破滅

三鹿ショート

破滅

 妹は、優秀な人間だった。

 学業成績は他の追随を許さず、身体能力はその競技の専門である人間を敗北させるほどであり、他者を惹きつける容姿の持ち主だということを考えると、彼女ほど恵まれた人間は存在しないだろう。

 だが、彼女を慕う人間は皆無だった。

 その優秀さゆえに、彼女は他者を見下し、馬鹿にする言動を繰り返していたために、当然の結果といえるだろう。

 しかし、幾ら彼女に不満を持っていたとしても、人々がそれを本人に告げることはない。

 そのようなことをすれば、彼女からさらに馬鹿にされてしまうということを知っていたからだ。

 ゆえに、私は彼女の被害に遭った人々に対して、妹の代わりに謝罪していった。

 彼女とは異なり、私は他者と揉めるようなことをしたことはない。

 だからこそ、彼女の言動を理解することはできなかったが、それによって傷ついた人々に何の措置もしないことは避けたかったのである。

 妹の代わりに謝罪をする私に対して、人々はそのようなことをする必要は無いと、慌てた様子で首を横に振っていた。

 だが、兄として申し訳なかったために、私は頭を下げ続けたのである。

 そのような行為を繰り返していたためか、特に秀でた能力を有していないにも関わらず、私の周囲には多くの人間が集まるようになっていた。

 私が望んだわけではないものの、人々から自然に向けられる笑顔というものは、実に良いものだった。


***


 何時の頃からか、私を見下していたはずの彼女が、私に近付いてくるようになった。

 私に取り入ろうとするような言葉を吐いては、その豊かな双丘を私に押しつけてくる。

 また、薄着や下着姿で家の中をうろつくようになり、時には私が入浴しているにも関わらず、一糸まとわぬ格好で浴室に入ってくると、間違えたと頭を下げてその場を去ることもあった。

 一体、彼女は何を目的に動いているのだろうか。

 もしかすると、彼女は私を破滅させようとしているのではないのだろうか。

 自身は優れた人間であるにも関わらず、他者から尊重されることはない。

 一方で、私は有能な存在ではないが、人々からの人気を集めている。

 彼女にとって、そのことは面白い話では無かったため、私を誘惑し、妹である自分に手を出させることで、私の評判を地に墜とそうとしているのではないか。

 そう考えると、これまでとは態度が一変したことにも、納得することができる。

 しかし、本人に問うたところで、認めるわけがないだろう。

 ゆえに、私は彼女に対して何の興味も無いということを証明しなければならない。

 幸いにも、私には恋人が存在していたため、私は家族に恋人を紹介することにした。

 そして、彼女に聞こえるように、わざと大きな声を出しながら恋人と身体を重ねた。

 そのようなことを繰り返しているうちに、やがて彼女が私を誘惑するような言動をすることはなくなった。

 これで安心だと考えていたが、それは間違いだった。


***


 ある日、彼女が私に数葉の写真を手渡してきた。

 其処には、私の恋人がそれぞれ異なる男性と交接している様子が写っていた。

 私は、衝撃のあまりに気を失いそうになった。

 私に対する裏切り行為を許すことはできないが、一人だけではなく、複数人と関係を持っているなど、普段の恋人からは想像することもできない。

 写真を手に震えている私に、彼女は身体を密着させると、

「私ならば、このように裏切ることなく、あなただけを愛します。たとえ血が繋がっていようとも、突き詰めれば雄と雌なのですから、さしたる問題はありません」

 そのときの私は、冷静さを失っていた。

 股間を撫でる彼女を押し倒すと、その唇に己のそれを重ね、身体を弄っていく。

 何度果てたかは憶えていないが、彼女が何時の間にか気を失っていることを考えると、長い間その肉体を味わっていたのだろう。

 荒い呼吸を繰り返しながら、私は後悔に苛まれた。

 越えてはならぬ一線を越えてしまった私に、一体何が待ち受けているのだろうか。

 自業自得以外の何物でもなく、私は己の弱さを呪った。


***


 自棄になった私は、それから何度も彼女と身体を重ねた。

 正式に恋人と破局したわけではないため、私の行為もまた恋人に対する裏切りだが、これであいこである。

 妹に手を出した人間として私の評判を落とすような言動を彼女が開始すると思っていたが、人々の私に対する態度が変化することはなかった。

 思わず、彼女が私を陥れるための計画を練っていたのではないかと問うと、

「確かに、あなたの人望に対する劣等を感じ、それを消失させようと考えたこともありましたが、この快楽を覚えてしまっては、もはや他のことなどどうでも良くなったのです」

 彼女は顔を赤らめながら、私の頬に口づけをした。

 今の彼女ならば何でも答えるだろうと考え、私は恋人の写真について問うた。

 その問いに対して、彼女はばつが悪そうな表情を浮かべると、

「恋人が裏切っていると知れば、一線を越えるだろうと考えたのです。ゆえに、性質の悪い人間たちを用意し、彼らと関係を持たなければあなたの恋人が酷い目に遭うことになると告げたのです。それを聞くと、あなたの恋人は迷うことなく衣服を脱ぎ始めました。それほどまでに、あなたは愛されていたのでしょう。羨ましいことです」

 つまり、私の恋人は裏切っていたわけではなかったということになる。

 そのような事情が存在していたことに私が気付くはずもないが、私のために身を捧げた恋人を、私は裏切ってしまったのだ。

 私の中で、何かが崩れるような音が聞こえた。

 何もかもが、どうでも良くなってしまった。

 それからは、毎日のように、昼夜を問わず、彼女の嬌声が室内に響き続けるようになった。

 もはや私は、単なる雄として活動するのみだった。

 かつての私がどのような人間だったのかなど、考える必要も無い。

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破滅 三鹿ショート @mijikashort

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