防具も揃えよう(あまり目立たない)
「着るものも欲しい」
「リストはあります。武器と同じくよりどりみどりですよ」
シズクが提示してきたリストを眺める。一般にはプレイヤーが持っている武器の数と防具の数は同じくらいなので、リストも同じくらい長い。
そのリストの途中に、リリエルとしてはあっても問題ないがSFを謳っているゲームとしてはいかがなものかという品を見つけたので、リストから目を離してシズクのほうをみる。胡乱な目をしている自信がある。
「プレートメールの全身鎧まであるな、というか多いな」
「人間がどのように判断しているかは理解できかねますが、戦車と並んでいたり、トラックに乗っていたり、魔法学園の制服と横に並んでたり、中の人が体のラインの出るインナーを着ていたり、大砲を装備していたりしますよ」
「私達氷狼族に対して単純に物理防御を高めるのが有効なのは分かるが」
「着ますか?」
「要らない。だいたい私のステータスにもさっき選んだ武器にも合わないだろう」
胡乱な目のまま首を横に振る。今の人間に化けている時のリリエルのパラーメータは魔法剣士に近い傾向をしていて、物理にしろ魔法にしろ攻撃力は高いものの防御力は低かった。弱点を補強するにしても全身鎧を着た結果攻撃を当てづらくなる選択肢はありえない。
「何ならプレートメールに合わせて全身を隠せる巨大盾もたくさんあります」
「プレートメールもシールドも標準化されて配備されているのか……?」
「こちらは傭兵団〈黒鉄旅団〉で愛好されています。仲間の盾となることを傭兵団のモットーとしている様子で」
「拘りでもあるのかな」
「動機はわかりませんが、脅威ではあります。彼らを盾にして前線を押し上げてくるのですから。そして最前線で損耗を気にせずに戦うのでドロップ品としても多くなるわけですね」
「覚えておこう」
大きい盾のことは一旦横において、リストを眺めるのを再開する。品質はともかく種類はよりどりみどりで、近未来風コンバットアーマー、魔法学園の制服、宇宙艦隊風の軍服、中世の皮鎧、現代風の迷彩服、防弾チョッキ、ボディースーツ、SFバニー風魔法少女の服、はては縄文時代の皮の服と多種多様だ。
なんと数は少ないもののマナで稼働して大きな力を発揮するパワードスーツやパワードアーマーまである。厳密に区別されているわけではないが、マナプラネットオンラインにおいては「着る」ものがパワードスーツで、「乗る」ものがパワードアーマーとなっている。必然的にパワードアーマーのほうが大型だ。もちろんメンテナンスできるわけもなく、候補から外れる。
「こうするかな」
リストを一通り眺めた後で、いくつかの防具を取り出す。そしてウィンドウを操作すると、一瞬でリリエルの姿が変わる。
「どう?」
「似合ってはいますね」
リリエルが着ているのは藍色の軍服風のジャケットとスカートだ。軍服は人気のデザインモチーフのひとつなので、店売り品でもシリーズ化されているし、プレイヤーもカスタムクラフト品を数多く作っている。その中でリリエルが選んだのはシリーズ化された店売り品の中で一番質がいいものだった。それぞれジャケットが〈D2F2ジャケット夜空〉、スカートが〈D2F2スカート夜空〉というシリーズだ。
さらに、ジャケットの中には当然シャツも着ているが、その下には体に密着する黒いボディウェアを着ている。スカートとブーツの間の膝下を見ると、一見水着か厚手のタイツに見えるが実際には戦闘用の装備だ。こちらのボディウェアは〈N33カーボイドスーツD〉で、素材としては最新の防弾防刃性カーボイド繊維ということになっている。
このゲームでは、キャラクターが身に着けられる防具は上半身で1つ、下半身で1つ、アクセサリーが3つの計5つだ。頭に身に着けるヘルメットなどはまとめてアクセサリー扱いとなる。
そして上半身用と下半身用の防具は重ね着は可能だが、ステータスとして有効なのは外側の一つというルールだ。これは初心者がゲームを始めるときにも説明があり、防具を何枚も重ね着をすることで防御力を無限に高めたり出来ないようになっている一方で、全身鎧の下がいきなり下着になるのもまずいのでこうなっている。
同様にアクセサリーも3つより多く身につけることはできるが効果を発揮するのは3つまで、という制約だ。
このような仕様なので、リリエルはファッションのために〈N33カーボイドスーツD〉を着ているが、ステータス的には今のところプラスになることは無かった。
また、同時に選んだアクセサリーもシンプルな組み合わせで――そもそも店売り品のアクセサリーはシンプルな効果しかないのだが――魔力の上がるリボンタイと魔法攻撃力の上がる指輪、そして素早さの上がるブーツだった。
リリエルとしてはシンプルにプレイヤーの嗜好に合わせて選んだし、シズクも納得はしているようだ。だが、背後にある事情は違うのでシズクはリリエルに別のものを提案してきた。
「メイド服なんかもありますよ」
「いくらプレイヤーでも普段からメイド服は着ていないよね?」
「流石に戦場では見ませんね。ステータスも大したことありませんし」
「そんなものを勧めるなよ」
プレイヤーが装備している一般的な防具と比較してステータスが低いのなら採用する理由はない。採用する理由はないが、でも気にはなったので一応質問する。
「まて、戦場以外には普通にいるのか?」
「ドロップ数から見るとかなりの数がプレイヤーの間で流通しています。だいたい全プレイヤーの20%くらいが持っている計算になりますね。コレクション用は一部だと推定されるので、相当数が着られていると判断しています」
「20%なら持ってなくても不自然ではないな!」
「ちなみに男女比はおよそ2:8です。他にもいろんなコスプレ服もありますよ」
「それはいいから」
やぶへびで無理やり不良在庫を押し付けられそうになったので、無理やり話を打ち切った。メイド服の1つや2つインベントリに入れておくのは容易だが、誇り高い狼が着る服ではないのだということにした。
「あとは消耗品くらいか」
「ポーション類は大量にありますよ。大量に消費されるからプレイヤーが大量に持ってます」
「大事なものには入れないだろうしね」
「そういうことです。一応リストはありますが」
提示されたリストを眺める。ただ、消耗品に限れば変な物はない。なぜならプレイヤーが使っているのは、プレイヤーが作ってもNPCが作っても同じ名前になるポーション類がほとんどだからだ。変わったものや標準的でない回復薬の類も作られてはいるが、数が用意できないので人気はなかった。
そして標準的なポーションはランクが上がるごとに効果が強くなるのだが、リストにあるのはランク7の〈HPポーションⅦ〉などが最高だった。
「最近のプレイヤーが持っているのはHPポーションⅦが上限か?」
「ランク5が普及帯、ランク6が高級品、ランク7が最高級品のようです。〈HPMPポーション〉はそれぞれ1ランク下がります。ランク8はドロップしたことがないので作られているかもしれませんし、まだ作られていないのかもしれません」
「カナタに使った〈HPMPポーションⅧ〉はオーバースペックだったか……」
先日出会ったカナタにリソースから生成した〈HPMPポーションⅧ〉を使ったが、プレイヤーの水準からすると随分高かったらしい。緊急事態だったが少しもったいなかったかもしれない。
「HPポーションとMPポーションとをランク5で20本ずつ、ランク6を3本ずつちょうだい」
「それだけでいいですか?」
「目的は調査だから持ってても使うことなさそうだし、回復魔法もあるし、MP回復系スキルもあるしね」
「それもそうですね」
リリエルは人族に化けている状態でも水属性魔法のスキルを持っており、その中には回復魔法も含まれているためHP回復の手段には事欠かない。さらにMPの自然回復量を上昇させるスキルももっているため、ポーションに頼る機会は普通のプレイヤーと比べてもだいぶ少なかった。
「お金は手持ちがありますか?」
「うん。モンスターやプレイヤーやトカゲを倒した分がある」
リリエル自身は最前線にいることはあったが、直接戦ってはいなかったので、戦闘する機会はこれまで少なかった。それでも偶発的な戦闘や、主に直属の部下であるシズクや他の四天王のところを訪問する時の移動の時に襲われるは避けられなかった。どの勢力にも所属していないモンスターに襲われることもある。
そういった襲撃は当然撃退できていて、お金はドロップしたものが使うあてもなく貯まっている。一部を持ち出すだけでも当座の資金としては十分なはずだった。
「こんなところかな」
「大事なことをお忘れかと。その名前で行くつもりですか?」
「そこは考えてある。この姿でいるときは――」
そこまで言ったリリエルはくるりと回って、きれいにポーズを決めた後シズクに向かってウィンクをした。
「リリィと呼びたまえ」
だが、シズクのほうはAIにあるまじきことだがすごいジト目で見てきた。
「人が決めポーズをしている時に残念な目で見るのはやめろ。これ以上レーベンシュタイン距離が増えるとマナの消費が極端に激しくなるんだ」
「マナとの引き換えなら仕方がないですね……」
「きっとシズクが偽名が必要になったらシズカみたいな名前になるぞ」
「それはセンスが無くて嫌ですね……」
結局、シズクはジト目のままだったが、それ以上の追及をせずに手をひらひらと振って「いってらっしゃい」と言ってくれた。
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