第4話 てんにゅうせい

 かいだんをのぼって、ふしぎな絵の中に入って、こんどはかいだんをおりる。そんなことをくりかえしていると、ボクたちのりょうによくにたばしょにたどり着きました。


「ここがてんにゅうせいとおれの兄上がいるりょうだ。……たぶん」


 エクレールがふあんそうなかおをしてそう言いました。


「とりあえず、エクレールのお兄さんをさがしませんか?」

「……そうだな、まずはそれからだな」


 ボクたちが今いるばしょはトイレのよこにある小さなトビラの前です。たしかボクたちのがくねんのりょうにもこんなトビラがあったはずです。そのことをエクレールにつたえると、


「ああ、おれもこんなとびらを見たきがする。おれたちのりょうと同じこうぞうなら、こっちがせいとの部屋のはずだ」


 エクレールの言ったほうこうを見ると、たしかにトビラがたくさんあり、トビラには名前っぽい字が書かれたプレートがかけられています。エクレールの言うとおり、こうぞうは同じなのでしょう。


「あ? なんだガキども何処から迷い込みやがった……ってお前エクレールか!?」


 とつぜん上から声がふってきました。かおをあげると、そこにはエクレールとそっくりな人が立っていました。エクレールと同じひまわりいろのかみとくろいろの目です。でも、目のいろはエクレールよりこの人のほうがくらくて、光が見えないようなきがします。この人は目がかくれていませんが、うしろがみが長くてうなじのところでひとつにまとめています。よこがみにはあざやかなあかいろの部分があってとてもきれいな人だと思いました。


「あ、兄上……」

「なんでこんなトコに……隣のはガールフレンドか? ませてるねぇ」


 エクレールのとなりにはボクいがいはだーれもいません。なのでもしかしたらボクのことを女の子だとかんちがいしているのかもしれないと思いひていをするために口をひらこうとすると、はじめて聞く声がとびこんできました。


「リア、その子は男の子よ。制服をちゃんと見なさい、エクレール君と同じデザインでしょ?」


 エクレールのお兄さんのからひょこっとかおを出したのは、長くてきれいなチョコレートいろのかみと夏のわかばを思わせるみどりの目をした女の人でした。かみにはお花のかざりをつけていて、ふんわりとしたふんいきの人です。


「ん? …………よく見ればそうだな。よく気づくなぁお前」

「気づかないアンタが可笑しいのよ」


 エクレールのお兄さんと女の人は少し口げんかをしてからこちらをくるりとむきました。ふんわりと広がるスカートがとてもよくにあっているかわいい人だと思いました。


「はじめまして、コイツがごめんなさい。私はクラージュ・エムロード。よろしくね? ほら、アンタも挨拶しなさい!」

「お前は俺の母親かよ! …………あー、俺様はフローリア・オニクス。もう分かってると思うがエクレールこいつの兄だ」


 フローリアさんはエクレールのあたまをぐしゃぐしゃとなでながらそう言いましたが、エクレールはその手をいやそうにふりはらいました。


「なでんなよ! かみがくずれる!」

「お前髪整えたりなんてしてねーだろ、大人しく年長者のされるがままにしとけ」


 それでも2人は仲がよさそうです。それを見てボクは兄さんのことを思い出してちょっぴりさびしくなりました。ですがまずボクのジコショウカイをしなければなりません。


「ボクはネージュ・アメティストです! エクレールの友だちです、フローリアさん、クラージュさん、よろしくお願いします!」

「あら、貴方があのアメティスト家の噂の天才息子だったの? 私の事は気楽にクラでいいよ、よろしくね!」

「えっと、クラさんですね! そういうあなたはしょくぶつまじゅつの名家、エムロード家のごれいじょうですよね? おうわさはかねがね聞いてますよ!」


 ボクはかしこいのでエムロード家のひとりむすめはどんなきゅうこん求婚? も受け入れないとお父様がぼやいていたのを知っています。


「私、噂になってるのね……どんな内容かしら……」

「どうせとんだじゃじゃ馬娘だとかそんなんだろ」

「むー、そんな事言わないでよ!」


 ほおをふくらましておこるクラさんもかわいらしいと思いました。


「兄上、美しいレディにその言い草はどうなんだ」

「事実だろ。クラは蝶のようなレディじゃねえよ。……あとネージュちゃん、俺の事はリアでいい。フローリアは可愛らしくて好かん」

「分かりました! リアさん!」


 クラさんとリアさん、覚えました! 


「で、なんでここに? どうせ俺にただ会いに来たわけじゃないんだろ?」

「あ、うん」

「即答されるのもそれはそれで悲しいんだが」

「ボクたち、リアさんがエクレールに言ったっていうてんにゅうせいを見に来たんです」

目のいろ得意魔術はなにいろなんだろうなーって気になって」

「あー……。転入生ね、目の色は……灰色だったのよ。灰色の目、初めて見たわ。」

ファミリーネーム苗字がない上目の色が灰色だとは流石の俺様も予想出来なかったぜ……」


「は、はいいろ? じつざいしたのか?」

「………………え?」


 せかいがいっしゅん、止まったような気がしました。はいいろの目。ボクの、兄さんと同じいろ。


「ほら、談話室にいるあそこの黒髪の彼よ。信じられないなら実際に見てみたら?」


 なにか言う前に、気づいたら走りだしていた。


「あ、ネージュ! まてよおれも行くから!」


 しんぞうの音が耳のそばでなりひびいている。兄さんが、ほんとうに? まじゅつのさいのうがないらしい、兄さんが? ……兄さんがテンセイシャになったから? そんなかのうせいがあたまをめぐる。

 だんわしつとろうかをへだてるかべにかくれて、ぜんかいのとびらから中をのぞく。そこには、くろいかみにはいいろの目の、いつもどうりボクとはにてもにつかないかおだちをしている兄さんがいた。

 光をはんしゃしてオーロラいろにかがやくぎんのかみとピンクいろの目をしたとってもきれいな女の人となにかを話している。その兄さんのひょうじょうは、わらいかたは、ボクの兄さんとは全くちがう。兄さんはあんなわるそうなわらいかたはしない。いじわるそうな目はしない。あんなにくらいふんいきをまとっている人ではない。


「ネージュ、どうしてとつぜん走りだしたんだ?」


 ボクのしこう思考をきょうせいてきにせつだんしたのは、エクレールだった。

 ふいになみだが出てきた。ごしごしとぬぐっても止まらない。どうしたら止まるのだろう。


「お、おい泣くなよ! なにかあったのか? とりあえずおれたちの部屋にもどろう。そろそろ六の刻だし、兄上がおくってくれるから」

「いつの間に俺が送ることになったんだ? 別にいいけどよ」


 なみだが止まらなくて声が出ないからこくんとあたまをうごかして分かったことをひょうげんする。

 ボクの兄さんが、もう兄さんの体あそこにはひとかけらものこっていないとつきつけられて、少しどうようしてしまったのでしょう。でも、そうだからこそ、ボクは兄さんをもとのじょうたいにもどすとケツイしたのです。


「……そろそろ六の刻だ。じゃ、ネージュちゃん、愚弟エクレールをよろしく頼んだよ。エクレール、いつでも俺様の事を頼れよ。お前は俺様の弟なんだ。…………2人とも、またな」

「ネージュくん、辛くなったら誰かに相談するのよ。これからの学園生活、楽しんでね!」


 2人のそんな声が聞こえたと思うと、いつのまにかボクたちはボクたちの部屋にいました。


「皆さん、六の刻ですよ。今から食堂に移動しますので、ここに来た時のように私の後ろで2列になって着いてきてください」


 あのせんせいの声が聞こえてきました。とけいを見ると、ちょうど六の刻になったところでした。


「ネージュ、大丈夫か?」


 ボクをしんぱいするエクレールの声。


「はい、もう……だいじょうぶです」


 もうあんな兄さんは見たくないけれど、そうやってほうちしていれば兄さんはずっとあのままです。ボクはそんなのいやです。ボクの兄さんにかえってきてほしいのです。


「…………エクレール、しょくじがおわったら話したいことがあるのです。……いいですか?」

「………………あたりまえだろ、おまえはおれの……友だちなんだから」


 もう、ほんとうのほんとうにかくごはきまりました。もういちど、ボクの前の兄さんと話がしたい。もういちど、ボクにリボンを作ってほしい。

 たくさんの「兄さんとしたいこと」を思いうかべながら、兄さんに作ってもらったあかいリボンでかみをむすびなおし、せんせいの所へむかいました。


 ――――だから、帰ってきてね。兄さん。

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