煙草を吸ったことない人が書いた偽エッセイ

 はじめは何となくだった。夜のコンビニでオレンジ色ののライターが目に入ったからだった。もう20だし、試してみようと思った。オレンジ色のライターを手に取り、夜ご飯のふたつのおにぎりの間に挟んでレジに置いてみた。悪いことをしている気分だった。普段はホットスナックを買わないから、店員さんと会話するのは久しぶりだった。


「16番のたばこをください。」


番号は、適当だった。中学3年生の時の出席番号だった。

店員さんに言われてスマホケースから運転免許証を出した。学生証を出すのは恥ずかしかった。


「レジ袋はいらないです。」


「現金でお願いします。」


他に誰もいないコンビニだから小さい声で伝えた。


「ありがとうございました。」


店員さんに挨拶をして外に出た。夜なのに半袖でも構わない気温だった。空は青黒く澄んでいる。手にはおにぎりとライターとタバコがあった。おにぎりをズボンのポケットに押し込んだ。ライターは怖くて手に持っていた。家路につきながらタバコを見た。青いたばこだった。肺がんになるらしいことが大きく書いてあった。どうすればいいのか、わからなかった。


鉄でできた階段を上った。手すりは錆びてて触れない。家に着いた。物が多くて汚かった。ソファの代わりのベッドに座った。おにぎりを食べながらライターを眺めた。明日、換気扇をつけて一本試そうと思った。換気扇は引っ越してきてから一度使ったきりだった。


ライターを手に持った。ロックを外す。歯車を下に回転させた。火花とともに、火がともる。少しだけ万能感が湧き上がってきた。どんな猛獣にも勝てる気がした。「火」を手中に収めた征服感はたまらなかった。ボタンを離すとそれは消えた。現実に戻された。1秒ほど、物が「意味」ではなく「形」として見えた。それは徐々に「意味」を帯びていき、普段の部屋が完成した。ライターへの興味は急速に失せた。それをベッドの隣の小さい机に置いて、YouTubeを見るために寝転がった。


久しくお風呂は入っていない。しかしシャワーは外でへばりついた湿気と汚れをしっかりと落としてくれた。寝る前にと思って、たばこをもう一度見た。パッケージの注意書きが不安をあおっていた。目につかないようなところに放り投げ、ベッドに横になった。ライターの火を思って眠った。その夜はいつもよりよく眠れた気がした。


朝は何も食べない。今は夏の土曜日、朝9時だ。換気扇をつけてみた。モーターの音が部屋中に響いていた。昨日買ったたばこを出してみた。紙の中に乾燥した葉が入っている。茶色側を咥えることを小さいころから知っていた。左手にタバコを、右手にライターを持つ。ライターに火をつけるのはもう慣れた。タバコの白い紙が徐々に焦げていき、葉とともに赤く灯った。

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箸にも棒にもかからない話 ハローハッピーワールド @user874there

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