魔法が使えない魔女はお嬢様にお仕えし続けたい

響城藍

魔法が使えない魔女はお嬢様にお仕えし続けたい

 私は魔女のエマ。魔女なんだけど、昔から魔法が使えないのが悩み。

 私はとある勇者パーティーに所属している。魔法は使えないけど、仲間の役に立てるように努力をしているつもりです。

 

 そんな旅の最中、朝目が覚めたら私は一人だった。

 荷物と食料も持って仲間は私を置いて行った。

 魔法が使えなくて役立たずな私を捨てたのだと理解したら、急に目の前が真っ暗になった。

 倒れて餓死しそうになっていた所を拾ってくれたのが、このお城の令嬢――マリアンヌ・ ドルレアン様だ。

 

 マリアンヌ様――マリア様に恩を返したくてメイドとして働かせてもらって1ヶ月。メイドの仕事も慣れてきて、マリア様に仕える日々が楽しいです。

 私はいつものように、短い茶髪を揺らしながらお城を回ってメイドの仕事をしていく。

 

 今日も掃除が終わったので、ほうきを置いてから庭の手入れに向かおうと一旦自分の部屋に戻ってきました。今日はお天気が良くて、午前中に干した洗濯物ももう乾いていそうだと窓に寄って空を見上げる。

 

 窓の外を眺めていると、向かいの建物に豪華なドレスを纏って長い金髪を揺らす少女の姿が見えた。私の命の恩人であり私の大好きなマリア様だ。マリア様の姿を見るだけで私は笑顔になれる。

 

 でもマリア様はどこか浮かない顔をしていた。隣にいらっしゃるのは婚約相手のルイ・アルデンヌ様。マリア様は1ヶ月後の誕生日で成人を迎える。成人したら結婚して嫁いでいくのがこの家の決まりらしい。


 お二人が何を話しているのか判らないけれど、マリア様がルイ様とお話をされる時はいつも顔色が優れないのを私は感じていた。今も少し口論しているように見える……なんて不安な思いは的中して、マリア様はルイ様に頬を叩かれてしまっていた。


 こういう事はお二人の間でよくある事だと理解しています。

 家が決めた婚約は当人たちの意見で変えられるものでないのも重々承知しています。

 

 ルイ様は俯くマリア様を置いて行ってしまって、だけど私には何も出来ない。


 マリア様の白い肌を汚させてしまう事も、悲しい思いをさせてしまう事も、ただ見て見ぬふりをするしかない位に、私とマリア様の距離は遠い。


 *


 翌日もメイドのお仕事は変わらない。自分のベッドでゆっくり目を開けると、薄暗い部屋に誰かがいるのを感じた。


「……マリア様?」


 うっすらと開けた目にマリア様が映った気がした。目を開けて行ってマリア様がいるのを認識すると、その姿に私は一気に目が覚めた。

 

 夢だ。これはきっと夢だ。

 じゃないとおかしい。

 だって寝ている私を見下ろすようにしてマリア様が私のベッドにいるのだから。

 

 慌ててマリア様の前から退こうにも、布団が邪魔して上手く動けない。闇雲に動いても何も変わらず、ただシーツにシワを増やすだけで終わってしまった。

 

 少しだけマリア様が近付いた気がして私は反射的にじたばたと暴れる。


「あ、いけません……!! マリア様、お気を確かに……!」

 

 気を確かにしなければいけないのは私も同じだ。マリア様との距離が近くて、少し動いただけで触れてしまいそうだから。

 私は一度止まって深呼吸してからマリア様を見つめた。マリア様はぼんやりと私を見たまま動かない。そう、先程から動いていないのだ。


「……あ、の……どうされましたか……?」


 返事はなく、ただ小さい息が私に触れそうなのを感じた。

 微動だにせず、ただ熱い息を漏らして、熱い視線を私に送っている。薄暗い中でははっきりとした表情までは判らないけれども、視線が合っているはずなのに、なんだか別の何かを見ている様にも思えてしまう。


「あ……ま、マリアさ、え、熱っ、マリア様!?」


 マリア様が私に向かって倒れて来た。ついに襲われてしまうのかと、動揺したまま目を瞑った。だけど、マリア様から伝わる体温が熱くて、私は思い切り目を開けた。


「え!? 熱ありますよね!? ちょっと、だ、だれか……!! マリア様が大変です!! だれかーーーー!!」


 誰か起きていてほしいと思いながら、マリア様に乗られていて動けない私は、マリア様を助けるために大きな声で救援要請を上げたのであった。


 *


 その後すぐに他のメイドさんたちが助けに来てくれて、マリア様を部屋に運んでから専属のお医者様に診て頂きました。ただの風邪のようで、薬を飲んで安静にしていれば大丈夫との事でした。

 いつものお仕事は他のメイドさんたちがやる事になり、私はマリア様の看病を任されました。

 

 私のベッドとは比べ物にならない大きなベッドはマリア様を小さく見せてしまうような錯覚を覚える。実際マリア様は華奢で、だけれどもそれを感じさせない程に立派なお立ち振る舞いをしていらっしゃいます。

 いつもと正反対の弱々しい姿は滅多に見られない。苦しそうに呼吸をするその姿を私はベッド脇に座って見つめていた。

 

 もう朝食の時間は過ぎていて、部屋の中は太陽の光で眩しい。窓から差し込む木漏れ日がマリア様を宝石の様に照らしている。

 眩しかったのか、マリア様はゆっくりと目を開けて行って、不思議そうに天井を眺めた後、私がいる事に気付いた。


「エマ……? 起こしに来てくれたのですか?」

「あ、まだ寝ていてください。風邪だそうですよ」

「……そう、ですか」

「マリア様、最近お忙しかったですし、今はゆっくり休んでください」


 マリア様は顔だけ動かして私の姿を見た後、再び天井を見つめていた。熱もまだ下がっていないしお辛いのでしょう。


「食欲はありますか? 食べれるようでしたら、お運びいたします」

「エマ……」

「はい」

「わたくし、なんだかいけない夢をみていた気がするのです……。やってはいけない事をしてしまったような……」

「では、今度は楽しい夢が見られるように、私が魔法を使います!」


 どこか不安そうにしていたマリア様は、私の言葉を聞いて目を丸くしていた。そこは笑う所なのですが……。そんなに嬉しそうな顔をされるとは思っていなくて私は思わず視線を泳がせる。

 そんな私の様子を見て安心したのか、マリア様は再び眠りについた。今度は苦しさの無い、規則正し寝息が聞こえて私はマリア様を見つめ続ける。


「私は魔法が使えません。でも、マリア様の幸せを願う事はできます」


 布団から出ているマリア様の腕は簡単に折れてしまいそうな位に細くて、私はこの手を握る事すら出来ない。

 それでも、私はマリア様が幸せそうに笑う顔が大好きです。

 マリア様が幸せでいると私も幸せになれます。


「私は……どうしたら、あなたを幸せにできますか?」


 こんなにも近いのに、あなたに触れる勇気が私にはないのです。


 *


 マリア様の身体はお強く、翌日にはいつもの調子に戻っていた。

 いつものようにお城での事をこなしながら、婚約手続きや嫁ぎ先への荷物整理などをしているマリア様の姿を見守りながら過ごしていれば、日々はあっという間でした。

 

 明日はマリア様の18歳の誕生日。

 

 私にとっては世界で一番残酷な日。


 それでも日常は変わらない。私はマリア様がいなくなっても、このお城でメイドを続けるのだろう。それに意味を見出せるか解らなくなる程に明日が来るのが怖い。

 

 ほうきを握る手がいつもより強くなっているのが自分でも判った。

 誤魔化すように私はほうきを振り回すようにして廊下を掃く。


「エマ! ここにいたのですね!」

「マリア様!?」

 

 遠くから聞こえてきた足音で顔を上げると、マリア様が私に向かって走って来ているのが見えた。予想していなかった出来事に、私は慌てた後、ほうきを強く握ってマリア様が目の前に立った姿を見つめた。


「明日の朝にはここを離れてしまうので、最後に挨拶をしたくて探していたのですわ」


 マリア様の言葉で現実を突きつけられる。

 明日になればマリア様がいなくなる。その世界で私はどう生きればいいのだろう、と不安になって床に視線を落としてしまった。


「エマは強いですわ。だから立派になります。いつか素敵な殿方とも出会えますし、安心なさってくださいな」


 一直線に向けられる視線は純粋に私の幸せを願っているのだと感じられた。

 でも私の幸せは、あなたがいないと生まれないのです。


「マリア様……私、お別れしたくありません……ずっとマリア様にお仕えしていたいです……」

「エマ……」


 一直線に、だけど不安になりながら私は見つめ返す。マリア様の顔が少し不安な色を滲みだした。


「……気持ちはとても嬉しいですが、困ってしまいます。わたしくしは決められた通りの事しかできませんの……」


 困った顔ももう見られなくなるのだと思うと、私は胸が苦しくなる。ほうきを胸に抱えながら、マリア様の眉が下がったのを見つめ続ける。


「最後なのですから、困らせてしまってもいいでしょう……?」


 マリア様の眉は下がったまま、口端が少し上がった。

 そんな顔をさせたいわけではないのです。私はあなたの太陽のような笑顔が大好きなのです。

 

「ねえエマ、わたくしはあなたに出会えてよかったですわ。あなたと過ごした時間は多くはありませんでしたけど、あなたは日々強くなっていって、それがとても誇らしいですわ」


 一度目を伏せてからマリア様は言葉を紡ぐ。マリア様の顔が緩やかになって、満開に咲いた花のようなその笑顔も大好きだと、見惚れてしまった。

 

 でも私は不安なのです。

 その笑顔は今後もあり続けますか?

 マリア様の幸せは、この結婚の先にあるのですか?

 

 私はそれを感じられなくて、瞳が揺れてしまう。つられたように、マリア様の瞳も揺れた。

 マリア様が幸せでなくなるのなら、私は……。


「マリア様、私……秘密にしていた事があるんです」


 私は少し不安げに、だけど強気にそう告げた。その言葉に、マリア様は首を傾げる。純粋なその顔は子供のようにも思えてしまう位に無邪気だ。だから、そんな可愛らしい姿をもっと近くで見ていたい。


「きゃっ!? エマ!?」

 

 私はほうきを投げ捨てて、マリア様を腕に抱きかかえる。

 

 そのまま近くにある部屋の窓に歩いて行って、窓を開けてベランダに出る。窓から入った風で揺れるレースはまるで私たちを隠すように踊っていた。


「エマ!? ここは3階ですわ、危ないですから、降りましょう!?」

「マリア様、私は魔法が使えません」


 私の腕の中で暴れていたマリア様は、動きを止めて私を見上げた。その不思議そうな顔が愛おしくて、私はきっと満面の笑みを浮かべていただろう。


 ベランダの柵に乗って、勢いよく私は飛び降りた。

 

「きゃああああああああああ」

 

 マリア様は反射で目を瞑りながら叫んだ。

 それを聞きながら私は楽しそうに笑う。


「でも私、空を飛べるんですよ!」


 私の言葉で目を開けたマリア様は、映る景色に驚きながらまだ絶叫していた。

 

 お城が小さく見える位に高く飛んでいる私の背中には白い翼が生えている。

 

 魔法を使うように、私は飛びたい時にだけ翼を生やす事が出来る。小さい頃から出来ていたのだけど、何かに役に立つわけでもなくて使わないで過ごすことが多かった。


「え、エマ……あなたは一体……」

「私は、魔法が使えないただの魔女です」


 目を丸くして私を見つめる顔が綻んだ。私は、あなたのその顔が見たかったんです。

 

 高さを上げて、しっかりと抱えて飛んでいく。

 空中から見下ろす街並みはとても小さくて、世界はたくさんの街で出来ていることを改めて感じられた。

 どこへでも行けるくらいの広い世界。まだ行ったことのない街にだって飛んでいける。


「ねえマリア、どこに行こうか?」


 あなたのことも、私自身のことも、これからもっと知って行きたいんだ。


 太陽のような笑顔は、ずっと私の隣にあり続ける。

 

 END

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