第十三話 鋼の蜘蛛
「はしこい野郎だっ…!」
現在ギカルテは小さく毛を纏った蜘蛛と交戦していた。ギカルテとしては早くこいつらを倒し、マールネたちの援護に向かいたいところだが…。
「そうもいかないみたいだ…ふんっ…!」
大剣を振り被り、眇眇たる蜘蛛に勢いよく振り下ろす。その衝撃と共に地面が割れるが小さき蜘蛛を斃すことは当然できない。
「相性最悪だぜ…」
俊敏で数が多い蜘蛛を相手にギカルテは何度も大剣を振る。どう考えても斃せる訳がなく、彼は捨て鉢になっている。
そんなギカルテの後方では別の戦闘が始まっていた。
「凄まじい力だ一歩踏み外せばきっと死ぬだろうな」
他人事のように語るマールネさんに「冷静かよ!」と、突っ込む余裕すら今の俺にはない。
「この蜘蛛強すぎんだろ!」
大量の歯車がこの機械蜘蛛の体の八割を担っており、血液が流れるように歯車が回る。流石にその巨体で俊敏に動くことはできないようだが、それでも強すぎる。
こいつの一番強い所は糸だ。と言っても普通の蜘蛛が吐き出す糸などではなく、鋼製であり体にくっつくのではなく、体を貫通してしまう、と思われる。実際に体を貫通するのかを確かめるのは実際にその糸に当たってみる他ない。この糸の唯一の欠点はわざわざ糸を戻さなければならないということぐらいだ。
「そんなの……お断りだけど…っな!!」
口から酸素が入ったり出たりするのを感じながら、鋼の糸による攻撃を避ける。何本もの糸が右往左往に飛んでくる。碌に戦闘もした事がないのに何故こんな激戦を強いられなければならないのだろう、と、心の中でそう微かに思った。
この体の元の持ち主であるロヌス・エーテルは自前の槍を用いて戦闘を行っていたようだ。そのおかげで武器を買う必要がなかったのはありがたい。だがしかし、よりによって槍なのが最悪だ。試しに何度か使用してみたのだが、威力が低い。まぁ十中八九、扱い方が悪いのが原因なのだろうが…。
「ギギギギィン!!!」
とても蜘蛛のような見た目からは想像もできない機械音が遺跡の中で響き渡る。いや、見た目は言うほど蜘蛛ではないが。
「来るぞ!備えろ二人!」
マールネさんが警鐘を鳴らすと、機械蜘蛛は鋼の糸を破竹の勢いで吐き出した。体を貫かんとする気迫に圧倒されつつも俺とアポカルトは攻撃を避けた。
だが…。
「どうするんですか!マールネさん…このままじゃ防戦一方ですよ!」
「落ち着け、こういう時ほど冷静に…だ。それに何も考えてない訳じゃない…よし、二人とも!一度集まれ!」
マールネさんのその言葉に呼応し、二人はすぐさま彼女の周りに集まる。そうするとマールネさんはコインを取り出し、詠唱を行った。
「
彼女がその言葉を口にした瞬間、彼女の手に持っていた黄金色に輝く硬貨が巨大化し、形状が円蓋に変化し、俺たち全員を囲った。
その硬貨の外側がどうなっているかは分からないものの、硬貨に対する衝撃がその状況を教えてくれる。幾度となく伝わる衝撃が注意を促す。
「破られる…!二人とも、私の話を聞いてくれ」
ーーーーーーーー
一方その頃ギガルテはと言うと……。
「おら!おらぁっ!ぉぉぉ…らぁ!」
「はぁ…はぁ…くそっ…!」
苦戦していた。
小さい蜘蛛たちの攻撃力こそ低いものの俊敏さは卓越している。大剣を振り回し、敵を薙ぎ払うギガルテにとっては……。
以前にも似たようなことを言っていたので省かせてもらう。兎にも角にもギガルテがこの蜘蛛たちを斃すには一年掛かりそうだ。誇張表現などではなく、本当に一年掛かりそうだ。
「やべぇ全然当たらない…」
ーーーーーーー
「ギギギギィン!!」
鋼の糸を何度も円蓋状の硬貨に向かって吐き出す。その機械蜘蛛の視界は体温を読み取り、熱源体を狙い攻撃を何度も繰り返す。
そして、機械蜘蛛は察知する。突如、硬貨に穴が空き、二つの熱源体が正反対に走り始めたのだ。しかし、それで動じるはずもなく、ただその二つの熱源体に向かって鋼の糸を吐き出すことしかしない。
「よしっ!」
エーテルもとい花河は機械蜘蛛が糸を吐き出す前に口を開く。
「
その瞬間アポカルトとエーテルの二人は元の位置へと
そうすると、機械蜘蛛は何もない所に鋼の糸を吐き出した。しかし、それでも機械蜘蛛は動じない。素早く糸を戻し、次の攻撃へと転じる。
しかし、そうはいかなかった。円蓋の形へと変化した硬貨が原形の形に戻り、マールネの手中に帰った。そしてその硬貨を彼女は親指に乗せ、三心の一つを唱えた。
「
親指で硬貨を蜘蛛目掛けて弾くとその硬貨は目にも止まらぬ速さで機械蜘蛛の歯車の間に挟み込ませた。そうするとマールネさんは畳み掛けるように唱えた。
「
硬貨で機械蜘蛛のコアを貫く。「物速」で物体の速度調整を行い、歯車の間に挟み込ませた瞬間に「円融」で硬貨を巨大化させる。
それがマールネさんの考えた作戦である。しかし、この遠距離から硬貨を狙って歯車に挟み込ませるのは普通じゃない。これも三心なのかとマールネさんに聞いてみたがどうやらそうではないらしい。となると魔法か単純な技量でしか説明はつかない。魔法は杖がないと使えないので単純な技量で成し遂げだということだ。
巨大化していく硬貨はやがて歯車を潰し、機械蜘蛛の体そのものを突き破った。
粉々になった鉄の破片が地面に向かって落ちた。
「うわぁ〜えげつな…」
その痛たましい光景に思わず、俺はその言葉を口から溢していた。しかし、その言葉にマールネさんは動揺することもなく、体を振り返らせた。
「ギガルテ…まだ終わってないのか?」
そう、ギガルテはまだ蜘蛛と戦っていたのである。
「し、仕方ねぇだろ!こんな
「ちなみに言っておくが、手助けはせんぞ、私は蜘蛛が嫌いだからな」
「クふふっ…!我は漆黒神の名により、その化身を狙うことは禁じられている。すまない…」
立て続けにアポカルトとマールネさんがそう口にした。それを聞いたギガルテは何も喋らなくなった。きっと呆れたのだろう。仕方ない。俺も蜘蛛は苦手だが、やるしかない。
「なら、俺がやりますよ」
そう言って俺は背中に携えていた槍を手に取り、一瞬で蜘蛛たちの前に移動し、途中で蜘蛛たちが吐き出す毒を避けながら、確実に一匹ずつ槍を突き刺していった。
「よくやったエーテル…それに比べて…」
「わ、悪かったな…じゃあその償いとして俺が宝を取りに行くぜ!」
マールネさんの嫌味にギガルテは申し訳なさそうにするとその場から逃げるようにして機械蜘蛛の破片を足場にして仰々しく祭壇に飾ってある手鏡に手を伸ばした。
「にしてもこの機械兵を作った者はかなり手こずったようだな」
「え?何がですか?」
「憶測でしかないが、元々は実際の蜘蛛に似せつつ大きいのを作ろうとしていたんだと思う。しかし、実際にそれは成功せず、試作段階のあいつらを配置することになったんだろう」
あくまでも憶測であり、自分はそれと何の関係もないと暗に伝えたマールネさんだったが、どこかそうではない雰囲気を漂わせていた。
「マールネさんって…」
「…にしても遅いな…ギガルテ!早く戻ってこい」
半ば誤魔化される感じでマールネさんはギガルテの名を呼んだ。
「………」
「…?……ギガルテ?」
「クフフッ…早く帰って来るがいい…我が盟友ギガルテよ…」
「あれ?ギガルテ!さっきからなんか様子が…」
三人がいくら呼びかけようともギガルテは何の反応も示さなかった。
「………!…まずい!二人退がれ!」
不穏な空気が立ち込み、その不穏と言う名の黒霧をさらに増大させるようにマールネさんが後退を命じる。続け様に事は起こった。
ギガルテの骨の軋む音がゴキゴキと鳴り、やがてその首は本来回るはずのない所まで回ってしまったのだ。体と顔の位置が真反対にある様は見ていて不快感しか感じない。そのギガルテからは生気など全く感じなく、立っていた姿勢は崩れ落ち、地面に倒れた。
「逃げるぞ!」
マールネさんは俺たちの手を取り、全力疾走で階段を上っていった。
だが、俺は見ていた。
突如現れた黒霧はそんなギガルテに纏わりつき、飲み込んでいく。やがてギガルテの全てを包み込んだのを。
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