惚気話は摩訶不思議な空間で

手毬 猫

惚気話は摩訶不思議な空間で

 やあ、はじめまして。ここへは俺の惚気話を聞きに来たんだろう? そうじゃなきゃ、こんなところまでこないからな。物好きだな、俺には理解できないよ。まあ、わざわざ聞きに来てくれたのに突っ立って聞かせるのも悪いから、そこの椅子にでも腰掛けてくれ。珈琲と紅茶、どっちがいい? ……あ、先に言っておくけど、俺も恋人も男だから、苦手ならそこの扉から帰ってくれ。



 ……帰らないってことは、大丈夫って事だよな? 俺の惚気話は長いぞ。覚悟してくれ。








 そう言って彼は何処かへ足を進める。彼の進む方向には……俺達がいる空間には、俺が来た時はまだ何もなかったはずだ。彼がその存在を口にした途端、突然現れたように思う。いや、それよりも、まるで俺が指摘されるまで認識出来ていなかっただけかのように違和感無くそこに存在していた。

 ここへ来たのは偶然だった。弟が行方不明になって気が滅入っていたのだ。誰かの幸せな話でも聞いて心を癒したい……なんて事を思いながら家への帰路をとぼとぼと歩いていたら、いつのまにかここにいた。

 なので正直言って、今の状況があまり理解出来ていない。だがまぁ、疲れているのもあり、神様か何かすごい存在がすごいパワーでここに連れてきたんだろうと思った。

 そんな事を考えているうちに紅茶と珈琲を入れ終わったらしく、今俺が座っている椅子の前にある小さくてお洒落なテーブルに音を立てず置いた。

 まただ。また突然、物が現れた。いや、俺が可笑しいだけなのだろうか。自分に自信が持てなくなり、不安が思考を支配する。

 そんな俺のことなど気にもとめず、彼は紅茶に口をつける。そんな行動1つからも上品さが感じられ、まるで今はアフタヌーンティーの最中で、彼は紅茶を優雅に楽しむ英国紳士だったのではないかという錯覚さえ起こさせる。

 というか、さっき俺に珈琲と紅茶どっちがいいかを聞いていたのに俺が答える前に紅茶に口をつけている。別に俺はどちらでもいいので気にしないが、聞く必要あったのか? と少し思う。

 彼をじっと観察してみると、金髪と蒼い目がよく似合う彫りの深い顔立ちをしていて、人を形どった黄金比の美しい彫刻を彷彿とさせる。彼がもし高校生であったなら、学校中の女子の興味はほとんど彼に向いてしまうであろうとまで考えるほどの美形なのだ。圧倒的な美の前には嫉妬すら湧かない。それを体現した人物だと思った。






 じゃあ、初めてもいいか? 

 まず俺の恋人はすごく可愛い。本当に俺と同じ同性なのかってくらい愛らしい。烏の濡れ羽色をした髪に黒曜石のように輝く黒い瞳。顔立ちはみんなからするとそこまでらしいけど、ちょっと理解出来ない。本人も危機感が全然ないから俺が守ってやらないとな。

 次に、すごく優しい。気配りが上手で疲れてきてる奴にはちょっと意識して声をかけてる。お菓子作りが得意らしいんだけど、よく持ってきてくれるんだよ。甘すぎなくてちょうどいいんだ。……ああ、話が逸れたな。俺が疲れてたら毎回声をかけて心配してくれるんだ。それだけで俺の疲れなんて吹っ飛んでしまう。

 3つ目、笑顔が可愛い。俺の恋人は花が好きなんだが、花を贈ると毎回とても喜んでくれる。花は良い品質の物を選んでいるが、そんな花よりもよっぽど華やかで可愛らしい。……でも、あいつが1番好きな桜は花束にして贈れない。どうすればいいだろうか。枝を折るのはあいつが悲しむしなぁ……。

 4つ目、運動してる時は爽やかで可愛い。俺の恋人あいつ、運動も結構好きな方で、よくバスケとかサッカーとか水泳とかやってるんだよ。思いっきり動いて、楽しんでる時の目の動き、口の動き、表情、流れ落ちる汗、大きく動かされる腕や脚。そのどれもがすごく爽やかで魅力的だ。

 5つ目、美味しい物食べてる時の顔。美味しい食べてる時の笑顔最高。普段は白い肌なのにその時は頬を林檎みたいに紅潮させて、本当に幸せそうに食べるんだ。毎回ついつい奢っちゃう。そのせいで俺、チョコとかクッキーとか持ち歩くようになったんだよなぁ。いっぱい食べる君が好き、ってやつだな。…………餌付け? 人聞きの悪いこと言わないでくれ。



 幸せそうにニヤつきながら惚気けるその顔が、一瞬で獲物を見つけた肉食獣のような恐ろしい笑みへと変化する。



 …………6つ目。あいつの怯える顔が好き。ちょっと不穏なことをあいつの耳元で囁けば、あの瞳には俺だけが映る。怯えの色を浮かべて俺だけを見つめるあの姿、最っ高に唆るなぁ……。1回あいつの友人が俺に文句を言ってきたことがあるんだけど、そいつの腕を折ってみたら、俺の恋人あいつ、珍しく反抗してきてさぁ。ムカつくから俺の家に閉じ込めた。

 これであいつは俺だけの物。あいつも俺以外は見れなくなった。どっちも幸せでwin-winじゃない? 狂ってるって? そうだよ、狂ってるんだ。でも仕方ないよね、俺だって狂いたくて狂ってるわけじゃないんだよ。

 …………ねぇ、お客さんお義兄さん。行方不明の人物。……心当たり、ない? 




 今までずっと一方的に話して時々入れる相槌に答えるだけであったのに、突然俺に話を振ってきた。心当たり。その言葉に俺の脳が勝手に推測を弾き出す。まさか、それは……



「そう。行方不明になったアンタの弟……それが俺の恋人だ」



 嗚呼、最悪の予想の答え合わせがされてしまった。結果は満点、全問正解だ。



「で、なんで俺がアンタお義兄さんをここに呼んだか分かる? もう分かるよね? 俺達は幸せにやってんだから、邪魔すんなってこと。邪魔しないかぎりはお義兄さんアンタらに手は出さないから。それじゃ、永遠にさようなら!」



 背筋が凍りつくような笑顔を俺に向たのを視認したが最後、俺の視界は闇に包まれた。







「……ん? あれ? 俺、何してたっけ……」

 突然、ぼんやりとしていた意識が弾けるように覚醒した。今まで何をしていたんだっけ? そう思い周りを見渡すと、弟探しを依頼している探偵事務所から家までの帰り道の途中であった。どうしてぼんやりしていたのか、よく分からない。まあ、ぼんやりするってそういうものなのかもしれないけど。

 何か忘れているような気もするが、忘れるくらいなら大したことでもないのだろう。自分をそう納得させ、未だに行方不明の弟の身を案じながらもうぼんやりしないように家への帰路をしっかりと踏み出した。








「なあ、お義兄さんに挨拶してきたんだ。お前のこと探してたぜ、探偵まで雇ってた。でも安心しろよ、お義兄さんには余計な事しないでって釘刺してきたから」

 艶のある黒髪と黒曜石のような瞳が俺の顔を映し出す。ああ、やっとこれで2人きりだよ。……その怯えた目も最高だけど、たまにはあの笑顔も見たいな。

「そうだ! 庭に桜の木を植えよう。お前の好きな桜。そうしたら春になったらいつでも桜が見れる」

 我ながら名案だ! 花束に出来ないならそのまま贈ればいい。簡単な事なのにどうして思いつかなかったんだろう。

 まあ、何はともあれ一件落着。これでハッピーエンドだな! めでたしめでたし。
















 …………そこの人。気づかないとでも思ったのか? …………だーかーらー! 画面越しに眺めてるアンタだよ。……あれ?見えてるよね? …………うん、見えてるよな。俺が話そうとしてる内容を画面に打ち込んでるんだよ。あ、あと最初から気づいてたからな、俺は。最初っからお義兄さんだけじゃなくてアンタにも話しかけてんのに全然気づかねーから失敗したかと思って実は内心焦ってた。

 ……だから途中からお義兄さんにばっか話しかけてたんだよ。

 邪魔するなら容赦しないけど、まあアンタは邪魔できないしないだろ? だから許してやるよ。

 ……じゃあ、アンタとも永遠にさようなら。

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