてくれ!…です!」


 「「は?」」


 いつだろう。俺がこいつらに毒されたのは。

 いつだろう。アポカルト言う少年が現れたのは。

 いつだろう。アポカルトがエンプティアを好きになっていたことを知ったのは。

 いつだろう。エンプティアが何者からの接触を受けるようになったのは。


 いつだろう。エンプティアがを信じたのは。

 


 『ーしみを開放せよ』

 ⚪︎⚪︎ ⚪︎⚪︎ ⚪︎⚪︎ 



 「くそっ!」


 俺は声を張り上げた。しかし、だからと言ってこの状況に変化が訪れるわけではない。逃げても逃げても黒い霧は俺たちを包み込まんと追ってくる。


 逃げるだけ無意味。そう考えてしまえば、他の仲間を道連れにしてしまうだけ。いっそのこと…俺が何とか食い止めて…。どうやって?記憶があっても経験はない。さっきの戦闘だって、エーテルの元の身体能力が凄かっただけで、自分にとってはかなり厳しい戦いだった。それにあの黒霧は見ただけ全身が震えた。

 あんな奴を相手にしても勝ち目がないと脳神経が叫ぶ。


 いや、でもそんな中でもこんなに動けたのは凄くね?そもそもエーテルさんの力って相当凄いのでは?極めてしまえば、この力で無双出来てしまうのでは?……。


 そう考えると、自然と笑みが…って今はどう考えてもそんなことを考えてる場合ではない。


 「よし、もう少しで出口だ!」


 このまま三人で逃げ切り、ギガルテさんに三人で鎮魂歌を送ろう。

 不思議と体に疲労は溜まっていないが、後ろからの嫌な気配は消えない。


 絶対に油断は出来ない……!。


 「あ…………」


 そう考えることこそが油断であった。少し、足首が曲がり、体の平衡感覚が傾いたのを感じたその瞬間、俺は顔を地面に衝突させた。


 「…ぶっ…!!」


 もう油断しないと決めたのに。この世界が生温い物ではないと知ったはずなのに。いや、きっと分かっていなかいのだろう。心の奥底で大丈夫だと言っている自分がいる。


 薄気味悪い笑い声が俺を深い黒霧へと…。


 「円融フリーリーラウンド!」



 金に輝く硬貨が俺の横を通り過ぎた。その瞬間にマールネさんはそう叫び、俺と黒霧との間に壁を作り出した。


 「早く!」


 マールネさんが手を差し伸べると、俺は素早くその手を取り、崩れた姿勢を立て直し、すぐにアポカルトの元へと向かった。


 しかし、マールネさんは動かない。


 どうしたのかと問おうとしたその瞬間。


 「逃げろ!!!」


 聞いたことのない掠れ声が遺跡の中に響き渡った。動けない俺たちに何を思ったのか、マールネさんは叫びながら二つの硬貨を指で弾いた。


 「物速スィングレート!」


 「円融フリーリーラウンド!」


 二つの硬貨が形を変え、俺たちの方へと素早く飛んでくる。俺たちはどうしようもなく、ただそれに包み込まれ、ただ、この硬貨に身を任せることしか出来なかった。


     ーーーーーーーーー

 それは突然だった。飛ばされ続け、俺たちを包み込んでいた硬貨が元の小さな円形へと戻ったのだ。その影響で俺たちは抗うことも出来ずに勢いよく空を舞い、地面に衝突した。


 その瞬間、光が見えた。希望の光にも思えたが現実を見つめてみれば、絶望の光だっ。その光は一点ではなく四方八方に拡散していた。そしてその原因が岩だった。


 出口へと繋がる通路が岩によって塞がれていたのだ。様子を見るに崩落した訳ではなさそうだ。ならば、誰がこれを…。一人だけ思い当たる人物がいた。


 あの老人執事だ。何故奴がこんな事をしたのか、この行為にオールが関わっているのか、この際どうでもよかった。


 「何とかしないと…」


 エーテルさんの体を持ってすれば、こんな物は…。


 そう考え、行動するよりも前にアポカルトが魔法を使った。


 「だぁ!…だぁぁぁ!」


 声を掠らせながら、手から岩を生み出し、壁にぶつける。アポカルトのその姿は初めて見たものだった。あれほど元気だった彼でも恐怖を前にすればこうなるのか。


 何度も魔法を撃ち続けるアポカルトの手を取ると、アポカルトは落ち着きを取り戻したのか、疲れ切った目で俺を見た。


 「二人はどうなったのだ…?」


 「分からない」


 その時、体の全身が震え出した。この感覚は先程も体験した。


 「危ない!」


 体が勝手に動き出した。アポカルトへの強大な殺意を感じた瞬間だった。


 咄嗟にアポカルトを手で押し飛ばし、何とか攻撃が当たらないようにした。


 その瞬間、視界が霞んだ。


 「ぁ………」


 そうか、死んだのか。頼みますエーテルさん。



       ーーーーーーーーーー


 目の前でエーテルが腹部を貫かれた。原因はアポカルトを庇ったからである。

 これで全員死んだ。エーテルもギガルテもマールネも。まだ死んでいないと思いたくてもそう思えない。


 体がすくんで動けない。腹部を貫かれ血を垂れ流すエーテルを横目にアポカルトはを見ていた。


 黒い霧が立ち込め、形を成していくの顔は白い仮面で覆い隠され、見えない。


 空気の掠れる音しか発さないはこちらに近づいてくる。

 アポカルトは恐怖で足がすくみそこから動けない。至近距離にまで近づいたは仮面を手で触り、掴むと、仮面を外した。




 それは見覚えのある顔。しかし、その表情は酷く歪んでいた。

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異界鎮魂歌〜異世界に転生(?)して龍女として生きる!!〜 タマニアル出来事 @D10

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