メンヘラ系アイドル じしょうりすか!!

両目洞窟人間

メンヘラ系アイドル じしょうりすか

2018年に書いた前書き。


あまり書いたものに対してこうは言いたくないけども、いい出来のものではありません。

それでも載せようと思ったのは、これを書いたのが休職してすぐの頃で、そのころの精神状態が見事に出ているからと思ったからです。

なので、当時から何にも変えずに、なんのオチも付けずに、そのままにしました。

人様に見せるものじゃないけども、自分がいつでも振り返れるようにしておきたくて。

あの頃に比べたら少しはマシになった気がする。








メンヘラ系アイドルじしょうりすか




「はーい!ドレミファソラシド~(リスカ痕をなぞりながら)ためらい傷は恋の五線譜!生きてる実感いつも探してるちょっぴり不安定な女の子!好きなカミソリは貝印!じしょうりすかです!よろしくねー!」


じしょうりすかはアイドルだ。メンヘラ系地下アイドルだった。

「ありがとうー!また来てくれたんだねー!」

握手会では少ないファン相手に精一杯の笑顔を振りまく。

ファンはみな気がついている。りすかにとってそれが苦痛であることを。

握手の時、手首の先から何本ものためらい傷がメンヘラであることの確実性を高める。

「ありがとうー!りすかうれしい!」

笑顔を振りまく。楽しそうな声を作る。



「うぐっ。えぐっ。おええぁ」

リスカは洋式のトイレを抱えるようにして嘔吐しつづけていた。

ちりちりと蛍光灯の青白い光は点滅している。

壁にはちりばめられた青いタイル。

そして張り紙が一枚

”いつもきれいにしようしてくださりありがとうございます”

「うおおおええええ!」

りすかは嘔吐する。

プレッシャーに負けて。

緊張感に押しつぶされて。

自律神経がいかれる音がする。

りすかは嘔吐する。

人前に立つ仕事をするべきではないのだ。

何の因果かこの仕事をしている。

顔立ちがよかったりすかには幾人かのファンもできた。

でもそもそもむいてなかった。

メンヘラアイドルなんて、楽しそうに事務所の人は決めた。

けどもメンヘラだからと言ってそれから何かにつながるわけでもない。

もうメンヘラなんてこの世界ではただのスタンダードだ。

だれしもがメンヘラの世界で、顔立ちがいい女が今更「メンヘラです」なんて言って誰が振り向く?

それに気がついているのもりすか本人だった。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

吐き終わる。酸の匂いを水で流す。

よろけながら洗面台に向かう。

鏡に映る自分の顔をりすかは見た。

メイクが落ちてどろどろ。

その一方で顔の色は極端に白くなっていた。

口の周りに吐瀉物がまだ点いている。

りすかは口をゆすいだ。

水をはいて、もう一度を鏡を見つめた。

生気の無い女性の顔。

笑顔を作る。

ぎこちない。

もう一度笑顔を作る。

ぎこちない。



「はーい!ドレミファソラシド~(リスカ痕をなぞりながら)ためらい傷は恋の五線譜!生きてる実感いつも探してるちょっぴり不安定な女の子!好きなカミソリは貝印!じしょうりすかです!よろしくねー!」


りすかは今日もステージに立つ。

笑顔を作って歌い踊る。

りすかはこの先が長くないことを知っている。

そんな不安に昨日は駆られた。

だから、ためらい傷がまた一本増えている。

手首をリストカットしたときだけりすかは本当の笑顔ができる。

でも、そんなときにしか本当の笑顔ができない自分がとことん出来損ないの人間であることを自覚して嫌になった。



じしょうりすかは心療内科に通っている。

「あ、はい。最近の調子ですか。・・・すこし、よくなった気がします、はい」

じしょうりすかは夏でも長袖を来ている。すべてはためらい傷を隠すため。

先生と話すとき、りすかは長袖の上からそのためらい傷を触る。

少しだけぼこっとしている。感触が指から伝わる。

ぼこぼこぼこ。指先に流れるリズムが心地よい。

「はい。多分、薬が効いてきているんだと思います」

白い診療室。机の上には卓上カレンダー。2017年は二週間に一度ここに来ている。

ピアノアレンジされたビートルズの曲が聞こえる。

ヒア・カムズ・サン。

自分の歌っている音楽は一生ピアノアレンジなんてされないんだろうなって思う。

そう思うと、絶望と誇らしさがない交ぜになった感情が起きた。

「はい。また二週間後に来ます。ありがとうございました」

りすかはお辞儀をして診察室を出た。


その後はいつも通り。病院の近くの薬局で薬を受け取って、近くのミスタードーナツに入った。

シュガードーナツとコーヒーを頼んで、隅の席を取る。

イヤホンをつけて音楽を流す。

りすかは二週間に一度この店に入る。

何もせずに一時間ここで過ごす。

何もしないけども、頭の中は不安で大変なことになっている。

店の外を流れるスーツを着た人や、テレビに出ているしっかりした人には私はなれないことをそっと悟る。

幸せは多様性だって言うけれど、結局のところ、まともな人間しか受け付けてくれない。

私のような人間はすっかりはみ出してしまった。

このまま戻れる気なんてしない。

無性に腹が立ってふとももを殴る。

そんなことをしても何も変わらない。

痛みだけが少し残って、その痛みも消えた。



じしょうりすかは夜眠れない。

飲んでいる薬のせいか、夜眠ることができない。

りすかは夜中までテレビを見ている。まともな社会人がやることではないが、まともじゃないから仕方ない。

ははは、ははは、ははは。

と笑ってみる。

ふいにむなしくなる。

笑ったところで何が起きるっていうんだ。

テレビに出ている人たちはもれなく私よりも幸せで。

テレビに出ている人たちはもれなく私よりもお金を持っていて。

テレビに出ている人たちはもれなく私よりも未来がある人たちだ。

りすかはそのことに気がついて笑えなくなる。

そしてテレビを消して横になる。

眠れはしないから睡眠のごっこ遊びをする。

りすかは眠れる人間のように振る舞う。

そうしているうちに薄い睡眠がりすかに訪れる。

薄い睡眠には夢がついてくる。

りすかの今日の夢は絞首台で順番待ちをしていた。

絞首台は食券制になっていて、750円だった。

りすかは絞首刑なんて嫌だなって思いつつも、その場の空気に飲まれてしまって買ってしまった。

250円のおつりと絞首刑と書かれた食券が一枚。

それをカウンターに提出して、気のいいおばちゃんはじゃあそこのミカン箱の上で待っていてと伝える。

りすかは伝えられたミカン箱に向かう。

古くぼろぼろのミカン箱とその上には首をくくるようにロープ。

同じようなミカン箱とロープのセットが横並びに延々と続いている。

そして何百人の人が横並びになって首をロープにかけて待っている。

りすかもその人たちと同じように首にロープをかけて待ってみた。

隣の人間は50代くらいのスーツを着た人間だった。

こんな時でも彼はスマートフォンでニュースを見ていた。

遠くからがこーんという音がする。

多分このミカン箱の下は開閉する構造になっている。

それが開く音がしているんだなって思う。

でも、その音はあまりに遠くて、私の番になるのはまだまだ遠く先だってことに気がつく。りすかは暇をつぶすものを持ってこなかったことを後悔した。

時々、店員の気のいいおばちゃんがそばを配膳している。

ここではそばも頼めるのか。

「すいません」と小声で言う。

はいなに?とおばちゃんは大きな声で。

「あの、そば食べたいんですが」

あーそれならね、食券買って貰わないと。

とおばちゃんが言うので、食券売り場を見たら長蛇の列ができていた。

そこに並ぶのはもうしんどいなって思って、首をロープにかけたまま待つことにした。


目が覚める。

まだ暗い。

反射的にテレビをつけて時間を確認する。

しかしめがねをかけていないので、ぼんやりしか画面が見えない。

めがねを探す。

めがねをかける。

くっきりとした視界に04:27という数字が飛び込んでくる。

2時間と少ししか眠れなかった。

りすかはそのままテレビを見続ける。

朝だというのにどのテレビ番組もうるさかった。

みんないかれてしまっている。

こんな風にみんなは生きれるんだ。と気がついて、泣きそうになった。

チャンネルを回していると天気予報だけをやっているテレビ局があった。

延々と流れ続ける天気予報に音楽が乗っているだけ。

それがたまらなく心地よくて、それを見続けた。

今日はどうやら雨らしいが、どうせ家を出ないりすかには関係のないことだった。



じしょうりすかは久しぶりに診療以外で外に出た。

今後のアイドル活動をどうするか?という話し合いのためだった。

メンヘラアイドルとして売り出したものの、あまりのメンヘラに事務所もそろそろをさじを投げたかったのだ。

会議は新宿のサイゼリヤで行われた。

マネージャーはどこかに移動する予定らしく、そのつなぎとしての指定場所だった。

「りすか、アイドルは続けるつもりか?」

わたしは。

そこまで言って言葉が出てこなくなった。

コップの中の氷の山ががとけて小さくなりころんと音を立てて崩れる。


わたしは、アイドルは続けたいです。でも、今のわたしにはやり通せる自信も体力もありません。わたしは、人様にはずかしくないようなものを本当はつくりたいんです。でも、いまのわたしにはそれはできないし、無理してやっても、それは、それは、失礼な気がする。


「それは、誰に?」


お客さんに。


りすかはその言葉をマネージャーの目を見ながらは言えなかった。

ずっと、机の上のメニューを見ていた。

メニューには「秋の新作!」と書いてあった。

季節が変わっていく。

わたしだけ何も変わることができていないと思った。



「当分、活動は休止にしましょう」

マネージャーはそう告げた。

もともと、たいした活動をしてないかったから、休止になろうが痛いことではない。

はい。とりすかは答えてサイゼリヤを出た。

新宿の道をとぼとぼと歩く。

でも、新宿はとぼとぼと歩くには人通りが多すぎた。


適当な公園に入って、適当なベンチに座って、ぼんやりとする。

今後、どうやって生きていこうか。

そんなことを考える。

でも、どうやって生きていくなんて考えたところで、わたしにはその実行力がないことも知っていた。

雨が降り始めた。

少しの間、ぬれてみた。

雨に濡れる自分を演出してみたかった。

でも、雨に濡れた自分はひどくみにくいもので、とたんに惨めな気持ちになったから、おんおんと声を出して泣き真似をした。

わたしの泣き真似は意外と様になっているなと思ったが、おんおんと声に出して泣き真似をしているうちに本当に涙があふれ出た。

雨はまだまだ降り続いている。

雨が弱いうちに、どこかへ逃げればよかったと思ったが、そんなどこかは思いつかなかった。

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