一応はお客様扱い(予期していない)

AD2051-04-01 08:50 (JST, 現実時間), 09:50 (MPO Local Time, ゲーム内時間)

ハマーリント南西部 ドーナツショップ「ホールドーナツ3号店」



 リリエルを狙撃してきた敵のスナイパーと接敵したグループは、シズクの部下達だ。だから一義的にはシズクの部下が報告した相手はシズクなのだが、内容を考慮しても、シズクの上司がリリエルだということを考慮しても、決定権はリリエルにあると言えた。そのリリエルはといえば、整った顔に不敵な笑みを浮かべている。


『どうしますか、リリエル様?』

『スナイパーライフルを抱えて密かに接近して話をしたいとは面白いやつだな』

『私としては即排除でも問題ないと提案しますが、そういえば敵はどこの誰?人族?何人?画像は?』


 上がってきた通信内容がある意味衝撃的な内容だったので確認が後回しになっていたが、近くにいるなら敵がどのような相手かがわかるはずだった。シズクが報告を求めると、すぐに応答がある。報告内容には人族のおよそ少女といっても差し支えのない外見の2名の画像が添付されている。


『確認できたのは2名、装備から判断すると〈オニキス傭兵団〉の人族のプレイヤーです。本人達もそう名乗っていました』

『有名どころじゃないか』


 リリエル達が相手にするプレイヤーはクランという形でグループを作っており、有力なクランは当然リリエル達も名前や特徴を抑えている。特に防具は制服という形で共通のものを採用していることが多く、クランを見分けるのに一役買っていた。添付されている画像で2名が身に着けているのは、ダークブルーをベースカラーにした学園物の制服のような服に、つばが広い魔女帽子、そしてダークグリーンのローブだ。このうち、学園物の制服のような服がオニキス傭兵団の制服にあたる。


 名前が出たオニキス傭兵団は、リーズラント公国にいるクランの中ではサイズは中堅どころで構成メンバーもかなり若いが、着実な作戦の遂行に定評がある。そのオニキス傭兵団の所属員が話をしたいというのであれば、話を聞いても悪くはない、とリリエルの中で評価した。


『話をしたいなら、周辺にオニキス傭兵団に限らず通信が可能な人族が周辺にいるなら同様に戦闘を停止することを求める』

『少々お待ちください』


 リリエル達はXDLでデータを受け渡ししているので、ここまでの会話はほぼタイムラグなしに1秒もかからずに終わっている。一方で人間にそのXDLでのデータの受け渡しに参加しろというのは酷というか無理なので、口頭で確認することになる。だから時間がかかるのは致し方ないことと言えた。もっとも、目下の脅威は既に無害になっているので、多少の時間がかかっても問題はないのだが。


『確認できました。そもそも一番近づけているのがこの2人だそうです。他は我々の警戒網を抜けられていない、とのこと』

『確かに街周辺の警戒を強めているが何も反応がない、という各所からの報告とも矛盾はないね』


 元々、一応ハマーリントを占領した形になっているので警戒は密にしていた。なので、人族が近づけなかったという話はおかしくないし、シズクが部下に命じた周辺の警戒でも敵は見つかっていない。


『連れてきていい。占領したばっかりの場所だから隠すものもないし、チャットや電話するわけにもいかないし』

『それではシズク様とリリエル様のところにお連れします。30分ほどお待ちください』

『うん』


 直線距離で2km先から徒歩で移動してくることになるので、おおよそ30分かかる。その間、リリエルとシズクは時間を持て余すことになってしまうが、これまでの話を聞く限り問題はなかった。念のため周辺の部隊の警戒態勢は維持したままにしておく。


「何を考えてるんですかね。意図を図りかねますね」

「そうだね、でもわざわざ話をしたいって言ってるんだから、30分待ってればわかるんじゃないかな」


 氷狼族に属するキャラクターは、氷狼種だろうと人狼種だろうと狼種だろうと周辺に対する警戒能力が高い。その氷狼族の警戒網をすり抜けるようにわざわざ苦労をして近づいてきたスナイパーとスポッターが暗殺もせずに話をしたい内容というのは、流石のリリエルでも推定が難しかった。


「30分待つとなると人間を乗せて運ぶのには車が欲しくなるな」

「鹵獲した車両はありますが、運転できるスキル持ちを用意してませんし、運用できる施設もありませんからね」

「だが、これからは必要になるかもしれない。一応プランに入れておくか」


 リリエル達は公式にはいわゆる車両の類を運用していない。氷狼族の構成のなかで大きい割合を占める人狼種は、物理攻撃力も高く、機動力も大きいユニットだ。物の運搬をするにしても、必要な物資をインベントリに入れてしまい、あとはマナを使ってアイテムを生成すれば済む程度だった。なので、これまで特に車両は必要としてこなかった経緯がある。


 しかし、これまでの氷狼族と人族の戦線は、人族の都市よりも北側にあり、軍隊もしくは傭兵との戦闘のみを考えていればよかったが、戦線の南下に伴いついに人族の都市に差し掛かるところまで来ていた。つまり氷狼族が押しているということなのだが、都市での戦闘やそれに伴うもろもろのために車両を運用する必要がでるかもしれない。


 とはいえリリエル達の南下は一旦スローペースにせざるを得ない。これは今リリエル達がいる戦線の西側は今回のハマーリントの占領で南下が進んだが、戦線の東側のほうは当初の予定通り進んでいて、ペースがそろわなくなったからだ。従って検討するのも急ぎではないので、いったんは将来検討することのリストに入れておくにとどめた。


 結局、そのあとは2人で会話することもなく、はたから見ると手持ち無沙汰に過ごしているように見えるが実際にはそれぞれタスクを片づけながら、リリエルとシズクは30分待つことになった。






 そして30分後――


 ドーナツショップの2階に、人狼種の青年4人に挟まれるように、少女2人が上ってきた。身長や体格の差でリリエルの位置からはほとんど少女達は見えない。4人の人狼種の代表がシズクとリリエルに報告する。


「オニキス傭兵団のスイカ様とクロエ様をお連れしました」

「はい。4人は1階で待機」

「了解しました」


 連れてきた4人が下がって、スイカとクロエと呼ばれた少女達の姿がようやくリリエルにも確認できるようになった。事前に2人の名前も報告を受けているし、画像にあった2人の姿と一致している。当然といえば当然だが、2人とも武器は構えていないし、帽子もとっている。


 青色のロングヘアーに意思の強そうな黒の瞳をしているのがスナイパーのクロエで、緑色の髪のポニーテールのところどころに白いラインと赤いラインを入れていて、金銀のオッドアイなのがスポッターのスイカだ。


 ちなみに、マナプラネットオンラインではキャラクタークリエイトの際に技術的な制約により体格を弄れる幅は小さいものの、それ以外の髪の色や長さといった部分は割と自由度が高い編集ができる。さらに装備の自由度も高いため、2人の外観――魔法学園の制服の上に魔法使いのローブを着ている日本人としてはありえない色の髪と目――はあまり珍しいほうではない、というより中世の甲冑鎧やSFバニー風魔法少女や世紀末トゲトゲ肩パッドと比べるとかなり「マシ」なほうに入る。


 いずれにせよ、相手の恰好がどうであれ、リリエルは氷狼族の代表として招いた客を迎える必要があった。


「氷狼族の司令部にようこそ、と言ってもご覧の通りドーナツショップ跡では様にならないが。クロエさんだな?」

「お招きいただきありがとうございます。リリエルさん、であってますか?」


 リリエルが歓迎のあいさつをすると、2人を代表してクロエがお礼を述べる。リリエルは、名乗る前から自分がリリエルだと認識してくれている人間がいることに安堵した。


「そうだ……よかった、少なくとも広報活動は一定の効果があるようだな」

「今朝もネットのニュースで見ましたよ?電影通信オンラインだったかな?のインタビュー記事」

「うん……私を猫扱いする無礼な人間ばかりではないということを知れてよかった」

「何かあったんですか?」

「いや、大したことではない。ここで立ち話を続ける理由もないし、こちらへどうぞ」


 こほん、と咳払いしてリリエルが狙撃されたときに使っていた窓のそばのテーブルに2人を案内する。円形のテーブルのリリエルの右側にスイカが、そして対面にクロエが座る。2人の着席を確認したシズクが、氷水の入った透明なグラスを生成して2人に給仕する。そのあとでシズクはリリエルにも同じものを渡して、自分はリリエルの左側の席に座った。


「さて改めて、氷狼族の主のリリエルだ」

「氷狼族のシズクです」


 リリエルとシズクの簡単な挨拶をうけて、今度はクロエとスイカが自己紹介をした。


「オニキス騎士団のクロエです。お招きいただきありがとうございます」

「我が名はスイカだ、かの高名な氷狼族の長に拝謁する栄誉にあずかるとはこれも黙示録のお導きか」

「スイカが話すと話がややこしくなるから黙っていてほしい」

「ぬ……今日は貴様のほうが位階が高いから大人しくしておこう」


 そう言ったスイカは出された氷水のグラスに口をつけた。リリエル達には事情は分からないものの、会話はクロエに任せるということらしい。なので、リリエルはクロエに話をし始めた。


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