ボーイミーツガール(それどころではない)(2)

「そう言われると見たことがあるような。かわいい人だとは思いましたけど」

「……。ゲームのサイトとか、キャンペーンの宣材とか、ネットニュースとか、各種販促物とか、タイアップ商品とか、見たことないか?万が一見たことがないと言うなら猫扱いするのと同じくらいとは言わないけれど、犬扱いするくらいには問題だぞ」

「えーとドレスを着ていませんでしたか?」

「あれは第二形態用の装備で儀礼用に使う礼装なんだ。今は第一形態であれは着れない。しかしあれだけ広告を打ってこの認知度か……だから主力商品が売れないんだ」


 たしかにリリエルはこのゲームのCMにも出ているし、通販のタイアップキャンペーンでのオマケとしてクリアファイルなどが配られることもあるし、コンビニのラジオでも商品の宣伝をしていたりする。しかしながら今の彼女の服装には見覚えがないので恐らく初出の恰好なのだろう。


「それに私の外見の元になった霧谷サクラはマナプラネットオンラインに限らずCMや歌手活動で知らない人はいない有名人のはずだけれど?」

「そこは結構外見に補正がかかっているというかあくまでベースにしていろいろ調整したってことだからわからなかったというか」


 リリエルを含むラスボスの11体は6体のグループと5体のグループの2グループに分かれていて、リリエルは〈六魔使徒〉という6体のグループのほうに所属している。


 その六魔使徒の外見はタイアップでガールズバンド〈レギンレイヴ〉のメンバー6人の外見をベースに作られている。その元となったレギンレイヴのほうがリリエル達よりもだいぶ有名で、レギンレイヴのメンバーをCMを見ない日はないと言っても過言ではない。このマナプラネットオンラインのゲームのCM曲もレギンレイヴが担当している。


 そういうわけでリリエルの外見はレギンレイヴのメンバーの1人、霧谷サクラの外見が元になっている。だから整った顔立ちや154cmの身長などはおおむね霧谷サクラのものだが、当然霧谷サクラには狼の耳はついていないのでリリエルのデザインを決めるときにキャラクターに合わせてつけられたものだし、銀髪や瞳の水色も霧谷サクラの黒髪(ただし茶色に染めている)や黒い瞳とは違う。


 ただ、リリエルの胸元に目をやると、デザインの意匠上ベルトで締め付けている胸が存在を主張している。元となった霧谷サクラは3サイズは公表されていないもののカナタが映像や写真を見る限り何というか”すとーん”という感じだ。


 リリエルの外見には他にも細かい調整が入っている(例えば霧谷サクラより少しだけ足が長く腰の位置が高いようだ)ので総じて、真横に並べると霧谷サクラとリリエルの外見の違いは色違いで済む範囲というよりはそっくりな他人くらいになっている。


 だがカナタの言い訳は横においておいて胸元に目をやってしまったのを見咎められてしまった。


「最低だな。女の子みたいな外見をしているのに中身はケダモノか」

「さいてーですね」

「やはり愚かな人間は助けなくていいのではないか」

「そう言われましても子供達の面倒を見ていただく必要があります」

「ちっ、執行猶予付きということにしておいてやろう。自分の善性に感謝するといい」


 明確に舌打ちをしたリリエルが指をぱちんと鳴らすと、この場にいたリリエル以外の5人をそれぞれ蛍の光のようなたくさんの柔らかい青い光が包んだ。目線の先のステータスウィンドウに30分間の火属性耐性のバフを貰ったことが表示される。


「さて、ここからだと東に抜けるのが一番いい。私が前で子供達がその次、ミズナがさらにその次、愚かな人間が後ろだ」

「リリエル様、カナタお姉さんの装備がもうだめです」

「なんだと」


 リリエルが提案した陣形自体には異論がなかったが、別の問題はあった。ミズナに説明した通り、カナタの手持ちの装備のほとんどが耐久値が尽きかけで、これではお荷物になるだけで重要な後衛の役目を果たせそうにない。


「見せたまえ」


 リリエルが手を出してきたので、言われるがままに手に持っていた自分の予備のほうの刀を差しだした。ついでにインベントリを操作してメインの刀を取り出す。火に巻き込まれてその時に持っていたメインの刀のほうを慌てて使ったから、メインの刀が先に耐久度が限界に来てしまったのだ。


 刀を渡されたリリエルが慣れた様子で右手で鞘をもって左手で抜きはらう。そして目の前で一瞥すると、興味を失ったのか、くるりと刀を一回転させて鞘に納刀する。そのままカナタに対して刀を放って寄越してきたので、慌てて受け取る。


 予備の刀はNPCの店売りの品だった。マナプラネットオンラインでは、NPCの店売りの武器の強さはたいてい、プレイヤーの鍛冶屋やエネミーからのドロップには劣るものの、最前線でも使えなくはないというレベルだ。そのため予備の武器として持っておくプレイヤーは多かった。ただ、当然といえば当然だが、リリエルのお眼鏡に叶うものではなかったようだ。


「そっちも」


 催促されたのでメインの刀も同様に渡す。刀を抜いたリリエルが今度は少しだけ興味がわいたのか、刃の根元から先端まで白い指を這わせている。


「さっきのと同じくボロボロだけどこちらがメインか。いい刀鍛冶の作のようだね。丁寧に使われてもいる」


 リリエルの言う通り、今渡したほうのメインの刀〈風燕〉はしばらく前に全財産の四分の一をつぎ込んで作ってもらったものだ。褒められて悪い気はしないが、ただ最近では敵の強さが上がり、要求される装備の水準も上がっているので、そろそろ更新しなければいけない時期に差し掛かってはいた。


「直そうかと考えたがやめた。それは作った鍛冶師のところに持っていくといい。少し待ちたまえ」


 そう言ったリリエルは右手で眼前の中空を操作しだした。このゲームの仕様として、他人の操作しているウィンドウはデフォルトでは見えないので、他人から見ると何をしているのかはわからない。


 すると、10秒したかしないかくらいで、唐突にリリエルの目の前の何もない空間に群青色の鞘の刀が出現した。それをリリエルが手で受け取るのかと思ったら、右手の手首で刀の腹の部分を受け止めた後、くるくると新体操のバトンのように回して、その勢いのままこちらに放ってきた。回転しながら飛んできた刀の中ほどを慌ててつかんで受け取る。


「これは?」

「銘は〈瑠璃薄荷〉。〈アイテムランク〉は8、〈レアリティ〉は6。特に貴重品というわけではないが、最近の君達が持っている武器と比較しても悪くないだろう?細かい性能はアイテムのステータスで」

「……悪くないどころか、結構というか、かなりいいものですね」


 アイテムの価値はアイテムランクとレアリティと品質という形で表現される。アイテムランクは、例えば〈青銅の剣〉はアイテムランク2、〈鉄の剣〉はアイテムランク3、というように、アイテムの等級を表している。アイテムランク1が最低で、数字が増えるにつき等級が上がっていく。現状プレイヤーが装備している武器のシェアだと、上位数%がアイテムランク8、60%から70%がアイテムランク7、残りがアイテムランク6以下といった具合だ。


 レアリティは、そのアイテムがどれくらい希少か、という指標で、1~10の10段階で表される。あくまで希少さの指標なので、弱いアイテムでも高レアリティ、あるいはその逆に、強いアイテムでもありふれているもの、ということはありうる。


 そして品質は、そのアイテムの良し悪しを示す指標で、こちらも1~10の10段階で表される。同じ〈ポーション〉でも品質が低ければ回復量が下がり、品質が高ければ回復量が上がる。ただ、エネミーがドロップした武器の場合、品質はたいてい5なので、主にアイテムランクとレアリティが重要になる。アイテムのステータスを見る限り瑠璃薄荷もこれに含まれる。


「もらってもいいんですか?」

「ああ、私の権限で渡せるアイテムの中では貴重というわけでもない」

「それはそうでしょうが……」


 カナタが持っていたメインの刀も予備の刀もアイテムランク6だったので、いきなり2段階上の武器を手に入れられたことになる。プレイヤーの持っている装備の中でも最先端のものと言えるだろう。ただリリエルの様子でわかるように、流石にラスボスの視点ではレアなものというわけでもなく、まだまだ上のアイテムランクやレアリティの物があるらしい。


 レアドロップ品だったら強さを問わずに貴重品という価値観を持っているプレイヤーとしてはツッコミを入れたいのだが、メッセージウィンドウに表示された瑠璃薄荷を手に入れましたというログを確認しながら、ひとまず刀を抜いてみる。


 炎の中で正確な色は分からないが、たぶん若干青みを帯びた色をしているきれいな刃が炎の光を反射してきらりと煌めいた。ステータスを見なくてもとてもいいものだとわかる。刃をためつすがめつしていたら、ミズナが横から補足してくれた。


「あとMPもないはずです」

「よくもそこまできれいに手持ちを使いきれるものだな。まさかAIか?」

「人間です。単に順に使っていっただけで……うわっ」


 刀に意識を向けていたせいか、それともリリエルのステータスのほうが自分よりだいぶ高いせいか、急に何の前触れもなく顔面に瓶をぶつけられた。ぱりんと瓶が割れて中身の液体が顔にかかる。


「HPMPは回復した?」

「……おかげさまで」


 納得はいかないものの、自分のステータスに表示されているHPとMPが満タンになっているのを見てしぶしぶ頷く。ポーション類は本当は体にかけるのではなく飲んだほうが効果が高いが、体にかけて全快したということは相当いいポーションだったようだ。


「その〈HPMPポーションⅧ〉と刀は経費にしておく。それでは行こう」

「〈錬金術師〉とか〈薬師〉の人が苦労して作ってるのより性能がいいんですが」

「人間のくせに細かいことを気にするんじゃない。そんなに解像度ないだろう」


 消耗品であるポーション類は錬金術師や薬師といったクラスが作成可能だ。ただ、今の最前線の錬金術師や薬師でも作成可能なのは、アイテムランク7の〈HPポーションⅦ〉〈MPポーションⅦ〉であり、HPとMPが両方回復し、なおかつ回復量が1段階高い〈HPMPポーションⅧ〉を作ることはできなかった。そんな高級品を惜しげもなく使われたことに驚いたが、助かったのは事実だ。


「こっちはミズナと子供たち用の〈HPポーションⅧ〉だからミズナ配って。飲んだら出発する」

「僕にも手渡ししてくれてもよかったと思うんですが」

「恩人ではあるが猫呼ばわりした罰だ」


 次の言葉を継ぐ間もなくリリエルが既に歩き出していた。それにポーションを飲み終わったミズナが子供達を連れて続いている。カナタとしても殿を任されたと判断して、周辺に、特に後ろに警戒をしながらついていく。

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