防衛と旅立ち

防衛戦(守るものはまだない)

AD2051-04-01 08:30 (JST, 現実時間), 09:30 (MPO Local Time, ゲーム内時間)

ハマーリント南西部 ドーナツショップ「ホールドーナツ3号店」


「拠点化はフェーズ1が95%完了、予定より10%早いです。100%完了次第フェーズ2に移ります」

「早い分にはいいな」

「邪魔な建物が焼けてますし、人もいなくなっちゃってますからね……」


 ゲーム内では昼前の時間だが、電源が死んでいるため少し薄暗い部屋の中で、リリエルは背の高い少女と会話をしていた。会話の相手はシズク、室内なのにアイボリー色のダッフルコートを着て、首元にはマフラーを巻いて、しかもフードを被っている。見た目では完全に不審者だが、これでもリリエルの直属の部下で氷狼族の中ではリリエルに次ぐ位置にある四天王だ。


 この建物はもともとは地元のドーナツショップで、今リリエル達がいる2階は店内で食べるためのテーブルが並んでいたフロアだった。建物が頑丈だったのか、昨日の火災を受けても建物の外観は残っており、内部も適当に片づければ利用可能だった。もっとも、今リリエルとシズクが座っている椅子とテーブルや建物の窓ガラスはリリエルが生成したものだが。


 建物が残っているだけまだましという理由で、氷狼族はこの場所を臨時の指揮所にしていて、氷狼族を示す白百合と狼の紋章入りの軍旗も飾ってある。そしてシズクが率いる各部隊は南側の小さなショッピングモール跡や、東側の学校跡など、適宜分散してハマーリントだった場所に駐留している。


 会話している内容は、この街を氷狼族の拠点にする進捗と、アロイスから上がってきた報告の再確認だ。


「犯人、動機、方法、いずれもわからない。火元が一番燃えるんだから、残留物が何も残っていないし、煤と灰の匂いで狼が追跡するのも無理だけど、方法については状況からマナを利用した火属性の攻撃装置が複数使用された可能性が極めて高い、と」

「はい。ありていに言ってしまえば、何者かが爆弾のようなものを複数利用して、街全体を焼こうとした、ということになります」


 何せリリエル自身も先ほど複数の火元と推定される場所を見に行って、自分でもこれは調査は無理だという判断を下して戻ってきたのだ。なので、方法について確証を得るのは不可能だが、一方でこのような大規模火災を起こすことができる方法というのはマナを利用した兵器の可能性が高かった。


 シズクの肯定のあとで、テーブルの上に投影した火災前と火災後の3Dマップに、火元の場所を表示しながらリリエルが言葉を継いだ。


「街の北西側の鉱山施設と中央の行政区域に火元が多い……と言えるか?」

「意図をもって鉱山施設と行政区域を燃やそうとしたのか、効率よく街を燃やそうとしてそうなったのか、わからない程度の差ですね……」


 地図上に表示された火元の場所は、もともとこの街にとって重要だった場所が多い。鉱山街なので鉱山施設はメインの産業がある場所だし、役所や警察署のあった行政区域は街の統治という観点で重要だ。ただ、重要な施設だから狙われたのか、地形的に街を燃やそうとして狙われたのかまではわからなかった。


 いつまでもこの問題に拘泥していても無駄とばかりにリリエルがマップを消して、次の話題に移ろうとしたところで、リリエルの耳がピクリと動く。そのままリリエル達がデータをやり取りするための専用通信インターフェースであるXDLを起動する。XDLの利用はマナを消費するという制約はあるが、代わりにリリエルの口を動かさずに済むというとても大きいメリットがある。


 XDLを起動した理由は簡単で、攻撃のターゲットになったことと攻撃が来る方向が《警戒》でわかったからだ。見られている方向に対して視線を向けてしまったりしてしまえば、こちらが気づいていることに気づかれしまう。従って見ている相手にわからないように対応を指示する必要があった。


 並行して攻撃が来る方向を《全周囲視覚》と《拡大視覚》で確認する。どちらも視線を向ける必要はなく、指定した方向や距離の映像をウィンドウに映す形で確認可能だ。かなり拡大して、しかも画像処理をかけると、2km先の森の中にこちらを向いた狙撃銃と双眼鏡があるのが判明する。状況からして、スナイパーとスポッターに違いないので排除したい、というより違っても排除したい。


『見られている。南西2kmの山中、座標0478-3274、人族のスナイパーとスポッターの最低2。位置から私だけ見られていてシズクは見られてはいないが存在は把握されている。最寄りの部隊を接近させて、排除していい。ただし可能な限り直近まで気づかれないように。単独かどうかは現時点で不明』

『グループf7255032とb9383b46が接近中、接敵まで310、330。b6eee0d4とdbf03696は近隣にいるが待機中。接敵もしくは敵に発見され次第全力で急行予定』

『こちらが気づいたことに気づかれた場合、街中も含めてすべて警戒態勢、周辺の敵を再索敵。気づかれるまではアクションなし』


 リリエルは、部下から上がってきたレスポンスに満足して、少し様子を見る。スナイパーから狙われているが、撃ってくるかはわからないし、この距離で当たる可能性は高く評価しても30%だし、直撃してクリティカルが出てもリリエルのHPを全損させるには至らない。スナイパーに気づいておらず、何かを考えているようにみえるように、左手の人差し指を形のいい顎に当てて何かを考えているふりをする。


 一方で、スナイパーの位置と窓や柱の配置の関係で、スナイパーから直接は見えていないシズクも、今の段階では特に戦闘を意図した動きをとっていない。これは万が一、別の位置にいるかもしれない敵から見られていることを警戒したものだ。代わりに何故かインベントリから白いお皿にのっている緑色の葉っぱで桜色のものが包まれている料理を取り出している。


「……何故桜餅が?」

「私が食べるからですが。まさか飾るとでも?」

「どこから入手した?」

「ドロップで素材が落ちるじゃないですか。あとは料理するだけです。還元してもろくなマナになりませんし」


 シズクの言うドロップというのは火龍族だったり人族だったりと戦闘して倒した時のドロップだ。このゲームではプレイヤーの人族も倒されたときはアイテムをドロップしてしまう。このドロップアイテムはマナに還元して氷狼族の活動リソースにするのだが、アイテムランクもレアリティも低い食材アイテムを還元しても大したマナにならない。それでプレイヤーが持っていた桜餅の素材、見たところ関東風なので白玉粉、餡などを見繕ってわざわざ自分で作成したらしい。


 そのシズクはというと自分で作った桜餅を和菓子用の楊枝で切って食べている。ダッフルコートのフードの中に消えていく桜餅を見ながら、ふと浮かんだ疑問を追加で投げつけた。


「私の分は?」

「ないです」

「なんで?」

「リリエル様はミズナと2人で仲良くマドレーヌを食べたらしいじゃないですか。私抜きで!とても美味しかったらしいじゃないですか。それに和菓子より洋菓子のほうがお好みなのでは?」

「あれは善意の貰い物だし、和菓子だって食べる。私だって日本のAI製品だから和菓子の情報くらい取り揃えているから。例えば桜餅には関西風の桜餅、関東風の桜餅があって、今シズクが食べているのが関東風だっていうこともわかる」

「実際のところ、これは試作品の最後のひとつだから――」


 シズクがそこまで言葉を紡いだその時、急にリリエルが、静かに、しかし人間なら目にも止まらない速さで、席を立ちながら窓のほうに振り向いた。リリエルが右手をかざして飛んでくる弾に対応しようとした瞬間、窓の外でパンッという大きな音と共に、赤・青・黄色・緑色が混じったカラフルな光が飛び散った。


「何だ?信号弾か、花火?」


 疑問符付きなのは、信号弾にしては色がカラフル過ぎていて、花火にしては3階より少し低い程度の高さで開いていてしかも直径が小さいからだ。命中しなかった、というよりはコースは正確だったものの手前で破裂した、ということで、弾を受け止めるつもりだったリリエルとしては肩透かしをくらった形だ。


 ただ、飛んできた方向や火花の飛び散り方から撃ったのはスナイパーで間違いないし、それによってリリエルがスナイパーの存在を知覚したことが、演算するまでもなく明らかに敵にばれたので、シズクがXDL経由で部下に指示を出す。


『グループf7255032、b9383b46、b6eee0d4、dbf03696は秘匿性を気にせず全力で移動して。街中含む周辺の全グループは警戒態勢』


 その通信を聞きながら、そのまま撃ってきた方向に向かって、おそらくまだこちらを見ているままの相手に、にっこり笑って手を振る。直接姿は確認できていないし、これから排除する相手だが、その腕に敬意は払うべきだろう。


 と、考えている間に、シズクが窓際に移動していて、その手には取り出した長い銃を持っている。見た目はマスケット銃に見えるが、実際には実体のない魔力弾を撃ち出す、全長115cmの魔法銃だ。アイテムの名前は〈M0450アイスロッド〉、魔法銃の中では最高峰のアイテムになる。


 もともと秘密裡に接近していた味方のグループには狙撃を受けた時点で接近を優先するように命令を更新していたが、到着するまでもう少しだけ時間がかかる。その僅かの間にシズクが敵スナイパーに対して反撃を行うつもりらしい。窓を開けて、銃を安定させるための脚の代わりにして、照準を合わせる。


 撃ってきた相手よりシズクのほうが有利な点が3つもあり、撃ってくる前から正確な位置はわかっていたし、AI特有の人間には不可能な体の制御で銃をぶれさせることなく狙えるし、そもそも魔法銃は銃弾が重力や空気抵抗の影響を受けずに直進するから複雑な計算が必要なく、本当に狙うだけでいい。だからあっという間にシズクは狙いを定めて、引き金を引いた。


 ヒュン、という小さい音を立てて、魔力でできた球体が南西に向かって飛んでいく。今シズクが発射した弾は、着弾地点で強い冷気をまき散らす魔力弾で、人族2人にダメージを与えてしばらくの間動きを阻害することくらいは朝飯前にできる。着弾まで4秒弱、シズクは命中を確信していたが、しかし敵プレイヤーもさるもの、命中まで10mというところで、スポッターが投げた何かから生じた火の壁に魔力弾が阻まれて、効果を発揮することなく消滅した。


「こざかしい手を」

「何を投げたかまではわからなかったけど、魔法盾を生成する類の消費アイテムだな」

「錬金術のアイテムか、符術か、おそらくそのあたりでしょう」

「敵の姿は視認できた?」

「たぶん被っているのは魔女帽子かとんがり帽子?。どちらにしろ敵との接触まで10秒」


 リリエルもシズクも火の壁に阻まれて敵の姿の詳細までは確認できなかった。リリエルとシズクでは実はシズクのほうが遠距離向きで、遠いところを確認するのにも長けている。そのシズクでも敵スポッターが何かを投げた時にほんの少しだけ敵の装備を確認できただけだ。ただ、接近している味方と敵との接触までわずかなので、まもなく現場から敵を排除したという報告と合わせて敵の容姿の情報が上がってくる。


 だが、リリエルとシズクの予想に反して、接敵したグループからの通信は別の内容を告げてきた。


『シズク様、敵がリリエル様と話をしたいと、両手を上げていますがどうしますか』

『はぁ?』




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