情報を求めて旅に出よう!(正体はあらわせない)

AD2051-04-02 03:30 (JST, 現実時間), 06:30 (MPO Local Time, ゲーム内時間)

ハマーリント南西部 ドーナツショップ「ホールドーナツ3号店」



 氷狼族が現在抱えている大きな戦線は対火龍族のものと、対人族のものがある。


 火龍族との戦線はハマーリントから見て北西から西北西の方向にあり、地形の関係上膠着状態が続いている。戦線をはさんで南西側の火龍族の勢力圏は火属性が強く、北東側の氷狼族の勢力圏は水属性が強いので、互いに攻め込めないのだ。必然、氷狼族も火龍族も勢力圏を拡大するために人族のいる方向に進ことになる。


 人族と氷狼族の戦線は東西方向に伸びていて、今リリエルとシズクがいるハマーリントは人族との戦線の西端にある。勢力圏を拡大する目的からすると、南下しないといけないのだが、主に3つの理由で一旦南下を停止している。1つ目は東側との歩調をそろえないといけないこと、2つ目はこれ以上の南下のためには補給線を強化しないといけないこと、そして3つ目はここから先は戦闘地帯ではなく人族の都市や街がある人族の勢力圏に入っていくことだ。


 問題ややらないといけないことは山積みだが、一方で焦って南下することができないので時間があることも事実だ。なので、リリエルとシズクはドーナツショップの2階で話をしていた。


「情報が足りない」

「それはそうですね」


 先日の火災の原因は何も分かっていないし、ここから南下するにあたって南側にあるリントンの街やそこから先の情報もあまりないし、リントンの街から見ると西側の火龍族と人族の戦線の情報も少ない。


 これは氷狼族が戦闘向きの種で構成されていて、諜報が得意なユニットがほぼいないことに起因している。逆にリリエルと同じ六魔使徒のロザリンドが率いている〈闇烏族〉であれば情報戦がメインの役割になるユニットがそろっていて情報には不足していないはずだ。


 ただ、リリエルが一応真剣な表情で会話をしているが、シズクの方はあまり真剣に聞いていないというより別のものに気を取られていた。どこからか取り出したきな粉餅を緑色のお皿の上にのせて、黒蜜をかけて楊枝で食べている。リリエルの知識では山梨県か福岡県か新潟県の銘菓だが、なぜ仮想空間内で自分の部下がそんなものを食べているのかは分からなかった。


「なぜ和菓子を?」

「これは人族からのドロップ品です。なかなか腕のいい方が作られたようですね。ただ料理スキルのほうはあまり上げていないようで、味はいいもののバフ効果はほとんどありません」

「上司にも提供してもいいと思うんだけど」

「その恰好できな粉の散りそうなこのお菓子を食べます?」


 そう言われたリリエルは、いつもの白と白藍色のゴシックロリータ服を着ている。確かにこの服と和菓子は絵としてあいそうにないし、自動的に細かい汚れはきれいになるとはいえ、きな粉を散らすのは躊躇われた。


「どちらにしろ、このお菓子は私のお気に入りなので、何を言われてもあげませんが。代わりにこちらをどうぞ」

「んー」


 シズクが差し出してきたお皿を素直に受け取る。これも人族のドロップ品なのだろうが、レモンロールケーキが二切れ載っている。フォークで上品に切り分けて一つを口に運ぶと、甘党のシズクが出してくるだけあって品のいい味がした。


 ついでに、シズクがリリエルには暖かい紅茶をカップで出してくれた。そして自分の前には湯呑に入れた暖かい緑茶を出している。その紅茶を楽しみながら、先ほどの話の続きをする。


「ハマーリントの火災、さらにその後の戦線の東側での人族の活発化、蜥蜴共の最近の不気味なまでの沈黙、分からないことだらけだ」


 ここでリリエルが蜥蜴といっているのは火龍族のことだ。公式には当然火龍族と呼ばなければいけないが、敵ということになっているので非公式な場では蜥蜴扱いだ。ちなみに、火龍族の側も氷狼族のことを犬共呼ばわりしているのでお互い様だったりする。


 リリエルの話に、シズクも同意する。


「そうですね、もちろんある程度は野良の狼のふりをさせた狼種なんかで情報を集めてはいますが、情報戦が苦手な私達では遠いところの情報を密に集めることもできず」

「距離の壁が厚いな」


 そういって、リリエルはレモンロールケーキをもう1回切ってまた口に運ぶ。そして本題を切り出した。


「そんなわけで情報が欲しい」

「求めよ、さらば与えられん、と?」

「そういうこと、なので」


 そこで一旦会話を区切ると、シズクがこちらに注意を向けてくれた。きな粉餅を飲み込んでから続きを促してくる。


「なので?」

「なので――私が情報収集してくる!」

「……」


 シズクが、リリエルの方をジト目で見て、そして無言のまま、またきな粉餅を食べだした。なので、そのまま続きを話す。


「そういうわけで人族から鹵獲した装備ちょうだい」

「ちょうだいではなく、貴方〈氷狼族〉の最高指揮官ですよね?」

「そうだね」

「なんで最高指揮官が情報収集しにいくんですか」

「理由は3つある」


 そう言って、カナタにしたのと同じように左手の人差し指を立てる。


「一つ目には私達氷狼族のユニットはどれも諜報能力が致命的に低い。人族に溶け込めて戦闘もこなせるのは私とシズク達くらい。ミズナはよくやってくれているけれど」


 氷狼族を構成する種はどれも戦闘用のパラメータが高くスキルも充実している代わりに都市部での情報収集系がとても低い。要するにスパイ活動がほとんどできない。割とマシなレベルと言えるのがリリエルとその部下の四天王くらいだった。


 そして次を示すために左手の中指を追加で立てる。


「二つ目にはさっきも話したように情報が足りない。ここから先致命的といってもいい」


 戦略を決定するのに情報が不足しているというのがまずいというのは、リリエルのようなAIでなく人間でもわかることだ。


 さらに、薬指を追加で立てた。


「三つ目には、今のところ私が一番手が空いている。これまでもそうだったけれど、計算能力は場所によって変わらないし、指示を出すことは遠隔でできる。蒼桜庭園に引きこもっていることはない」


 蒼桜庭園は、この大陸の北西の果てにある氷狼族の本拠地だ。大陸の端なので今のところ敵の脅威に晒されていない。蒼桜庭園の失陥は氷狼族の敗北になるのだが、人族のプレイヤーにしろ火龍族にしろ他の勢力にしろ、氷狼族の支配地域を抜けてたどり着く気配がなかった。もっともこれはお互いさまでリリエル達氷狼族も、火龍族や人族の本拠地にはたどり着けていないわけだが。


 とにかく、蒼桜庭園の主たるリリエルは人間風にいえば暇を持て余していた。なので部下のところを見て回っているわけだ。リリエルを含め強力なユニットが出歩くとマナを消費してしまうのだが、力の抑えられた第一形態だと微々たるもので無視できる範囲内だった。



 と、もっともらしく理由を並べ立てたものの、シズクのジト目は変わらなかった。


「つまり退屈だから人間の街を見て回りたい、と」

「そ、そうは言ってない」


 優秀な部下に確信を突かれてしまったので目をそらした。シズクは仕事だけは真面目なのだ。食べ物の趣味は首をかしげることはあるし、服装も理解できないことがあるが。


「情報収集の重要性は誤魔化されてあげるとしましょう。で、見た目はどうするんですか?貴方有名人ですよ」

「そっちは変身する」


 そう言って、リリエルは一旦椅子から立った。そして左足のつま先を起点にくるりと回ると、一瞬にして外見が変わる。


 透き通るような銀色だった髪はくすんだ灰色に、空色だった瞳は海の底のようなディープブルーに、それぞれ変化した。顔つきも若干だが目つきも悪くなっていて、櫛の必要もなかったストレートの髪型もぼさぼさになってしまっている。それに何より特徴的だった狼のケモ耳もなくなってしまった。



 これらの変化はリリエルが1からカスタムしたものではない。人間のプレイヤーがキャラクターを作成するときには、デフォルトではキャラクタークリエイトプログラムが元の外見を適当に変化させた見た目を作る。そしてデフォルトで作られた見た目を元にカスタマイズすることが多い。


 リリエルの場合も、リリエルの外見をもとにしたキャラクタークリエイトプログラムの出力をベースにリリエルが手を入れている。



 同時に装備も外したので、白ゴスロリ服からプレイヤーの初期状態の白いシャツと鈍色の七分丈のパンツにスニーカーになっている。実はデフォルトのスニーカーはメーカーとのコラボモデルなのでそこだけおしゃれと言えなくもない。


「どう?」

「……胸を盛りましたね?」

「視線誘導のテクニックだよ……願望がないとは言わないが」


 このマナプラネットオンラインのキャラクタークリエイトでは、人間は現実の姿からかけ離れた姿にはなれないという制約があった。


 2051年現在のテクノロジーでは、VR空間で自分のアバターとしてゼロから見た目を作ることができないわけではないし、身長や体重、なんなら性別まで変更することはできる。だが、特にVRの体感型オンラインゲームにおいてレイテンシや計算能力の関係からそれをプレイヤー全員に提供することまではできなかった。


 なので妥協点として身長の修正は高さ方向に±5cm、胴や胸や腰を周囲方向に±5cm、顔は「完全に自由にできるわけではなく元の顔からある程度の範囲で変更する」という制約での変更となっていた。



 リリエルの変身した姿もこのキャラクタークリエイトプログラムの制約の範囲内で行われなければならず、体形のほかの部分はいじっていないのに胸まわりだけは大きくしたのをシズクに見咎められてしまった。


「意外と人間は胸を見てるからな。この前あった人間も胸を見てた」

「そういうことにしておきましょう。身長は変わってないようですが?」

「普段履いてるヒールの分が減ったし、獣耳の分の高さも減るから、それだけで十分な変化」

「確かに目線は下がってますね」


 リリエルの元の姿の身長は霧谷サクラと同じだ。しかし普段の白ゴスロリ服のときにはヒールのある靴を履いているし、トレードマークでもある狼耳が頭の上に生えている分、見た目の高さという点では大分下駄をはいていることになる。



 ウィンドウを出して自分の今の姿と元の姿を、服装ありの場合と服装なしの場合の両方で比較して確認しても、見かけの背丈をはじめ変わっている点が多く、これなら人間を誤魔化せるはずだった。

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