魔法陣

西順

魔法陣

 中学生と言うものはノートに魔法陣を描かずにはいられない生き物である。とかく授業中ともなれば、そのペンは乗りに乗りまくり、自分が想像する精緻な魔法陣をノート一面に描くものだ。


「やあ。君だね、僕を召喚したのは」


 なのでこれまでで一番の魔法陣をノートに刻み、「ふう」と一息吐いた所で、自分の描いた魔法陣から、小さな人型の生き物がニョキッと現れた時、山本くんは心臓が止まる思いをした。


「どうしたんだい? そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。僕を召喚したのは君だろう?」


 人型の生き物は山本くんを見上げて、そう話し掛けてきた。いやいや、これだけ精緻な魔法陣を描いた為に疲れているのだ。と山本くんはパタンと一度ノートを閉じた。そして深呼吸して落ち着いてから、もう一度件のページを開いてみれば、そこにはまだ人型の生き物がいるではないか。


「酷いな。君が召喚したんだ。君の願いを叶えるまで、僕は自分の世界に戻れないんだよ」


 どうやら夢ではなかったようだ。と何かを諦めた山本くんは、


「誰?」


 とやっと一言口に出す事が出来た。それに満足したのか、人型の生き物は仰々しくお辞儀をすると、自己紹介を始めた。


「僕の名前はリリパット。君の小さなお願いを叶える為に召喚された妖精。だと思ってくれよ。それで君は?」


「…………俺の名前はダークリベリオン。ダーリベとでも呼んでくれ」


 二人の間に変な空気が流れた。山本くんからすれば、リリパットはガリバー旅行記に出てくる小人の国やそこに住む小人の総称だ。個体名称ではないそれを名乗るのだから、こちらも偽名を使って当然だった。


「それで、お願いを叶えてくれると言う事だけど?」


「ああ。でも小さなお願いに限るよ。世界征服とか、5000兆円欲しいとか言われても無理だから」


「じゃあ……」


 と何かを言い掛け、口を噤む山本くん。具体的なお願いを口にして、それが叶ってしまったら、このリリパットなる妖精は自分の世界なる場所に帰ってしまう。下手なお願いは口に出来ない。そう思い留まったのだ。


「じゃあ、どれくらいのお願いなら叶えてくれるの?」


「そうだねえ。お金だったら100円玉を拾うくらいかな」


「しょっぼ」


 叶えて貰えるお願いの残念さに、山本くんは思わず悪態を口にしていた。


「そう言われてもねえ。この大きさの魔法陣では、それくらいのお願いを叶えるので精一杯だよ」


「それって、もっと大きな魔法陣なら、もっと大きなお願いでも叶えられるって事?」


 山本くんの質問に鷹揚に首肯するリリパット。しかしなあ。と山本くんは黙考した。この魔法陣を描くのに、100円ボールペンのインクを殆ど使い切ってしまったのだ。それなのに、叶えられるお願いが100円となると、コスパはほぼトントンである。いや、魔法陣を描く労力の分、マイナスだと言っても良い。もっと大きな魔法陣となると、その労力は指数関数的に増大する。そして「指数関数的」と言う言葉を使ってみたかっただけだ。


「そうだなあ。リリパット、君と友誼を結ぶ事は出来るのかな?」


「100円で友達になれと? 僕も安く見積もられたものだ。友達になれば安く使えるとでも思ったのかい?」


「そんなつもりはなかったんだけど、プライドを傷付けたなら謝るよ」


 妖精と友達になれれば面白そう。との考えが無かった訳では無いが、山本くんが手を合わせて謝意を伝えれば、やはり仰々しくお辞儀してみせるリリパット。


「こう言う場合、SNSで繋がってから、DMのやり取りを始めるのが現代流だろう? 正式に友達となるのはそれからじゃないかな?」


 このリリパットの提案に、妖精ってSNSやるの? とか、もしかして俺よりコミュ力高い? とか、その流れで正式な友達になれるんだ。とか、色んな事が山本くんの頭を過った訳だが、山本くんはその全てを呑み込んで、


「じゃあ、DM送れるSNSを教えて貰える?」


 と尋ね、


「仕方ない。僕の連絡先で手を打とう」


 とリリパットはその小さな身体でボールペンを持ち上げると、ノートの端に見事なQRコードを描いてみせたのだ。


「それじゃあね」


 QRコードを描き終わったリリパットは、山本くんに手を振りながら、魔法陣の中へと帰っていった。


 なんだか狐に化かされたような気持ちになりながら、山本くんがQRコードをスマホで読み取ると、それは知らないSNSアプリであった。


 ここまで来たなら毒を喰らわば皿までだと、山本くんがそのSNSアプリをダウンロードして、ダークリベリオンと言う名前で登録してみれば、確かにリリパットからDMが届いた。


 そのDMは画像データで、山本くんが意を決して開いてみれば、それは魔法陣であった。成程。今度はこれで大きな魔法陣を描いて欲しいと受け取った山本くんが、さてどうしたものかと天井を見上げた所で、


「山本!」


 と数学教師に名指しされ、そう言えば授業中だったのだと、思い出した山本くんなのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法陣 西順 @nisijun624

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説