第3話 異動・ノヴゴロド基地

ー連邦暦2114年3月29日 連邦ウレスラル中央 タシュケント新市街ー


 演習が終わってから数週間後、連邦中央軍空軍本部、タシュケント基地に、第0試験戦闘機大隊の総員が招集された。革命後に建造された鉄筋コンクリートとガラスの巨大な建物が立ち並ぶタシュケント新市街の中心部。その中でも一際目を引く、ドッシリと構えた公務施設の一室に、私たちは急遽集められた。

 大隊長が、不思議そうに黙っている隊員たちの前に立った。


「突然で皆には申し訳ないが、政府の命令が下ったことを伝える。……第0試験戦闘機大隊は、『第1戦闘機大隊』として、西翼軍空軍支部、ノヴゴロド基地への異動となった」


 隊員たちは、困惑した表情を見せた。


「大隊長、なぜいきなり、ノヴロゴドなんです?」


 新設の実験部隊が突如、別管区の支部、国境付近に実戦配備されるのだから、戸惑うのも仕方がない。ルースでの不穏な動きは、まだ連邦中に知られているわけではない。

(ルースの独立運動にはイェンツェが絡んでいると、姉さんたちは確信しているんだ。)


「公式な命令書には、『当該管区における情勢の懸念を鑑みて』とある」


 西翼軍の管区はハザール海を中心とした、連邦領西方地域。その北部に位置するノヴロゴド市は、ルース族の中心都市にして、北地中海の対岸にイェンツェ=カルマール同盟を睨む軍事拠点でもある。


「『情勢の懸念』? 西翼軍管区にそんなものがあるのですか?」

「ああ、これは口に蓋をしておいてほしいのだが、ルース族の分離独立運動が始まっている。その背後にイェンツェがいる、とも考えられている」


 当然ながら、航空機は都市での暴動鎮圧には用いられない。未だその用法は確定していないとはいえ、対正規軍の兵種となると思われる。ノヴゴロド基地の対正規軍部隊の仮想敵とは、すなわち対岸のイェンツェ=カルマール同盟軍だ。


 つまり、第1戦闘機大隊の仮想敵は、同盟軍空軍。

「つまり、第1戦闘機大隊の仮想敵は、同盟軍空軍というわけだ」


「ルフィナ、お前話聞いてるのか?」

 カヴチュールが問うた。

「ん、どうした?」

「まったく、こいつは」

 まあ、そんなに重大なことを聞き漏らしたわけではないだろう。


 我が隊のノヴゴロド実戦配備、アラルサライ演習後の決定だろうが、ヨアン姉さんはもう、あの時にはこのつもりでいたんだ。

 本当に、一中隊長には重い話をしてくれる。


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ー連邦暦2114年3月30日 連邦ウレスラル西翼 ケフィア周辺ー


 ノヴゴロド基地への異動は、とても順調に進んだ。既に書類上の異動は完了しており、引き継ぐ部隊も存在しない。ノヴゴロド行きの軍用列車の露天貨車に<大鷹>ユルケン・スンクァル36機を載せ、最後尾に据え付けられた旧式の客車に大隊員を詰め込んで出発。

 大隊員の中には、この部隊に入る前にノヴゴロド基地配属だった者がおり、北方での基地暮らしを伝授してくれた。

「ノヴゴロドはな、雪が多いんだ。タシュケントに雪なんか降らない。暑いし、海から離れているからだ。あっちでは、冬になると地面も屋根も雪で真っ白。めちゃくちゃ寒いが、基地にはそこまで暖房がない。汽車が着いたら、まずは毛布を調達するのがいい」

 それを聞く私の両親はアルキカ族、ノヴゴロドよりもさらに北、北極圏に住む部族の出身だが、私自身はアルキカ族の地を訪れたことがない。私の故郷とは温暖なキンメリア海北岸の、青年クリルタイ本拠が置かれたソルクォナク市であり、中央士官学校が建てられたケフィア市だ。どちらも乾燥した暖かい土地にあり、雪どころか雨も降らず、一年中、蒼天が一片の欠けなく見えていた。


 列車はケフィア市を通過し、ハザール海に注ぐエドゥル河を越えるところだった。大地を悠々と流れる大河に架かる橋は鉄筋コンクリート製だ。革命前はここに橋などなく、鉄道路線の新設に伴って、連邦の公共事業で建設されたものだ。

 黒小麦の畑が、ずっと地平線の向こうまで広がっている。


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ー連邦暦2114年3月31日 連邦ウレスラル西翼 ノヴゴロド近郊ー


 私たちを載せた軍用列車は、ノヴゴロドに入る前に一般線路を外れ、軍用地に入っていった。3月末のノヴゴロドはまだ寒さが厳しく、遠くの山々はまだ白い雪を被っていた。空は見たことのない曇天で、あたりは薄暗い。

 仮想敵に対峙する前線、ノヴゴロド基地の規模はタシュケント基地やケフィア基地のそれよりも大きい。驚いたことにと言うべきか、今後の航空機配備を見込んで既に滑走路が整備されていた。

 私たちがつめつめの客車を出ると、基地司令が迎えてくれた。

「第1戦闘機大隊の皆さん、タシュケントからの長旅、ご苦労さまでした。ノヴゴロド基地は、連邦軍初の航空機部隊を迎える準備ができています」

「これは、丁寧な挨拶をありがとうございます。信頼できそうなお方で、よかった」

「いえ、生まれて間もない連邦軍においては、上下関係に関わらず、信頼と礼儀が必要だと思っています。私は、それを実践するのみです」

 まだ若く見える基地司令は、とても優秀な軍人であろうと推察できた。連邦軍の文化を創っていこうという気概も、若くして指揮官となる優秀な連邦軍人に見られる特長の一つであった。

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