ラスボスさんはまけたくない -仮想戦記Mana Planet Online-

十六夜たると

プロローグ

街が燃えている(自分のせいではない)

AD2051-03-31 22:30 (JST, 現実時間), 21:30 (MPO Local Time, ゲーム内時間)

ハマーリントより北に1.5kmの地点



 白と白藍色のゴシックロリータ服を身にまとった見た目麗しい少女が、落ち着いた顔で夜を照らす炎を眺めている。AIである彼女だが、仮想空間用のインターフェース――端的に言ってしまえば人間の外見――を持っていて、リリエルという個体名も与えられている。


 その彼女の白を基調とした服、雪のように白い肌、整った顔、長い睫毛、膝まで届く長い銀髪、頭から生えた狼の耳、腰から生えた髪の色と同じ色の尻尾が、轟轟と燃える炎に照らされて赤とオレンジ色に染まっていた。


 彼女リリエルこそが、このVRMMOゲーム、〈マナプラネットオンライン〉に君臨する11体のラスボスの1体だ。もちろんVRMMOのプレイヤーである人間の最終目標のひとつは、彼女の打倒である。



 リリエルは〈氷狼種〉というタイプのキャラクターである。氷狼種は狼の耳も生えている人間の見た目、という設定で、どちらかと言えば魔法を得意としている。


 そしてリリエルの配下には氷狼種はもちろんのこと、いわゆるワーウルフで物理攻撃の得意な〈人狼種〉、現実世界にもいるような普通の狼のような〈狼種〉など様々な〈種〉がいる。複数の種を束ねた勢力が〈氷狼族〉で、リリエルがその代表にして頂点、というわけだ。


 ちなみに、プレイヤーは〈マナロイド種〉という種で遺伝子調整された人間という設定になっている。それに対し特に遺伝子調整されていない普通の人間は〈ヒューマン種〉だ。そしてマナロイド種とヒューマン種をあわせて〈人族〉という括りになっている。



 そのリリエルの隣に、リリエルと比べて背が高くがっしりしている体格を窮屈そうに軍服が包んでいて、白百合の紋章のついたベレー帽をかぶっている男が控えている。名前はアロイスといい、物理攻撃が得意な人狼種タイプだ。リリエルは24分前にこのアロイスから報告を受け、その場は別の部下に任せて、かなり無理をして急いでこの場所に移動してきたところだ。


 二人の目の前で燃えているのは人族の街だ。街で一番高かった建物よりも高く立ち昇っている炎と、もうもうと立ち込める煙から視線を外さずに、隣にいたアロイスに一応質問する。


「それで状況は?ミズナは?」

「部下による突入は全ルート失敗しました。あと35秒で安全圏までの後退は完了します」

「わかった」


 尋ねたリリエルに対して、アロイスは首を横に振って答えた。アロイスの部下に限らないが、氷狼種も人狼種も狼種も火属性に弱いので、街の中に取り残されているミズナの救出が失敗するのは仕方がなかった。もっとも、テキストでの情報のやり取り――人間でいうところのチャット――でリリエルとアロイスは状況を共有していたので、単なる追認にしかならなかったが。


 リリエルとアロイスが見ているのは、今は半分くらいは瓦礫になっていて残りの半分は燃えているという有様だが、地図上では〈ハマーリント〉という名前の街がある場所だ。ハマーリントの街は、このマナプラネットオンラインのゲームにおいて重要な資源である〈マナ鉱石〉を産出する鉱山街で――長らくプレイヤーが属する人族の重要拠点で――もちろん氷狼族の重要な攻略目標のひとつだった。


 その鉱山街や、周辺の軍事施設、マナ鉱石の加工施設がオレンジ色の爆炎に包まれている。マナ鉱石自体は単体では可燃性が低いものの、精製した〈液化マナ燃料〉などは良く燃えるので、その炎だろう。



 だが、最大の問題は、ハマーリントの街は最優先の攻略目標だったが、この惨状が彼女達の攻撃によるものではない、ということだ。そして次に大きい問題は、その街に取り残されているミズナは氷狼族にとって重要な彼女の部下だ、ということだ。一応連絡はついているので、まだ生存しているのは確実だが、残された時間が少ないのは明白だった。人形のように整った顔で落ち着いた表情をしているが、人間的な言い方をすると実際には心の中は慌てていた。


「ミズナは生きてはいるけれど脱出はほぼ不可能。周囲は火だらけ、一応周りにプレイヤーや人間もいるけれど、脱出のあてにはできない。このままだとみんなで焼死することになる」

「いかがいたしますか」

「仕方がない。私が行ってくる。アロイス達は街の周辺を警戒。念のため情報は可能な限り記録。仮に敵を見つけたとしても交戦や追跡は必要ない。北側から人族の軍隊がきたら見つからないように撤収。その後はシズクと合流」


 ここ40時間、氷狼族は、北にある〈旧ブランコ国立公園跡〉で〈リーズラント公国〉の軍と交戦していた。相手の戦力はリーズラント公国の正規軍(こちらはNPCだ)と雇われている傭兵(こちらがプレイヤーだ)との混合で、ハマーリントの北側にある駐屯地から出撃してきていた。


 対する氷狼族は、リリエルの直属の部下、四天王の一人であるシズクを指揮官に氷狼種・人狼種・狼種といった各種の部隊を取り揃え、この方面の戦力のほとんどをあてていた。実はリリエルがこの戦闘の場にいたのは偶然で、四天王の部隊を順に回っていてたまたまシズクのところにいたというだけだ。


 戦闘の状況としては氷狼族が優位に戦闘を進めていたものの、人族にとってここを抜かれると重要拠点であるハマーリントに王手をかけられるため、なかなか攻めきれないという状況が続いていた。


 それが先ほどの交戦中、たまたま居合わせていたリリエルが焦れて来たから大規模魔術で風穴を開けようかというのを真剣に検討しだしたその時に、ハマーリントの方から夜空全部を赤く染めるほどの爆炎が上がり、数十秒後に爆風と爆音が襲ってきた。その勢いたるや凄まじく、爆炎を見たリリエルですら伏せて耳をふさいだくらいだ。


 そしてその爆発の後、現地周辺にいた氷狼族から情報を収集しつつ――幸運にも死亡者は出なかった――リリエルが先行して現地を確認しに来たというのが今だ。


「しかし、この炎の中に突っ込むのはリリエル様といえども危険ではないでしょうか」

「ミズナを失うわけにはいかない。アロイス達にバフかけて一緒に来てもらってもいいけれど、ミズナだけ連れて脱出するなら私一人でいい」

「了解しました」


 アロイスがうなずいて部下と一緒に後退するのを見ながら、並行してミズナとの連絡を済ませる。AIであるリリエルにとっては会話しながら手を動かさずに文章をしたためることくらい朝飯前だし、ほかにも並行して目視での周辺の状況確認・突入ルートの候補選び・アロイス達の報告データの参照・この場所以外の戦線の状況に対する指示を行っている。


 ちなみに、ミズナとの通信もチャットで行ったが、音声通信(プレイヤーには電話と呼ばれている)も可能ではある。ただ、ミズナが一緒に本来は敵であるプレイヤーやNPCと一緒にいる以上、音声を使った通信をしているのを聞かれるのは憚られた。それにそもそも周りが火で囲まれていて五月蠅い状況での音声通信は安全とは言えなかった。


「場所は学校跡から街の外側に向けて移動したものの突破可能な道がなくなってて南東側の警察署のあった場所で立往生。一緒にプレイヤー1、人族のNPCは1人増えて3人がいる。敵影はなし。HPは熱からのダメージでじりじり減っている」


 役に立つかは怪しいが、燃える前のハマーリントの3D地図にミズナの位置と突入ルートの候補を上位3つ表示する。しかし上位3つのルートのうち2つは、最初に街に入るところが視界内にあるのだが、既に炎上している。残り1つもこの様子では炎上している可能性が高い。氷狼種も人狼種も狼種も火属性が弱点に設定されているから、リリエルが火の中に突っ込む前に準備が必要だった。


 リリエルの場合は、水属性は吸収が可能だし(データ的には耐性200%と表現される)、風などの他の属性ならダメージ1/4(耐性75%)は可能なのだが、これが火属性だとデフォルトでダメージ2倍(耐性-100%)になる上に、どれだけ装備品や魔法での補正をかけてもダメージ75%(耐性25%)にしかならないように上限値が設定されている。


 そういうわけで、自分に魔法をかけて耐性をあげることにする。


「《水月花の加護》」


 リリエルが魔法の名前をつぶやくと、一瞬だけ体が青く柔らかい光に包まれる。《水月花の加護》は対象単体の水属性の攻撃能力と火属性の耐性を上げる魔法で、〈水属性魔術〉系のスキルがカンストしているリリエルが使うと火属性の耐性は限界である耐性25%まで上がる。効果時間は10分だが、これは切れたらまた掛けなおせばいい。


 そうして街の北側から燃えている市街に向かって駆け出した。地図によると向かっている場所は公園だったはずだが、今では背の高い木々が燃えて松明のように周辺を照らしているだけだ。


「もう少しでインタビュー記事が掲載されるがそれとは関係ない……よね?偶然だよね……?」


 リリエルはそう走りながらひとりごちた。先日とあるゲームメディアからインタビューの申し込みがあり、運営の許可が下りたので取材を受けた。この後、現実世界の日付が変わったら、それと同時に史上初のラスボスにインタビューしてみた記事が公開されることになっている。


 ただ、インタビュー記事の公開とタイミングを合わせて鉱山街を燃やす合理的な理由はどれだけ演算をしても出てこなかった。鉱山街がなぜ燃えているのか、事故なのか故意なのかもわかっていないのだが。


 それに、そもそもインタビューを行ったことを知っている人間も限定されている。知っているのはこのマナプラネットオンラインを運営するAltR社の数名、そしてインタビューをしたゲームメディア記者とその上司くらいだ。インタビューをした記者と上司は、今燃えている鉱山街を支配していたリーズラント公国に所属しているプレイヤーだ。AltR社の人間にもインタビューをしたゲームメディアの人間にも、街を燃やす理由もインタビュー記事の公開タイミングに合わせる理由もない。


 こうして街を燃やした動機も方法も調査は必要だが、今のところは目の前のミズナの危機を救うのが先決だった。事前に計算したルートをもとに、一歩踏み切って、地面の草が燃えている街の外れだった場所を駆け抜ける。



 だが計算したルートをもとに街に入ってすぐ、急ブレーキをかける。走ってきた勢いのまま長い髪が体の前に流れる。予定通り十字路を曲がった先が、ふさがっていた。おそらく元は家屋の壁だったと思われる瓦礫やその他なんだったか分からないものが道路に積みあがっていた。


 舌打ちをひとつして、右腰に下げていた細身の直剣を引き抜いて正眼に構える。


「雪原を満たす者よ、我が剣に集え、《無明雪夜》」


 リリエルの魔法とともに、構えた直剣にまとわりつく形で円柱状に魔力が展開される。その長さは元の長さの10倍にもなり、リリエルの身長はおろか周囲の建物の高さすら超える。本来は瓦礫を切りつけるなど剣でやることではないが、しかし魔法を使って魔力の刃を展開したとなれば話は別だ。しかもこの魔力の刃のダメージには先ほど突入前にかけた《水月花の加護》のバフも乗るのだ。


 正眼に構えた剣を大上段に構えて、そのまま無造作に切り下ろすと、真っ二つになった瓦礫と元が何だったのかわからないもろもろが、音を立てて崩れ落ちた。






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