ウィッチ・イン・ザ・トウキョウ

白神天稀

ウィッチ・イン・ザ・トウキョウ

 その昔、イギリスのある地には魔女がいました。その魔女は何百年も生き、時折人里に降りては幼子のように蠱惑的で端麗なその顔で人々を誘惑し、弄んでは再び森へ姿を消していく謎多き存在でした。

 時が立ち魔女を信じる者がいなくなった現代で魔女は、自然の神秘と共に姿を隠すようになったのです。なのに、


「なのになんで、アタシが、こんな辺境にィ!」


 六百年を生きる美麗にして伝説の魔女こと、メアリー・スルーズ。その私はなぜか今この異境の地、東京のマンション暮らしを強いられている。神秘にして叡智の結晶たる、この大魔女が!

 苛立ちで歯ぎしりしていると、執事姿の弟子がアタシを諫めながら掃除機をかける。


「元居たブリテンの田舎の方がよっぽど辺境じゃないですか。それにココは東洋でも栄えてる大都市東京ですよ」


「関係あるかよルイス。第一魔女が都会暮らしなんて、住みづらいったらありゃしない」


「魔術書と術式紙の散らばってるお師匠の部屋も十分住みづらいですよ」


 便利な魔法を使おうとしても今時はスマホで撮られすぐにSNSにアップ、箒で飛ぼうものなら監視カメラやレーダーに見つかる。魔法を秘匿して生きてる魔女からしたら一般人は迷惑この上ない。

 魔女の生きづらいこの社会に中指を立ててやりたいわ。


魔女組合ウィッチ・ゲノッセンシャフトの連中は今頃笑ってんだろうね。邪魔者を追い出した上にこんな惨めな思いさせて」


「卑屈過ぎですってお師匠」


「あいつらはパンピーの男と駆け落ちだの、オスガキ拾って理想の旦那育成の逆光源氏だの、贅沢だってんのよ」


「風評被害ですお師匠」


 中学生ほどの見た目な癖してうちの弟子は一丁前の返しをしやがる。まあツッコミセンス磨かせたのはアタシだけど。

 そんなこんなで無駄話をしていたところ、突然家のチャイムが鳴った。


「ごめんくださーい」


「誰だい、こんな真昼間に」


「あ。きっと私がネットで頼んでた紅茶セットですね」


「なに現代社会に順応してんのさ」


「便利で良いのは魔法と同じですよ」


 魔女の弟子がこれとは泣けてくる。ルイスはご機嫌に玄関扉を開けて配達員の顔を拝む。


「はーい、お待たせしました」


「こちらお品物となっております」


 配達員がその言葉を言い終える間もなく、銃声と共にルイスの頭蓋が弾け飛んだ。爆ぜた脳漿は床に散らばり、ルイスの身体は力が抜けてその場に転がる。

 カーペットに血が滲んでいく様を眺めていると、配達員はルイスを撃ったリボルバーをこちらへ向けて来た。


「こちら、お二人の命をもってお受け取り下さい」


 出で立ち、無駄のない暗殺術からして表の人間でないことは一目瞭然だった。そうと察してアタシは男へ問いかける。


「あんた、どっからの司令だ?」


「生憎、異邦の魔女にお伝えすることは何も」


「そうかい。それじゃ、アタシの弟子がアンデッドなことも伝えなくていいね」


「あ?」


 アタシの言葉を理解してから間もなく、男の顔が驚嘆の表情へと変わった。次の瞬間には男の首はルイスの右手に掴まれる。先まで笑みを浮かべていた少年は対称に、目を全開に剥き出し怒りに震えていた。


「いってぇ、頭揺れてる、気持ち悪ぃ。どうしてくれんだボケ」


 ルイスの指は男の喉をアルミ缶の如く握り潰し、そこから噴き出す血潮を皮膚から直接吸収する。声も上げらず苦しむ男には見向きもせず、弟子は地面に転がった配達物へ目をやる。


「ああ、でも紅茶の葉は丁寧に届けてくれたみたいですね」


「カ、ヒュゥ……」


「ご苦労。死ね」


 ルイスの掌から男の全身を覆うほどの蒼炎が噴き出す。男だったものは干からびて黒い砂塵と化した。人であった痕跡は風によって無に還される。


「すいませんお師匠、つい汚い言葉遣いに」


「お前ほんっとアタシの好みとは程遠いよな」


「恋慕の情が皆無とはいえ辛辣ですね」


 こんな腹黒いガキより、アタシはバカ正直な大学生とかが良いね。

 なんてバカなことを考えるが、そんな軽口を言っている場合でもなくなってきた。


「それにしても血の量がかなり少なかったですね」


「たぶんそれは元から死体だったね。死後間もない状態で死霊魔術の類いに操られてた」


「ほほう、その心は?」


「来た時から既に死臭っぽい臭さだった。それとほんの少しの瘴気、東洋風の」


「なるほど、通りで」


 アタシの根城を暴き、鉄砲玉を用意できる奴なんてたかが知れている。この国の魔術師に相当する何者かが、アタシの命を狙いに来たということだ。


「まあいっか。とりあえず引っ越しだ。どこが良い?」


「日暮里とかどうでしょう? 私は良い街だと思いますよ」


「どこでも良い。どうせこの都からは出られないんだから」


 扉を閉め、部屋全体にかけた術式を起動する。空間を切り取り、別空間と入れ替える置換魔術の一種を部屋単位で行う。さっきまで錦糸町にあったアタシの自室は、弟子の要求通り日暮里とかいう街の部屋と入れ替わる。勿論、整合性を保つために賃貸契約諸々も魔術で補正する。


 これは私が魔女組合と交わした契約規則の一つ。この任務の完遂までアタシは特例を除き、東京から出ることができない。奴等がアタシにサボらせないために掛けた制約。ほんとうに迷惑な制限かけられたものよ。


「居所を突き止められたんだ。さっさと片付けに行くわよ」


「支度は済ませてあります。どうぞ師匠」


 道具一式詰めたトランクは弟子に持たせ、微かに残る瘴気を辿り家を飛び出す。

 お香の混じったような臭いの瘴気は辿りやすく、アタシ達は発生源である街の一角まですぐに到着した。


「この辺りだな」


「路地裏とは、これまた定番ですね」


「人の領域が増えて神秘が住処を失った結果、こういう狭間になり得る場所に魔が籠るようになった。魔と隣り合わせな現代こそある意味危険ってことよ」


 まだ夕方で人通りも軽くある。それでもこの路地だけ異様な空気が漂う。どこか重く、冷たく、明らかに道が暗過ぎる。この場所だけ真夜中が切って貼り付けられたようだった。


「空間が歪んで夜になってるね。ルイス、めんどいから高出力のやつで吹っ飛ばしちゃって~」


「御意」


 ルイスは喉の奥へ自身の手を押し込む。激しい嘔吐と共に彼は猫の頭蓋を模した鈍器を取り出した。鈍器は生物のように脈を打ち、赤黒い液体を流しながら巨大化していく。


「引きづり出せッ!」


 ルイスの言葉を合図に鈍器は断末魔のようなけたたましい叫びを上げ、空間そのものに噛り付く。光の消えた空間は裂かれ、広がり、悍ましい瘴気を発しながら人が入るだけの入口となる。


「ゲッホ、ボエ、これきっついんですよね」


「ちょっと見てて面白いからアタシは好き」


「お師匠は性格をドブに落としたようで」


 そんな冗談を言い合っている間に、異空間はアタシ達を暗闇の中へと飲み込んだ。幽暗の中で落下の感覚だけがあった数秒後、アタシ達は夥しい数の怪異に囲まれていることに気付いた。

 人体の一部だけのもの、物や動物と一体になっているもの。いずれにしても生々しい身体を持っていて気色が悪かった。


「東洋の怪異って気持ち悪いのしかいないのねぇ。魔獣の方がモフモフしてるだけまだ可愛げがあったわ」


「こいつらは私がやっておきますのでお先にどうぞ」


「じゃ、任せとく」


 アタシはそのまま落下の速度を上げて深層へ進み、ルイスは自身の肉体を複数の獣に変化させ周囲の有象無象を狩る。彼の爪は怪異の肉を剥ぎ、翼は残骸を撃ち落とし、牙を突出させた顎は弱った個体を次々と貫いては捨てる。獣の咆哮が響く中、血飛沫に似たなにかが降り注ぐ。


 そんな弟子の声も聴こえなくなった頃、ようやくまともな足場らしき場所が見えた。ふわりと足を下すと、そこは石畳で作られた山中の階段だった。夜のなかにひっそりと続く緩やかな階段道には、一定間隔毎に鳥居が立てられている。


「随分和風な空間ね。結界のセンスだけなら良いと思うわよ?」


「西洋の大魔女様に、人外のあんちゃん。一体どうなってんだよ」


 気が付けば先まで影一つ無かった目の前の鳥居上に、狩衣を纏った男が立っていた。まだ三十路ほどに見えるその男の顔は憤慨に満ちていた。


「観光ならいざ知らず、てめえら人の国で出しゃばったことされちゃ困るんだよ」


「あら、それはどうして?」


「俺ら陰陽師ってのはあんたら魔女と同じ、異形の術で魔を狩ることを生業にしてる。それを外人にまでされちゃあ商売の邪魔なんだよ」


「アタシはそんな金勘定で動いてないわよ。邪魔だから魔獣は消して、必要なら同じ魔女も屠る」


「そこだよ、お国が違えば価値観がちげえ。俺らはただ妖怪怪異を祓うだけじゃなく、一般人にもあれこれ手段考えて商売して、力貸してくれる神さんにも魔力献上なきゃなんねぇ。妖怪駆除はれっきとしたビジネスだ」


「生きづらいわね、この国」


「その代わり、こういうことが出来る」


 無数に白紙の付いた棒を、彼は横なぎに振った。瞬間、辺りの空気がじめっとした蒸し暑さを帯びる。周囲の森からは鈴虫の音が鳴り響き、目の前にはぽとっと黒光りの虫が一匹地に転がる。


「なんだっけこれ、カブトムシ?」


「ここは夏だ。夏の記憶だ」


「記憶……?」


「教えてやろうウィッチ。日本の夏はな、神の膝元で祭りを開く」


 もう一度、陰陽師が棒を振ると一転して周囲から一切の音が消えて不気味な静寂が訪れる。


「夏郷祭喚」


 刹那、鈴の音がどこからともなく響き渡った。重く鈍いドスンという音が、一歩、また一歩とこちらに近付いてくるのが聴こえる。

 魔女といえど、恐怖はある。触れてはならないもの、近付いてはならない魔に対する畏怖の感覚も当然存在している。なぜならその類いの魔は、魔獣よりも魔法の理に近しい存在だから。魔女としても全霊で戦に臨まなければ、呪い殺されるほどの強大な魔だからだ。


「随分と物騒な神様ね。神様ってより邪精霊に近くない?」


「災いや悪霊を神として祀り、鎮めるということもしばしばある。まあそこは宗教観の違いってとこだ」


「やっぱり日本ってそういうとこ狂ってて怖いわ」


 陰陽師は続けざまに怪異を喚び出しては使い魔の如くアタシへ差し向ける。同時に札を燃やして東洋の陰陽術とかいう魔術を仕掛けて来る。

 敵の空間では何が起きるか未知数、ゆえに魔力を温存し、最小限の消費で魔術を回す。襲い来る妖怪は単純な術式で露払いし、男が立つ鳥居を直接叩く。


「怪力かよクッソ!」


「人間と魔女は基礎能力から違うのよ」


 思考の隙を与えない。陰陽師に対しては常に初見の術を多く使用し、体勢を崩しにかかる。次の使い魔を用意させる間もなく火球迅雷を浴びせ、時に感覚へ影響を及ぼす魔術でペースを乱す。


「あとは素手でッ」


 純粋な拳に魔力を乗せて男の胴体へ何発も当てるも、アタシの拳は届かない。竜種すらも屠り去った攻撃が、陰陽師の術式によって弾かれる。やがて殴っているアタシの腕に魔術が流され、焼かれたような損傷を負う。

 このままでは劣勢と悟り、アタシは一度闇の中へ後退を強いられた。


「危ねぇ、術が壊れるかと思った」


「かなり優秀な結界術のようね。アタシの攻撃防ぐなんて大したものよ」


 身を潜めながら次の手を考えていると、男の方からアタシに問いかける。


「ここまでしてなぜこの国に固執する、なんで人の土地で勝手に家畜を屠る」


「魔力の根絶」


「は?」


「それがアタシら魔女組合の掲げる願いだから」


 ――これは、建前。でも目的としては本当。あの日にアタシがあの魔女達と交わした根絶の契約。


「メアリー、あんたにしか頼めない」


「なんでアタシなのさ」


 西に住む全ての魔女が集う魔女組合の茶会。最後に呼び出された際に組合の長から告げられた。


「ブリテンから魔獣を駆逐して数百年、私達も魔法から離れた生活をしてきて力のほとんどを失った」


「私らにはもう戦う術すらないのさ」


「小規模化したとはいえ、世界には魔物がまだまだいる。でも全盛期のアタシ並みにやつらに抵抗できる存在はロクに残ってやしない」


 何人の魔女たちが皆、アタシだけに語り掛ける。かつての美貌を失った魔女も、僅かに魔力を残す魔女も、もはや人の身と変わらぬ力へと落ちた者も。


「だけどあんたは違う。神秘性も失った今でさえ全盛期と変わらず、いやそれ以上の魔力を残している」


「衰えるどころか、あのルイスと名付けた幻獣種の多重混血ホムンクルスを一つの生命として生み出した。私らをもってしても高度な魔術をあれほど容易く」


「頼む、大魔女よ。我らの希望、メアリー・スルーズよ」


 彼女達は皆がアタシに懇願する。椅子に座しながらも、まるで跪くように。


「楽園を統べた原初の魔女、メアリー・スーの成れの果てよ」


 その名で呼ばれた。もうその名を冠する魔女でなくなった今の自分に。


メアリー・スー昔のアタシのこと言われたら、強く出れないじゃない。で、アタシが魔力を根絶したとして、何かアタシにメリットはないの?」


「その時は、世界に散らばる魔力を束ねて……」


 ――この世界にもう一つ存在した、あなたの暮らしたブリテンに帰してあげましょう。それが提示された魔女たちからの返礼だ。


 アタシはこの世界の存在じゃない。魔法も魔獣も存在するこの世界で生きるただの少女だった。けれどアタシの力が世界の魔力の許容量を超えてしまい、アタシは隣り合わせの世界へ放り込まれてしまった。

 大きすぎた魔力はアタシから溶けて去り、この世界で他の魔女や魔獣となって散らばってしまった。それゆえ、故郷の世界へ渡る事さえできなくなった……


「アタシはその契約に従って自分の願いを叶える。だからこうして面倒までして来てんのよ」


 かつて愛したその故郷へ帰る、それがアタシの悲願だ。


「それまた身勝手な話じゃねえかよおい」


「そんなものよ、魔女なんて」


「そうかよ。じゃあ身勝手のまま消えてくれ」


 問答の終わりと共に、腕にまだ損傷を負ったままのアタシが飛び出す。陰陽師は既に召喚した怪異達をぶつけながら、再び札を取り出してアタシを拘束する。妖怪の群れはアタシの肉に食らいつき、四肢から胴にかけてを啄んでいった。


「なるほど。あんた達の使う陰陽術っての、独特だけど随分長いこと練り上げられた魔術みたいね。関心したわ」


「ハッ、満身創痍で偉そうに云う」


「え? ああこれ、ごめんなさいね」


 はその場で爆ぜて怪異を消し去った。そして彼の見ている方とは見当違いの場所から、本物のアタシが声を掛ける。


「それ、幻術だから」


「なッ……!」


「あんたの顔見た瞬間にもう幻術かけて、アタシは全く違うとこにいたわ。様子見で分身使って攻撃はしてたけどね」


「会話の途中、目を離さずとも悟らせず魔術を使うか。噂通り、魔女ってのは規格外の恐ろしさだな」


「何百年も魔術やってますから」


 先まであった僅かな余裕も消え、男は見るからに焦燥感を抱いていた。


「にしても日本も昔は術師同士で呪い合いしてたって聞くけど、最近はやんないのかしら?」


 終始一貫して一辺倒、芸がない、要所要所が雑。対怪異以外は滅法素人のような男だったわ。陰陽術も熟練といえど型通り過ぎて、まるで実践らしさがない。


「こっちは魔女ともタイマン張る分、対人戦闘も慣れてんのよ」


「なるほど余裕からか。だがなぜこのタイミングで幻術を解いた? お前のダメージはともかく、俺にはあまり傷はついていないようだが」


「まあアタシがやんなくても、ソイツが連れてってくれるから」


「えっ?」


 彼が目線を変えるとその眼前に、それは立っていた。

 無数の鈴を垂らし、真っ黒に染まった布で全身を覆い、隙間から見える足は鳥のような指の細さと熊のような毛深さがある。生き物らしい声は一切発さずただそこに在る。夜風に揺れる鈴の音だけが鳴り響く。

 これ以上はアタシも見られなかった。見てはいけない、見たものに強制的な呪術的効力を発揮する系統の怪異だ。男の云っていた通り、長年の信仰で膨大な魔力と邪気を纏っている。

 あの強かった瘴気がどこから発せられていたかは言うまでもない。


「な、なんで、土地神様……」


「ほんっと不気味で怖かったわよソイツ。でも魔術伝手に『アタシの代わりにコイツ連れてっちゃって下さい~』ってやったらすぐターゲット変えてくれたわよ」


 自業自得。目の前の神に震える付け上がった陰陽師にそれを突き付けるべく、説教代わりの言葉を彼へとかけた。


「結局、制御なんて出来てないじゃない。ただギブアンドテイクでギリギリ契約関係にあったに過ぎない。だからこういう魔は滅する必要があんのよ」


「やっ、たすけ……」


「ごめんね、アタシは薄情だからさ。襲って来たやつを救おうなんてしないわ」


「い、いやだ、いっ……」


「安心しなさい、あんたごとソイツ抹消できる術式組んだから。怖い思い一瞬だけしたらちゃんと死ねるから」


 声さえ出せないまま男は怪異に抱き締められる。何度も見てきたであろうその末路を想像し、恐怖で全身を支配されていた。怪異は悦ぶように、苦しむように、けたたましく鈴を響かせ天を仰ぐ。

 次第に男と怪異は闇夜の中へ溶ける。アタシが仕掛けた術式によって怪異は自壊しながらも男を連れ逝く。数百年も溜まった魔力は崩れながら消費されて、やがては溜め息に等しい夜風となった。


「やっぱりこの国は嫌ねぇ。死霊や悪魔の比になんないもの沢山いるわ」


「お師匠、終わったんですね~」


 振り返ると血と泥で全身を汚したルイスが満面の笑みでアタシの方へ駆け寄ってきた。


「遅かったじゃないルイス。あんなのに手こずってたの?」


「いいえ、さっきまで警部と連絡してて」


「なんだっけ。あんた証拠隠滅のためにこの国の政府関係とも繋がったんだっけ?」


「はい。だいたいの国には魔女組合の手が回ってますから。今回は死体も出たので一応報告ということで」


「もぉこんな任務さっさと終わらせて、早くあっちのブリテンに帰りたいわぁ」


「前々から思ってたんですがお師匠」


「ん?」


「本当に帰りたいんですか? こっちの世界に戻れなくても?」


「どういう意味よ」


 フフフっと笑い声を漏らしながらルイスは師匠に向かって小生意気に発言する。


「だってお師匠、この世界そんな嫌いじゃないでしょ」


「……はぁ?」


「魔女の皆さんは衰えたとおっしゃってましたが、それでも魔女です。まだ魔法は使える身なのに、お師匠は単身でこんな異国の地まで任務に来て」


「買い被りすぎ。単独行動が性に合ってるってだけよ」


「それに魔女って流行りものに極端に疎いから、スマホだのSNSだのまず知らないって人もいるって言うのにお師匠は全部知ってたり」


「まあ、一時とはいえ現代の街で生活するのに知識は必要でしょ」


「それに光源氏とか、日本好きな私でも知らない日本の古典まで知ってたり」


「……長く生きてたら耳にする情報も多くなるだけよ」


「もしかしてお師匠は故郷に帰りたいと思ってても、こっちの世界も好きになっちゃって帰りたくないから、口では嫌いだって言ってるのかなって」


 調子に乗った弟子はアタシの顔を覗き込んでニヤケ面を晒す。


「そういうの、自家撞着に陥るって言うらしいですよ」


「うっさいわねぇ。舌引っこ抜くわよ!?」


 怒鳴りつけてもルイスはけらけらと憎らしい表情で笑っていた。


「全く、こんなメランコリー美少女に無粋なことズケズケ言うなんて、ほんとデリカシーないわぁ」


「メランコリー? 美少女? 寝ぼけてますか」


「脳髄抉り出すぞホムンクルス」


「自分の母ちゃんをそういう目で見れる人間は、ホムンクルスとていないかと」


「母ちゃん言うな!」


 生意気ばかり吐く弟子のケツを思いっきり蹴り上げる。異空間は崩壊して、弟子の不甲斐ない叫び声がただの路地裏に木霊していた。

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