事故坂道<ミカツシアさんの噂>

毒の徒華

事故坂道と「ミカツシアさん」のウワサ




「ホームルーム始めるぞ、席につけー」


 担任の先生は教卓に立ってぼくたちが席につくのを待っていた。ぼくたちは話すのをやめて、席に着く。

 ぼくは小学6年生。男の子。身長が他の子よりも高いことがコンプレックスに感じている。ぼくの身長は160cm。背の順ではいつも一番後ろ。

 ぼくが前の席にいると後ろの人が黒板が見えないから、席も1番後ろ。


「えー、また昨日、例の坂道の下で交通事故があったらしい。毎週のことだが、あの坂方面の家の人はあの坂を通らないようにするように」


 詳しいことは知らないけど、この町は日本で1番交通事故の多い町らしい。

 それは「事故坂道」のせいだという噂がある。

 毎月か、毎週か分からないけど、その坂の下で車に轢かれて死ぬ人が後を絶たない。ぼくの家までの帰り道にその坂はあって、KEEP OUTのテープが厳重に巻かれていて、バリケードまでつけられて、誰も入らないように対策が取られている。

 それでも、それをこえて入っちゃう人は沢山いるみたい。ホラースポットに認定されてて、面白がったユーチューバーの人とかが試しにきてライブ配信とかでその「事故坂道」を放送してる。

 ぼくもその動画を見た事あるけど、決まってその後事故で死んでいる――――というフェイク動画なんじゃないかと思うけど、実際にその「事故坂道」を通った人は動画の配信が止まって、


 お母さんも、お父さんも、それに先生も「事故坂道」を通らないように言ってくるけど、なんで通ったらいけないのかっていう理由は教えてくれない。

 ぼくの学校の生徒も何人かそこに行って交通事故に遭って死んでいるらしい。


 先生がまだ話をしている間に、ぼくはスマートフォンを机の下で先生に見つからないように「事故坂道」について調べてみた。


『■■■県●●●市▲▲▲町4丁目6-66にある、通称「事故坂道」。明治時代からある急な坂道で、道路整備もろくにされていない。整備された大通りを通ると遠回りになる為、ショートカットの道として使う者が多かったが、いつからか、決まってその事故坂道を使うと、文字通り交通事故が起こると言われている。無事に済んだ者も数えるほどいるが、全員重傷の怪我を負っている』


 今のバリケードが張られている新しい写真なども掲載されていた。

 それに加えてユーチューバーが撮ったと思われるライブ配信のアーカイブらしい動画のリンクがついていた。

 何気なしにぼくはその動画を再生してみると、ユーチューバーはハイテンションで喋っている様子が字幕でも分かった。2人組のユーチューバーのようだ。


「いえーい! ホラー紹介チャンネルのカイと――――」

「ユキヤでーす!」

「今日はこのいわくつきの坂、“事故坂道”に来てます!」

「ちょ、バリケードがバリバリなんですけど! バリケードだけに!」

「うーわ、さっむ! 真夏なのにさっむ!」


 そんなどうでもいいような内容の字幕が続いていく。先生の長い話も続いていく。早くホームルーム終わらないかなぁ……。視聴者のコメント欄も映ってるけど、こっちは文字が小さすぎて良く見えない。


「よいしょっと……確かに急な坂道ですね! 見てください!」


 ユーチューバーはバリケードを突破して「事故坂道」の急な勾配こうばいを手振れの激しい映像で映していた。もう少し安定して映せないのかな。画面酔いしちゃうんだけど。


「じゃあ、今日はここを全速力で駆け下りるっていう企画なんですけど!」

「それ、大丈夫? 放送事故レベルのつまらない内容なんだけど」

「こういう知らない人もいると思うので、この“事故坂道”について簡単に解説しますねー。なんと、この町は交通事故が全国で第1位の町なんです!」

「えー、そうなんだ」

「そして、その事故の多くがこの“事故坂道”の下で起こっていると言われています! つまり、この坂道を使って事故に遭うのは何かの呪い的な、都市伝説的なものが絡んでいると言われています!」

「的なって、そんなに曖昧な感じで大丈夫?」


 長いなぁ。

 ぼくは動画の総合時間を見る。動画の時間は5時間もあった。坂を駆け下りるだけの動画のはずなのに、なんでこんなに長いんだろう。

 だらだらという解説が多いので、ぼくは最後の方までシークバーを動かして結末だけ見ようと思った。

 シークバーを動かして最後を見ると、空を映している画面が映っていた。


 ――ん? 空の映像?


 少し戻してみる。

 やはり空の映像。雲の動き分くらいしか変化がない。視聴者のコメント欄は凄い速さでスライドしていってるみたいだけど、やっぱり机の下で見てる距離だとコメント欄のコメントは見えなかった。

 ぼくはトン……トン……とシークバーを動かしていく。半分以上がずっと空の映像だ。結構序盤まで戻して再生し始めると、また「的なって、そんな曖昧な感じで大丈夫?」のところまで戻ってきてしまった。


「で、話はここからなんですけど!」

「早く言えよ!」

「ここには“なんとかさん”っていう神様だか悪霊がいて、そいつが悪さしてるって話なんですよねー!」

「神様と悪霊って……正反対じゃん!」

「えーと……どこかに何か……あ、あったあった!」


 ぶれぶれの映像で、やしろのようなものが映る。石造りの雑な作りで、ところどころ補強がされているが、殆ど崩れかけている。その社に申し訳程度の供え物がしてあったが、それも結構前のもののようで、腐ってハエがたかっていた。まして、これを撮っている季節は夏。すぐに腐ってしまうのも仕方がない。


「くっさ! 供え物腐ってるじゃん! うわぁ! 虫!!!」

「これが“なんとかさん”? えーと……かすれてるけど“ミカツシア様”って書いてある」

「“ミカツシア”? なんだそれ、アナスタシア王家の分家の人?」

「そんなのがなんでこんなところにあるんだよ!」


 やっぱり序盤はどうでもいい雑談をしているだけだ。


「おにぎりあるんでね、新しいもの供えてみましょう!」


 コンビニで買ったと思われるおにぎりを、腐った供物の横に置いて2人はふざけて映像を撮っている。


「…………――――――」


 その後、2人のユーチューバーはバリケードの方を見ていた。そして、何か変な間があった。イヤフォンをしていないので、動画内で何がおきているのかはわからない。後付けの文字だけが頼りだ。

 その後、片方が降りる準備に入った。


「では、早速この坂を下ってみようと思います!」

「本当に大丈夫? こけて転がったらそのまま車道に転がり出ちゃうよ? これ、生放送なんだからスプラッタ映像映せないよ?」


 片方が不安に思ったのか、不安そうな表情をして会い方を見つめる。カメラを持ってるもう片方は全然気にする様子はなく、軽い準備運動をして身体をほぐしている。


「カメラアングルもばっちり、よっしゃ! 行くぞ!」


 急な勾配の下り坂を、カメラを持っている方は全速力で走りだしていた。

 かなりの速度で走っている様子が見えた。あの坂の長さは100m~150mくらいの長さだったはずだ。走り切るには15秒くらいだろう。


「え!? 何!? ちょっ……嘘だろ!!?」


 走っている方は後ろを振り返りながら焦っている。だが、カメラには本人の姿しか映っておらず、何を見て驚いているのか分からない。

 ハイテンションで終始笑顔でいた当人は、顔を真っ青にして、まるで何かから逃げるように取り乱しながら走っていた。

 そこで、ちらりと画面が大きくブレ、一瞬何か、得体の知れないものが映った。

 動画を1度止めて、が映っているところまで戻す。

 ぼくは、その得体の知れないものを見て、思わず声が「ヒュッ……」と出た。


 手だ。

 人間の手が、いっぱいついている。

 人間の手がいっぱいついている何かが一瞬映っていた。それが走っているユーチューバーを追いかけてるようだった。


「うわぁあああああっ!!!」


 恐怖に絶叫するユーチューバー。


 ガシャン!


 その音の字幕があった後、スマホが投げ出されたようで宙を舞い、落ちて空の映像になった。

 その後のユーチューバーの人はどうなったのか分からない。

 その後はぼくが見た空の映像が4時間以上続いていた。


「ということで、知らない人に声をかけられてもけしてついていかないように。それでは日直の人、号令お願いします」


 先生の話が終わったようなので、ぼくはそこでスマートフォンを閉じて、日直の号令に従って慌てて起立し、礼をして下校時間になる。

 先生の話は殆ど聞いていなかったけど、どうせ大した話はしてないはずだ。

 ぼくが帰ろうと立ち上がると、友達がぼくに話しかけてきた。


「なぁ、直樹なおき、今日さ、宝石ダイヤの家でゲームしねぇ?」


 宝石と書いて「ダイヤ」と読む。キラキラネームというやつだ。ぼくは平凡な名前だけど、クラスの3分の1くらいはキラキラネームで、少し羨ましい。

 家柄もキラキラしているようで、お金持ちのお家だ。


「うん、1回帰ってから行くよ。宝石ダイヤとは家近いからランドセル置いてそのまま行く」

「分かった! じゃあ宝石ダイヤの家で待ってるからな!」


 ぼくはあの坂を通ればもっと早く家に帰れるのになと思った。

 そのこともあって、ぼくは気になっていたのもあるし、事故坂道に行って見ようと思った。駆け下りなければ問題ないはずだ。どうせ帰り道だし、少し様子を見るだけ。

 学校から徒歩15分、走って7分くらい。ここから家まで普通なら10分。この「事故坂道」を降りれば5分短縮。

 ユーチューバーの言っていたとおりバリケードがバリバリだったけど、ぼくは小学生にしては大きい身体を使ってバリバリなバリケードをよじ登って飛び越えた。

 ここの道は両端に工場が建っていて、ここを意図して通らなければ通ることはない坂道だ。

 動画で見た社を見ると、その撮影されたときよりも更に崩れてしまっている様子が見えた。補強されている部分もボロボロだ。お供え物も完全に腐ってしまっていた。元のものが何か分からない程に。

 そして、この坂を下りたところには沢山お花が置かれているのが少しだけ見える。事故が絶えない場所だから、花とか、ジュースのお供え物が絶えない。

 ぼくは怖いもの見たさでこの坂を駆け下りたりしない。お父さんと、お母さんと、それからついでに先生の言う事をよく聞くいい子だから。

 でも、いくら足場のわるい坂だと言っても、日本で一番事故が多くなるほどの何かがあるようには見えない。


「ちょっと、あんた! 何やってるの!?」


 ぼくはビクリと身体をふるわせた。バリケードの向こうから、おばあさんの声が聞こえた。


「登ってくところが見えたから、慌てて追いかけて来たんだよ! さぁ! こっちへ戻っておいで! そこは危ないから!」

「あ……はい……」

「まったく、ここは危ないんだよ! お父さんとお母さんにここに入ったこと言うからね!」

「え……」


 それは困る。

 何度も、何十回も、何百回もこの事故坂道に来たらいけないと言い聞かされていた。それを条件にスマートフォンだって買ってもらった。

 だから、ここに立ち寄ったことがお父さんとお母さんにバレたらスマートフォンを取り上げられてしまうかも知れない。


 ――そうだ、顔を見られてないならこのままこの坂を下って逃げちゃえばいいんだ。そうすればぼくが誰かなんて分かるはずない


 そう思ってぼくは足場の悪い坂をゆっくり下り始めた。


「ちょっと! 早くこっちにおいで!」


 おばあさんは戻ってくるように言うが、ぼくはさっさと逃げてしまおうと思った。


「あたしもそっちに行くからね! 待ってなさい!」


 そう言うおばあさんの言葉の焦りで、ゆっくり降り始めたがぼくは小走りになっていた。小走りになってしまうと、勢いがついてスピードを落とすことができなくなっていた。

 気づけば、転ばないように全速力で走る羽目になってしまった。ぼくは小学生にしては身長が高いので、その分手足も長く、走るのも早い。

 その分、あっという間に事故坂道の出口が見えてくる。


 止まることができずに、ぼくはそのまま走って車道に出てしまった。


 ゴキャッ……


 嫌な音がして、ぼくの身体の骨があり得ない方向に折れた音が聞こえた。


 そのままぼくは死亡した。




 ***



【ユーチューバーの動画の続き】


 4時間近く空が映っていたが、顔面がガーゼと包帯だらけになっているカイがスマートフォンを拾い上げる映像が最後の最後で映っていた。


「あったあった。俺のスマホ。って……まだ配信中じゃん! 皆、俺は無事だよー! いっててて……」


 顔の傷が痛むのか、カイは表情を歪める。


「なんか、地元の病院の人に聞いたんだけどさ、“ミカツシアさん”って、逆から読むと“アシツカミさん”、つまり、足を掴むって書いて“足掴みさん”ってことらしい。あの坂で止まれなくなっちゃった人の足を掴んで車道に飛び出さないようにしてくれる神様? 的な? やつらしいんだよね。あの社はミカツシアさんの社らしい! おにぎり供えておいてよかったー! マジで!」


 カイは「はっはっは!」と豪快に笑う。


「ちょっと、カイ! スマホ見つかった訳!?」

「ユキヤ、まだ生放送中だぜ!」

「あんなひどい目に遭ったのに、懲りないやつだなぁ」

「でさ、今ミカツシアさんの話しをしたところなんだけど、ここの悪霊の話してないわけ。その悪霊の話はお前がしてくれね? あれはマジ怖かったから……」


 両者とも気の進まない様子で、ユキヤが渋々話し始めた。


「あぁ……カイが坂を降り始める前、なんか警察官らしき人に声かけられたんだよね。そこは立ち入り禁止ですよ! って。それで、そっちに行くから待ってなさいって言われて、で、俺たち慌てちゃって……カイが走り始めちゃったんだよね」

「そうそう。でも、ユキヤは上にいて、俺が坂の一番下で派手に転んだの見てさ……バリケード出て警察官に言おうとしたんだよ。怒られるの覚悟で助けてくださいって」

「うん……でも、バリケードから外に出ても、


 コメント欄が「怖い!」「何それ……」等の嵐で読めない程に流れて行った。


「俺たちにそう言ってたのは、ここの事故坂道の悪霊だって話だよ。人を焦らせてこの坂を下らせる。それで事故を起こさせていたんだ」

「ミカツシアさんはその悪霊対策として、あそこに社を構えた神様なんだって話」

「もうちょっとビジュアルどうにかならないわけ? 手の塊とか怖すぎっしょ」

「俺は見えなかったけど?」

「俺には見えてたの! ユキヤもやってみろよ!」

「嫌だよ! 生放送も終わりにしよ。病院抜け出してスマホ探しに来てるのバレたら医者にまた怒られるって!」


 そこで、動画は終わった。




 ミカツシアさんの社はもうボロボロになっていた。


 あの社がなくなったら、どうなってしまうのだろう?




(終わり……?)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

事故坂道<ミカツシアさんの噂> 毒の徒華 @dokunoadabana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画