ボーイミーツガール(それどころではない)(1)
腰まである青い髪を三つ編みの束ねた小柄な影が、もっと小さい四つの影と共に道の路肩で立ち往生していた。正面を倒壊した建物の残骸が道をふさいでいて燃え盛っている。
「本当に刀折れ矢尽きた……ここで都合よく武器を持ってたりしないよね?」
「ないですね……カナタお姉さん」
「さっきも言ったけど、お兄さん」
「マナドロップくらいならありますよ。4個しかないですが」
「それは……ミズナちゃんたちで分けて」
カナタとよばれた少女――ではなく少年が、無茶ぶりとは知りつつも横にいたミズナに何か武器を持っていないかを尋ねた。もちろん子供に聞いても都合よく武器を持っているはずがない。正面を塞いでいる建物を破壊したいのだが、ここまでの行程で手持ちの攻撃手段が尽きてしまった。
予備も含めて2本持っていた刀の耐久度はほぼ尽きて、これ以上使うと壊れてしまうところまで使ってしまっている。途中で倒れてきた鉄柱を無理やり切り飛ばしたのが特によくなかった。対物破壊のためのアーツ《斬鉄》を使ったものの、このスキルはレベルを上げていても武器の耐久度をある程度消耗してしまう。
もともと前衛タイプなので重火器の類は持っていないし、ハンドガンでは瓦礫を吹っ飛ばすことなどできそうにない。2個だけインベントリに入れてあった手榴弾は他の3人の子供を助けるときに消費してしまった。
他の手持ちにはマナブレード(普段はただの筒だがMPを消費してマナを放出して光の刃を形成する武器)くらいしかないが、使おうにももうMPが心もとない。ミズナが渡そうとしたマナドロップは見た目は飴でMPを回復してくれるアイテムではあるが、いかんせん回復量は極々小だ。仮に4つもらってもマナブレードは1秒展開できれば御の字だし、それくらいなら子供達で分けてもらったほうがよかった。
あまり時間はないのだが、インベントリをもう1回眺めてみても役に立ちそうなものは入ってなかった。
「戻るしかないね……」
「2ブロック戻って細めの道を抜けられたら別の広めの通りはありますが……」
「こっちに来たのは裏目だったかな」
「このルート以外でも同じようにリスクがあったかと」
そう言ったミズナがおそらく年下であろう他の3人の子供を見る。泣いたりせずに、今も頑張ってくれているが、体力的には限界だろう。というか、ゲーム内だとわかっているカナタですら火傷しそうな熱輻射にさらされていてきつい。ゲームのプレイヤーなので復活可能な自分はともかく、カナタを信じてついてきてくれた子供達はなんとしても最後まで助けたかった。
しかし道を切り開くためのMP以外にも心配な事が2つあった。
1つは呼吸するための空気の確保だ。周囲がこれだけ燃焼していると、酸素が不足してその分のダメージを受けるどころか、そのまま窒息死してもおかしくなかった。だが、偶然カナタが持っていた〈風属性魔術・中級〉のスキルに属する《シルフィードの祝福》という魔法で何とかしている。これはステータス向上・被ダメージの低下・そして有害な気体系の効果からの防護という効果がある魔法で、酸素不足も防護してくれていた。魔法の効果時間は15分と魔法の中では長めなものの、あと2回全員にかけるのはMPが不足している。
そしてもう1つのほうが単純で、かつ深刻だった。
「HPもそろそろ危険域だよね」
「そうですね……カナタお姉さんが渡してくれた〈HPポーション〉類も残り3個です」
カナタが子供達を見つけた時に、手持ちのHPポーション類を全部子供達に渡してしまっていた。輻射熱と酸素の不足だけでHPが奪われていく状況だったので、随時使ってもらっていたが、いよいよその猶予も無くなってしまいそうだ。それでも子供達に限らずカナタの体力も不安だがこの道を通れないとなると他の道を探すしかない。
そう決断して、子供達を促して、燃え盛る瓦礫にくるりと背を向けた――ところで、ミズナから意外な声がかけられた。
「でも――間に合ったようです」
「え?」
聞き返したところで、周囲がいろいろなものが燃えて弾ける音で五月蠅いにもかかわらず、背後からバゴン!という聞いたことのない大きな音がした。
音に驚いて振り返ると、何をどうやったのかはわからないが、道を塞いでいたはずの燃えていた瓦礫が道の左右に割れてしかも火が消えて、ジュウジュウと音を立てている。しかも周りはありとあらゆるものが燃えていたはずなのに、ひんやりとした風が吹いたような気がした。
白い蒸気でわからないが、瓦礫のあった場所を挟んで反対側には誰かの人影がある。
「へ?」
「お越しになりましたか」
隣にいたミズナはその人影に心当たりがあるようだ。水に濡れた瓦礫の間を通って、人影がこちらに近づいてきた。シルエットから判断するにカナタと背が変わらないくらいの女性だ――と思ったら道に落ちていた看板に躓いてよろけて――そのまま前に飛びつつくるりと一回転して着地して、何事もなかったかのようにカナタ達の傍までやってきた。
近くまで来ると人影の詳細が明らかになる。火に照らされていて細かい色遣いまではわからないが場違いなフリフリのついた白っぽい服を着ていて、銀色の髪はむしろ火に照らされて輝いているようにみえる。だが一番目を引くのは頭の上にのっている動物の耳だ。
「猫耳?」
「非常時だが……覚えておきたまえ。誇り高い狼は軟弱な猫扱いされるのを非常に嫌う。次に言うとその喉笛を噛み切るぞ」
ふと疑問を口にしたら一瞬後には目の前に非常に整った、かわいいと表現しても差し支えない顔があった。強い意志のこもった水色の瞳がまっすぐにカナタの瞳をのぞき込んでいる。どこかで顔を見たことがあったような気がしたが、あまりの迫力にこくこくと首を縦に振る。
カナタが理解した様子に満足したのか、少女はカナタから視線を外してミズナのほうに向き直った。それを見たミズナが少女に向かって一礼する。
「お待ちしておりました」
「待たせたかな?」
「日めくりカレンダーを1ダース使うくらいは」
「この状況では1グロスが30秒で燃え尽きそうだけれど」
少女が周囲を見渡している。カナタと子供達の周辺だけは、おそらく少女のおかげで楽になっているが、依然として少し離れたところは火に包まれている。
「全部消せませんか?」
「やってやれなくはないけれど、その必要性を認めない。さっさと脱出しよう」
「彼らも一緒に」
ミズナが促すと、話をしていた少女が興味なさそうにカナタと3人の子供のほうを見た。
「子供はともかく、そこの狼と猫の区別がつかない愚かな人間は助ける必要があるだろうか」
「私を助けてここまで連れてきてくれたんです。途中で子供も助けて、HPポーションを配って、装備も全部消耗して」
「恩は返すものだな。それに子供も助ける勇気ある者は助けないといけない。早くこっちに」
そう言った少女がカナタと子供達を手招きしている。よくわからないがどうやら助けてくれるつもりらしい。子供達もいきなり現れたケモ耳少女に戸惑っているが怖がらなくてもいいと分かったのか近寄っていった。
「おねーちゃんありがとう」
「リリエルだ。リリエル様と呼んでいいぞ。えらいんだぞ」
「リリエルおねーちゃんありがとう」
「これだから子供は。啓蒙活動が必要だな」
リリエルと呼ばれた少女が子供相手に胸を張っていたが、感謝はされてもリリエル様とは呼んでもらえなかったので心なしか肩を落としている。
だがカナタにはもっと気になることがあった。リリエルという名前、狼のケモ耳、白い髪、水色の瞳、ふさふさの尻尾に見覚えがある。
「えっリリエルって」
「まさかとは思うが、私が誰だかわからなかったなどという人間特有のジョークを言うつもりではあるまいね?」
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