第4話 北方の地ノヴゴロド
ー連邦暦2114年3月31日
ノヴゴロド基地の滑走路は、基地施設から離れたところに設置されていた。基地の敷地は創設時から計画的に使用されており、急に増設された施設で基地の動線に混乱を起こさないため、というのが一つの理由だった。
「つまり、基地の連中にとっては邪魔者でもある、ってことか」
「カヴチュール、露悪的な言い方はやめろ」
「いや、そんな厄介な部隊を歓迎できる基地司令への尊敬だよ」
「それは、そうだな。『信頼と礼儀』か、基地の兵士も司令に従っているのだろうな」
ちら、と警備に当たる歩兵部隊の兵士を見遣った。第1戦闘機大隊にあてがわれた離れの建屋には、歩兵小隊が一部隊駐屯する。彼らは気さくに話しかけてくれるし、礼儀もいい。大隊とは信頼関係を築けそうだ。
基地司令は口先だけではないらしい。
「ボラトビク中隊長の忠告通り、毛布の調達に出るつもりなんだが、誰かついてくるものはいるか?」
大隊長が、大隊の談話室の扉を開けるやいなや言った。
「談話室以外は寒いんだ」
「士官室にも暖房がないのですか?」
カヴチュールが冗談混じりに聞いた。
「ああ、手がかじかむからな。飛行軍手を付けて書類処理をしてるよ」
「思ったより事態は深刻そうですね。ご一緒します」
「助かる。他にいないか?」
談話室にたむろしていた大隊員は、こぞって手を挙げた。
自分たちの居住区画も寒いのだ。
「ということで、街へ出ることにしたんだが、来ないか?」
歩兵小隊の警備室ーーここには別に暖房がついているーーで兵士たちと話していた中隊長の残りの二人に声を掛けた。
「行きたいんだけど、私服がないんだよね」
ツォイ中隊長が答えた。禁欲的な彼女は、確かに私服姿を見たことがない。
もう一人、列車で毛布調達を具申したボラトビク中隊長は、ちゃっかり自分だけ毛布を調達していたようだった。
「レナート、こんな時だけ真面目を捨てるのはどうかと思う」
カヴチュールが私の後ろから非難した。
「俺が代わりにお喋りしてるから、罰としてお前が街に行ってこい」
「そもそも、カヴチュールも私服を持ってないから行かせられなかったんだが」
彼の場合は、禁欲的なファウジアと違って無頓着だからだ。
流石に、十数人もの兵士が軍服で街を闊歩するのは避けたかったので、私服の持ち合わせがない者は基地に置き去りになった。持ちかけたカリエファ大隊長、警備室を追い出されたレナート、それに私と何人かの大隊員が群れになって、ノヴゴロドの街へ出掛けた。
基地司令に許可を申請した時、彼は愉快そうに笑っていた。
>>
ノヴゴロドの
「中隊長ー、見つけましたよ!」
自分の部下の一人が呼んだ。
「そんな呼び方をしたら、私服で来た意味がないだろ」
「あっ、すみませーん」
大隊員の数に予備を加えて40枚もの毛布を売っているところはないだろうと思っていたが、やはり北方の地だからか、案外すぐに見つかってしまったようだ。
「カリエファさん、見つかったみたいですよ」
と、大隊長を呼ぶ。
「よかった。全部でいくらだ?」
「1枚120キュミスです」
店長を仰天させながら支払いを済ませると、兵士たちはそれぞれ毛布を担いで歩き始めた。これでは、道行く人に怪しまれることこの上なかったが、仕方ない。
「うおっ」ーードサァ。
前方で、大隊員の一人が担いでいた毛布を道にぶちまけた。誰かにぶつかったようだ。
自分の担いでいた荷物を降ろして駆け寄ると、折り重なった毛布がもぞもぞと動いている。どうやら、大量の毛布に埋もれてしまったらしい。すぐに雪崩となった毛布をどけると、閉じ込められていたのは、まだ若いルース族の青年だった。
「怪我は、」
「大丈夫です。ありません」
「不注意でぶつかってしまい、申し訳ありません」
平謝りしかない、と謝罪すると、彼女は笑って答えた。
「いえ! それより、皆さん何でこんなに毛布を抱えているのですか?」
私は、大隊長と目を合わせた。
試験部隊から実戦配備に移ったとはいえ、未だ秘匿部隊である第1戦闘機大隊。理由を話せば、ノヴゴロド基地に新たに配属された部隊であると、分かる人には分かってしまう。さらに、不穏な空気の漂うルース族独立運動。毛布を抱える軍人という可笑しな光景を、説明することはできなかった。
首を傾げた彼女の丸眼鏡が、コテンとずれた。
「子犬の保護を、しているんです。規模は小さいんですけど」
大隊長がそう答えた。勿論、方便だ。大隊員は、素知らぬ顔で笑いを抑えた。
「なるほど。実は私、「
(記者だったか……。)
存在しない活動を取材されることはできないので、やんわりと断ることにした。
「いえ、まだ始まったばかりなので」
「では、連絡先だけでも」
そう言って、彼女は事務所の住所、電話番号、氏名が書かれた紙を私に手渡した。
連絡先を押し付けて、記者はその場を去っていった。
>>
帰路の車の中は、もっと面白いことになった。2台の車の中で毛布まみれになって、基地に帰ってきた。
夕食後の自室で、手渡された連絡先を見返した。
ジーナ・ペレスネヴァ。
ルース族の名前だから、名が前に来る。
若く聡明そうな顔を思い返して、心地よい親近感を覚えた。ケフィアの中央士官学校で、年上の同期生の中、孤立していた自分と彼女を重ねた。優秀な若者と関わる機会が、あればいいなと思った。
(私は軍人で、秘匿部隊の中隊長だ。)
そう自戒して、紙切れを胸ポケットに戻した。
ー連邦暦2114年3月31日
18歳、新進気鋭の記者は、暗い事務所の自席で、昼下がりの出会いを思い出していた。出身のバラバラな、可笑しな集団。
(どこからどう見ても、軍人でしょうに。)
ちょっと、食いついてみたいと思った。
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