彼方より

シンカー・ワン

はるかな友よ

 その彗星の記述は、もっとも古いもので紀元前二世紀ごろ。

 以来、およそ二百年の周期で夏に現れた記録が残されている。

 彗星の名はdefioデフィーオ

 だがデフィーオの名と存在を知る者は少ない。専門の学者や研究者、あるいはよほどの天体マニアくらいであろう。

 飛来する周期が長く光度も低いうえ軌道が地球から遠いことなどが、大衆に周知されていない主な理由だ。

 知られぬ彗星のデフィーオ。

 しかし、デフィーオが通過した後の小さな変化を知る者は、の彗星の名を知る者よりもっと少なかった。


 それは本当に小さな変化。

 地球に生きる人々のごく一部、老若男女人種に関係なく起きたささやかな意識改革。

 酒浸りの老人が突然断酒をする。

 街娼が夜の街に立つのを止める。

 偏食の子供が好き嫌いをしなくなる。

 チンピラがナイフを捨てて本を手にする等々……。

 小さな変化は一代で終わることが多かったが、何代かを隔て現れることも。

 それは決まってデフィーオがやって来る年。

 ささやかな変化は時を経ることで、やがて確かなうねりに。


 デフィーオが次に来るまでの間、人類はいくつかの大きな変革を経験していく。

 様々な発見があり、古くからの障害を乗り越えて、悪しき慣習を正す。

 発明は人類を発展させ、新しい時代の扉を次々と開いていった。

 善なることも、しきことも。

 人々が互いに傷つけあう時代が何度も訪れた。

 その度に前を向き進んで行く人々が現れ、また新しい時代のを築く。

 人類はやがて大地から離れ空の彼方、地球の外へと目を向けデフィーオが往く宇宙を目指すように。

 ツィオルコフスキーが、ゴダードが、フォン・ブラウンが、はるかはるかな高みとその先を目指した影で、名も知れぬ人々も同じように宇宙そらを、その彼方に思いをはせていた。

 人工衛星を上げ有人飛行を叶え月に到達しステーションで生活するまでに至ったが、求めているのはまだまだ遠く果てしない。

 宇宙に上がるまで、上がってからも多くの犠牲と悲劇を迎えたが、人々は諦めなかった。

 諦めて歩みを止めようとはしなかった。

 その先に、まだまだ先に。


 時が過ぎ人々が月に住むまでになったころ、夏の日にデフィーオがやって来る。

 だが、来たのはデフィーオだけではなかった。

 計算された軌道のうち、一番地球に近い距離でデフィーオは突然停止した。

 天文学的にあり得ない現象におののく人類に対し、デフィーオからメッセージが届く。

 世界各国の電波天文台に送られたメッセージ、各々おのおのの国の言語で届けられた言葉は、


『友よ、答えは出たかい?』


 何百年も何世紀も昔から、デフィーオに乗せて送られていた問いかけがあった。

 言葉として受け止められる者がいるのか?

 それすらもわからないまま、はるか彼方より送られていたのは、


『私たちはここに居る、君たちはどうする?』


 それを断片的なイメージとしてとらえたことで、自己革新を遂げた人たち。

 何世代にもわたりイメージをつなぎ合わせ、言葉へと再現させた彼女彼ら。

 はるか彼方の友人から問いを、やっと言葉にして返せる。

 その時は、今。

 先祖代々の宿題、子孫たちは自分たちの使える様々な方法でメッセンジャーに答えを伝える。


「もちろん、会いに行く!」


 返事は『待っている』だった。

 デフィーオは再び動き出し、地球から離れていった。


 人類に新しい宿題が生まれた。こちらからあちらへと出向く。

 わずかな言葉を交わし合うのに数千年。

 こちらがあちらに往くまでどれほどかかろうか?

 ――なに、大したことじゃない。

 何世紀かかろうが、だ。

 次のデフィーオが来た時、進捗を伝えればいい。

 その次のデフィーオで返事がもらえるだろう。

 繰り返しているうちに、きっといつか、向こうに行ける。

 会って直接話をしよう。

 その時の第一声は決まっている。


「待たせてゴメン」だ。


 待っていてくれ、はるかな星の友人たちよ。

 我々地球人類が、君たちの元へ赴くその日まで。

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