タピオカJK逃避行

八澤

タピオカJK逃避行


「なんか再来週に引っ越します」


 って上ずった声でや〜〜っと打ち明けたのに、相槌一つで適当に流しがやった。ま、突然伝えられてもなかなか信じられないよね。でもね事実なんです。ねぇねぇ信じてくださいな。死にも狂いでドキドキバクバクする心臓を押さえ込みながら勇気振り絞って伝えてんのに適当にフンフン唸り、ま〜た美味しいタピオカミルクティの店調べてやがる。私は流行に流されないわ〜って顔してる癖に飲んだらハマりやがって。カロリーやばいから太るよって忠告しても聞く耳もたずケータイのちっこい画面と睨めっこ。


 何度も何度も私がそろそろあんたの前から消えちゃうよ! って伝えても頑なに信じねぇ。仕方ないから無理やり私のうちに連れ込んだ。部屋の隅に積み重なるダンボールの箱を見てマジ? って間抜け面。何度も言っとるでしょーが。小さな私の部屋、ベッド以外はダンボールが山積み。私の愛するゆるキャラグッズがプチプチでグルグル巻でダンボールの中に詰められてる。


 ──どうして?

 お父さんが転勤するので家族皆でついてくのさ。

 

 ──いつ?

 だから再来週。

 

 ──転校するの?

 YES。

 

 ──どこに?

 まぁ国内だけど、ここから海を隔てた先ですね。


 洗いざらい喋ると、あんたは急におとなしくなった。しゅん、と部屋の中で縮こまる。私の部屋を我が物顔で蹂躙する普段の姿と全然違う。むっとしてる。怒ってる? 悲しんでる? それとも──駄目だね、わからん。縁のでかいカワイイメガネに瞳が隠れてる。


 高校からの付き合いだけどなぜか不思議と馬が合ったよね。お上品でお嬢様って感じのあんたと何故か意気投合した。毎日一緒に当たり前の日常を楽しく麗らかに過ごして、いつまでもこの退屈で平和な時間が続くと信じていたのに突然終了?


 マジ?


 あんたはしばらく呆けた顔で何か考えてたけどのっそり立ち上がり、部屋の隅で放置していた雑貨の山を漁る。私が途中で飽きた荷物整理をなぜかやり始めた。巨大なプチプチロールからプチプチを切り取っては雑貨を包み、ダンボールに放り込む。無言で。あ〜やっぱ怒ってる、のかな。ごめんね、でも仕方ないじゃん。親の都合ですもん。普通の女子高校生にどうにかできる話じゃないんだよ。


「怒ってる?」

 ……返事は無い。

「ほらほら、行きたがって今度完成予定の店のタピオカミルクティ奢るからさぁ〜、機嫌直そっ!」


 一ヶ月後開店と気づいた。つまりその頃私は新天地じゃん。あ、一緒に行けないね。そっか、もう普通に二人で行けないんだね。気軽に遊べないの困るなぁ。


「あ、じゃあ引っ越した後に私がこっち来るよ」


 ここに来るまでの交通費を見せつけられて怯える。お年玉二年分……。じゃあそっちが来てよ! ってお願いしたら飛行機無理とか言い始めるし……。船は? はぁ、酔う? 泳げ泳げ!


 やれやれこのまま離れ離れ?

 でもまぁケータイあるんだから、いつもみたいに毎日長電話だってできる。一緒に遊ぶのはこれから難しくなるかもだけどさ、夏休みや冬休みとかに予定合わせて、私がバイトして交通費貯めるからさ、それでまた、会おうぜ。


 なんて若干強がってみたものの、やっぱり寂しい、気がする。

 ──ホント? って自分に訊いた。だってなんかまだ心が追いつかない。私の隣からあんたの存在が消えて、それでやっと気づくのかな。胸にぽっかり空洞ができるような物悲しさ感じて、さ。でも……人間は環境が変わっても簡単に適応できちゃうんだ。だって一国の首相がコロコロ変わっても国は相変わらず維持できてるんだよ。友達が一人消えた程度で世界が、変わる──わけないよ。


「なんかもうさ、二人でどっか行く? 違う違う今週の服買う話じゃなくて、どこか遠くに──駆け落ち、みたいな。──どう?」


 あんたは鼻で笑った後、ボールみたいに膨らんだプチプチの塊を放り投げた。

 あんまり気にしてないのかな?

 それはそれで……寂しいなぁ、とか思っていた。

 けど不意に立ち上がり、もう家に帰る……と言い出して早足で逃げるように飛び出した。駅まで送った。普通のいつもの姿に戻っていた。でも、別れてからふとホームを見やると、メガネを外して顔をクシャクシャにしながら号泣しているあんたの姿が映った。


☆★☆★


 サングラス、マスク、オシャレ第一主義の人間が絶対着ないような野暮ったい体のラインを隠す服装、右手でクソでかいスーツケースを引っ張り、巨大なショルダーバッグはパンパンに膨らんでいた。ザ・駆け落ちスタイルに(これ駆け落ちスタイルか?)に面食らい、人違いですよさいなら〜と逃げようとしたけどスーツケースをガラガラ音鳴らしながら追いかけてきた。怖い怖い怖いっ!


 いつもの駅のホームに現れたあんたの変わり果てた姿に私はびびってチビりそうだ。

 鬼のような形相だ。サングラスからでも瞳が見える、血走っている。ずんずんずん! と近づいてマスクを下げて吠えた。


「そのマスク……か、風邪でも引いたの?」

「何よ、その格好は!? ありえない!!!」

「これはパーカーで」

「はぁ?」「この前買ってお気に入りなんです。もう寒くなってきたから……」「そういうことじゃなくてぇ! ──行くんじゃないの?」

「……どこに?」


 私が恐る恐る問うと、あんたの瞳から色が消えちゃった。代わりに失望色が油のように広がった。


「どこにって……どこかに」


 かすれた声。

 その悲痛な声色に、どばっと私の体から嫌な汗が溢れ出る。

 この現状を理解した私は、ふぅ……ふぅ……と二回深呼吸してから、口を開いた。


「その話なんだけど……実は、無くなり……まして」

「はぁ?」

「あ、あの……ホントにここまでしっかり準備してもらっちゃって、とってもとっっっても言いにくいんですけど、お父さんの転勤が無くなったの」

「え?」

「あ、正確にはお父さんの単身赴任になりました〜」


 あの日の夜、両親に転校は嫌だと申し出て、家族会議が勃発。

 お母さんもこの土地を離れるのは嫌だ、と言うことで無事お父さんのみ単身赴任となった。最後まで一人は寂しい……と抵抗したお父さんだったけど、月一の家族食事会を開くことでどうにか了承してくれた。


「引越しキャンセルじゃん? うちマンションだったから次の人が決まっていたら難しかったけど、なんか普通にキャンセルOKだった。まぁ電気とかガスとか色々戻すの大変だったけど……」

「冗談?」

「ホントホント! だからその駆け落ちは中止! またよろしくね!」


 その瞬間、あんたはベッタリとへたり込んだ。プルプル震え、そのまま倒れてしまった。


「だ、大丈夫?」と抱き起こすと怖い目で私を睨んでくる。

「大丈夫じゃない……」

「救急車呼ぶ?」

「そこまでじゃない」

「とりあえず、うち来る? ダンボールに詰めたグッズを元に戻すの手伝って欲しいんだ」


 あんたは私の胸の中で小さく頷いた。


☆★☆★


「はぁ、あの時の弱りきった儚い姿、タピオカ見るたびに思い出す」

「いい加減忘れなさいよ」

「徹夜で逃走経路や駆け落ち先を必死に調べたのに、それが全て無駄になってしまって……うぅ、今思い出しても胸が張り裂けそう」

「ケラケラ笑ってるじゃない」

「ごめんごめんって。でも今度は海外行きますって、私が言ったらどうする?」

「しばらく海外で過ごせる程度には蓄えあるから、追いかける」


 マスクを外し、ズォーっと音を鳴らしながらタピオカミルクティーを飲み干す。

 もうJKじゃないんだから、と諌めても飲みまくる。


 ──真面目で理屈っぽいあんたが、どうすれば私と離れ離れにならないか、それだけを考えて一晩過ごしたと思うと申し訳ないけど、その気持ちは愛おしい。



終わり

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