対話(広報と言えなくもない)

「それで、スナイパーライフルを抱えていた人族の要件を聞こうか」

「まず、私達が今回ここに来たのは戦闘を目的としていません。発見される前も氷狼族と戦闘はしていません」

「確かに信号弾を使っただけとも言えるし、接近した時には既に両手をあげていたらしいからな」

「そこは信じていただけるんですか?」

「どちらかと言えば直近の状況からの推定だな。スナイパーライフル1本でシズクを暗殺できるとは人族も考えてはいないだろう」


 リリエルの説明に、クロエもスイカもシズクも首を縦に振って頷く。実際、仮にラスボスであるリリエルやその直属の部下のシズクに対して、クロエのスナイパーライフルの弾丸をヘッドショットできても、即死させるのは無理だ。十数人から数百人といった単位で挑むことが想定されているボスなので当然だ。


「ましてやここハマーリントの奪還を目的とするなら、人族の正規軍と傭兵が大量に必要になる。忍び込める数人や十数人では無理だし、そもそも正規軍や傭兵を南に撤退させてからまだ10時間しか経っていない。リントンの基地をフル稼働させても昨日までの戦闘後の補給や整備すら終わってないだろう」

「そうですね」

「あっさり認めるな」

「隠してどうこうなる話でもないですし、今日来た理由とはあまり関係もありませんし」


 そう言ったクロエもグラスに口をつけて唇を湿らせた。そのグラスを持ったまま、次の言葉を紡ぐ。


「私達がここに来たのは生存者の捜索です。昨夜の火災の生存者がいるかどうかを確認に来ました」


 言われていることは分かったし、聞かれることも推定できたが、リリエルは特に言葉を発することなく視線で続きを促した。


「もちろん、先ほどいた位置から見て確認できる範囲では確認をしましたが、人間、いえ人族はハマーリントに見つけられていません。ほかのプレイヤーも、私達以上に近づけているパーティはいませんが、視認できた範囲では同様に人族を見かけていない、と報告しています」

「なるほど」

「それで、お尋ねしたいんですが、生存者はいませんか?」


 リリエルが推定していた通りの質問がクロエから行われた。だがすぐには答えずに、クロエに質問を返す。


「私、あるいはシズクでも氷狼族一般でもいいが、が協力するとでも?」

「両手をあげていた私達を即攻撃しなかった相手ならあるいは、と思っています。実際には攻撃されるかされないかは賭けだったわけですが、賭けに負けたところで情報を得られないだけで失うものはなかったわけですし」

「賭けに勝てば情報が得られて、賭けに負けても失うものはない、期待値はプラスになる、というわけか」

「そういうことです」


 頷いたクロエとスイカを見て、リリエルは答える前にテーブルの上に、ハマーリントの街を中心とした、北は旧ブランコ国立公園跡から南のリントンの街を含む範囲の地図を投影した。昨夜、カナタや子供達にリーズラント公国軍の推定進路を示して合流するように説明したのと同じものだ。


「さて人族の生存者の話だが。氷狼族は現時点において、ここハマーリントもしくは他の場所に、昨日の火災の被災者を保護していない。つまり君達が見た通りの状況だ」

「そう……なんですか?」

「人族と氷狼族は旧ブランコ国立公園跡で戦闘をしていた。これはハマーリントに住んでいた人族も知っていたことだ。その最中にハマーリントで火災が発生した。ここまではいいかな」

「そうですね。私達もそう考えています」

「だから、私達氷狼族が直接確認できたわけではないが、火災が発生した時にこの街にいて街から逃げた人族は、道路か線路沿いに南のリントンの街に向かった、もしくは北に逃げたとしても南下してくるリーズラント公国軍と合流して結局南に移動した、と考えている」


 そこまで言って、リリエルは相手の理解を促すように一息あけた。


「昨夜、私達氷狼族はリーズラント公国軍を追うように南下して、ここハマーリントで停止した。その間、マナロイド種やヒューマン種といった人族がいた、という報告は受けてない。様々な理由から周辺状況の把握のための確認も行ったが、こちらも同様に人族は発見できていない」

「つまり見つけられていないから生存者はいない、と」

「それが氷狼族としての公式見解だ。何なら街や建物の中を見て回ってもらってもいい。ほとんど焼けてしまっているし、人族がいないことはすぐにわかるだろう。生き残りを期待していたのは理解するが」

「そう……ですか」


 クロエはテーブル上の地図に視線を落として、言われたことを反芻しているようだった。すると、もう一人のスイカのほうが表情は変えずに質問をしてきた。


「それでは、昨日、ではなくゲーム内時間では今日か。火災について聞きたいが」

「いいだろう」

「言葉を飾っても仕方がないし、駆け引きをする気もない。率直に言おう。氷狼族による攻撃ではないのか?」


 聞かれたリリエルは真冬よりも冷たい視線をスイカに向けた。クロエも視線をあげて、あちゃぁ、という表情でスイカを見ている。


「この状況で随分と勇気のあることだ。喉笛を噛み切られたいのか?」

「それはそれで貴重な体験になりそうだが……その小さい口で噛み切れるものなのか?ステータスで何とかなるのか?」


 リリエルの外見は獣耳がついていたり尻尾が生えていたりするものの、人間の少女の外見から大きく逸脱しているものではない。だから口の大きさも相応だし、人間の首にかみついても「がぶり」というよりは「かぷり」くらいが適当な擬音になるだろう。


 だが本来意図したかったことがどうやら人間には通じていないらしいので、説明をする。そういえばカナタやアヤにも通じていた前提で話をしていたが本当に通じていたかは確認していない。


「ステータス差でダメージは与えられるが、慣用表現だと思ってくれて構わない」

「つまり、殺されたいのか?ということか?」

「そういうことだ。もしかするとこれまでも人間には通じていなかったかもしれない……」

「氷狼族と会話する機会自体がほぼないからな。会話マニュアルに加えておくことにしよう」


 毒気を抜かれた形になってしまったので、リリエルは、こほん、と咳ばらいをして話を元に戻す。


「それで話を戻すが、エーデルワイス統合戦争協定を知っているか?」

「設定資料にあったな。ゲーム内で見たか外で見たかはちょっと思い出せないが」

「名前は見たような気がしますが、内容までは」


 リリエルの質問に、スイカは肯定の頷きを返し、クロエは首を横に振った。だが2人の答えに限らず重要なことなので説明を行うつもりだったので、言葉を続ける。


「マナプラネットオンラインの設定上、AD2125年のジュネーブ新条約を初めとした戦時国際法を宇宙戦争に適用しつつ内容を整理したのが、SD0122年のエーデルワイス統合戦争協定だ。以降何回か内容が追加されていることになっているが、概ね現実世界におけるハーグ陸戦協定やジュネーブ諸条約と同一の役割を果たしている、とされているわけだ」


 このゲームの設定では、人類が太陽系を出て他の惑星に入植したAD2801年に暦が切り替わってSD0001年になった、ということになっている。そして現在はSD1251年、つまりAD2051年の現実からちょうど2000年後のAD4051年にあたる。


 設定では、いろいろ歴史に残るイベントが発生したことになっているが、今回関係のあるのはSD0122年のエーデルワイス統合戦争協定だ。リリエルの説明に、今度は2人とも頷いたのを見て、次の話をする。


「私達氷狼族はエーデルワイス統合戦争協定の内容に準拠するような行動基準にしている。そしてエーデルワイス統合戦争協定では、民間人居住区に対する攻撃は禁止されている。警告もなく街を焼くなど許容できないな」

「役人が建前を公式発表するような言説だ」

「それは自覚している。あとは氷狼族が強い火属性の攻撃を出来ないこと、旧ブランコ国立公園跡での戦闘が氷狼族の勝利で終わるタイミングで街を焼く理由がないこと、などが間接的とはいえ私達ではないことを示している」

「一定の説得力はありますね」


 カナタにしたのとほぼ同じ説明だが、一応クロエの納得は得られたようだ。役人の公式発表と評したスイカも、しぶしぶ頷いている。


「目下、私達氷狼族の捜索でも何も見つかっていない。2人も生存者にしろ、犯人捜しにしろ、ハマーリントの街を見て回りたいなら見て回ってから帰るといい。適当に案内させる」

「いいんですか?」

「〈蒼桜庭園〉と違って瓦礫しかないからな。もう少し後だと見せてまずいものが出来ている可能性もあったが、来るのが早すぎたな。本当に、今はここに何も価値があるものがない」


 リリエルが言及した蒼桜庭園は、ハマーリントからは大分北にある氷狼族の本拠地で、マナプラネットオンラインの〈72大迷宮〉のひとつだ。名前の通り蒼い桜が咲き誇っている庭園で、リリエルはそこの主でもある。蒼桜庭園に限らず72大迷宮は見た目美しい場所でもあるし、氷狼族の本拠地ともなれば色々な価値ある物や建物があるが、一方で火災で焼けて瓦礫まみれのハマーリントには見て面白いものは何もない。


 ふと、スイカが思いついたように質問をしてきた。


「スクリーンショットをとってもいいか?」

「どうぞご随意に」


 街の様子でも撮るのだろうと考えたリリエルに、なぜかスイカが近づいてきて横に並んだ。左手で可視化したウィンドウを操作して、スクリーンショットを自撮りモードで撮ろうとしている。リリエルとスイカの目の前に、2人が並んでいる映像が表示された。


「って私と撮るのか、いや広報も仕事だから構わないが。きちんと私の名前を出して見た人に好印象を与えるように使用するように」

「うん。これでもミーハーなんだ。せっかく有名人とお近づきになれたから写真に残したい。もちろん街の状況も撮るぞ、はいチーズ」


 アナクロな、カシャっ、という音と共に笑顔のリリエルとスイカの絵が記録された。このスクリーンショットだけを見れば仲の良い友達にしか見えないだろう。撮れた絵を確認しているスイカも満足そうだ。


 2人を少し呆れたような、そして不思議そうな様子で見ていたクロエが言葉をこぼす。


「意外と付き合いがいいんですね?」

「詳細は説明するつもりはないが、広報を強化しないといけないんだ」


 頭に疑問符を浮かべているクロエには説明しないが、昨夜のカナタの件やAltR社からインタビュー記事の許可が出た件を考慮すると、広報を強化しないといけないのは喫緊の課題だった。なので、ゲームの目的上は敵のスイカとクロエによる口コミも、広報に使えるなら使いたかった。


 そのタイミングで、呼んでおいた人狼種の兵士が来たので2人に告げる。


「さて、さっき君達をここに連れてきた4人に案内させるから、ハマーリントを見て回るにしろ、このまま南に帰るにしろ、好きにするといい。名残惜しいがお別れの時間だ」

「名残惜しく思ってくれるのか?」

「外交用の儀礼的な表現だ」


 リリエルの言葉を受けて、立場上長々と話していることはできないと理解しているクロエとスイカが、一礼して、部屋の出口に向かう。他にも話したいことがあったのかもしれないが。


「それでは、お時間をいただきありがとうございました」

「また会えることを期待している」

「ああ、ひとつ言い忘れた」


 リリエルは、そう言って部屋を出ていく2人を見る。


「帰りの車までは用意できない。徒歩でよろしく」

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