第6話
「アンタを見つけたあの日、ひどく驚いた。そこには俺がいたんだから」
資料に粗方目を通し終えたサンの手からすべての資料を奪い取る。
「父さんの処へ連れて行ったら俺は用なしになる。分かってたけど、お人好しであるアンタなら連れていくと思ってそうした」
「先生……父さんは何も言わなかった」
「そう。俺のことを考えて言わなかったんだ」
顔や髪、身長、体格も違う二人だが、似通っている部分も少なくはない。
「アンタも俺も父さんも人の気持ちを考えられないくせにお節介を焼こうとする」
眉を下げて、苦笑するソン。
「その結果がこれ」
ソンは別のポケットからハンカチにくるまれた写真と金貨を取り出す。
「これはサン、アンタの母さんだ。サンのことは俺から手紙で伝えている」
柔らかで温かい雰囲気が漂う女性が写っている。写真の裏側には住所と女性の名前が書かれていた。
「ここに行くもよし、別の場所に行くのもよし」
写真をサンに押し付けるようにして渡す。
「だけど、ここに留まることは許さない。それは誰も望んでいない」
「父さんやソンは!?」
「父さんの研究はもう知られてしまっている。俺のような機械が増えたら、最悪なことになる。これが最善だよ」
施設から出てくる煙の量は増えており、サンやソンのいるところまで煙が漂っている。
「でも、施設を燃やして証拠を残さないんだったら」
「仮に俺が生きたとしても、老いることはできない」
煙の量に目を細めるサン。変わらずに開けたまま会話を続けていくソン。
「サン。父さんを独り占めすることを許せよ」
煙は暗く重たい夜の中、吸い込まれるように消えていく。月や星も煙に紛れて見えなくなっている。
「お前の夜明けが何事にも耐えがたいくらいに美しいことを祈るよ」
サンにほんの少しの金貨を握らせたソンは施設へと戻るために反対を向く。
「さようなら、サン」
その言葉を残し、ソンは駆け足で施設へと入っていく。サンも慌てて、追いかけようとするが、あまりの煙の強さに向かっていくことが出来なかった。
「ソン! 先生! 父さん!!」
サンの叫び声に反応するように、狼のような人間の叫び声が、金鱗を持つ尾が海の腹を叩く姿が、空から金の羽をもった鳥が仰いだ風がサンの耳に目に体に伝わってくる。
思わず、手に持っていた写真をくしゃりと握りつぶしてしまう。その感触にサンは慌てて掌を広げ、握りつぶした写真を広げて皺を伸ばす。
皴くちゃになった写真の中の人物は変わらず、顎に手を添えて、優しく微笑んでいる。
「……母さん」
小さく呟いたサンは金貨数枚をポケットに直し、施設に背を向ける。
「この人に、先生とソンのことを……」
足取りは重く、ふらついており、顔色も悪いサンだが、振り返ることはなく前へと進み始める。明るく光るこの場から離れ、遠く先の見えない場所へと。手に持つ光だけを頼りにして。
サンの門出を祝福するように鐘の音が何度も何十回も響き始める。音が鳴ればなるほど、森は騒めき、海の波は立ち、風は吹き荒れ、炎は強くなっていったが、サンはそのどれも目にすることはなく、前へ前へと進んでいく。
頼りのない光を手に足を止めることなく進んでいく。足を止めることなく進んでいく。
ただひたすらに、進んでいく。目の前の灯りに縋り付きながら。前へ、前へと進んでいく。ひたすらに、足を止めることなく。
進んでいく。
夜明け前 @husiikai
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