放課後、わたしは自分の死体を見つけた。

首領・アリマジュタローネ

放課後、わたしは自分の死体を見つけた。


 帰り道にわたしは自分の死体を見つけた。

 とてもとてもびーっくりしちゃった!


 1.


 靴紐を結ぶのもヘタクソなくらいに不器用だったからかな。そのせいでママにすごく嫌われていた。

 テストの点が悪いからという理由で三日くらいご飯を作ってくれなかったし、学校にも行かせてもらえず、部屋から出してもらえないこともしょっちゅうだったし、どうしても外に出たいとお願いしたら頬をたくさん叩かれて寒い冬の夜に外に出されたこともあった。

 お金もスマホも持っていないし、友達もいなかったし、近所の人に助けを求めたらママが白い目で見られてすごく傷ついちゃうから、誰の迷惑にもならないように公園の遊具の下で泣きながら眠ったりしてた。

 雪が降っている中で眠っていたら、段ボールのおじちゃんが近づいてきて、自分も寒いだろうに、ブランケットをかけてくれた。ブランケットは変な臭いがしたけど、とても温かった。


 次の日になってママが見つけに来てくれたけど、段ボールのおじちゃんと一緒だったから寂しくなかったよ、なんて言うとママがすごく怒っちゃって、段ボールのおじちゃんを警察に突きつけた。

 誘拐したってことにしたんだって。

 段ボールのおじちゃんはただわたしに優しくしてくれただけだったのに、警察に捕まえられちゃった。

 泣きながらわたしは訴えたけど、大人たちは信じてくれなかった。

 これはあとから聞いた話だけど、段ボールのおじちゃんは獄中で他の受刑者にいじめられて、ジサツしちゃったんだって。

 きっと外の世界の方が幸せだったのに……。


 段ボールのおじちゃんを思って、わたしはたんぽぽの花をコップに入れて、遊具の近くに置いた。

 でも数日後見に行ったら、誰かに倒されていて、たんぽぽは踏まれてグチャグチャになっていた。

 持って帰ってきていたブランケットはママに捨てられた。


 ママはよくわたしと妹の結奈ゆなを比較した。

 結奈は双子の妹なのに、わたしと違ってなんでもできた。可愛くて、勉強ができて、人に愛された。

 わたしは可愛くなくて、勉強もできなくて、おっちょこちょいで、友達もいなかった。

 男の子たちはわたしを「臭い!」といじめた。

 そんなときに庇ってくれたのは結奈だけだった。

 結奈はこんなわたしにも優しかった。

 それがとても悔しかった。


 ある夜、パパとママが喧嘩していて、パパがお家から出ていくのが見えた。

 リビングで泣いているママを励まそうと近づいたら、テレビのリモコンを鼻にぶつけられた。

 鼻血が出て、とても痛かった。

 破れたフスマを眺めていたら、ママがわたしを見下ろしていた。


『アンタなんか産まなきゃよかった』


 わたしは泣きながら、二階にいる結奈に助けを求めた。

 結奈は化粧をしながら「おねえちゃんが悪いんじゃない?」とスマホをいじっていた。

 結奈はスマホを持っていたけど、わたしは持っていなかった。

 彼女がわたしに優しいのは周りに誰かがいるときだけ、とその時になってようやくわかった。


 わたしは家出しようと思った。

 パパの後を追いかけようと思った。


 2.


 パパはわたしたち姉妹に優しかった。

 ママにも優しかった。

 でもどんな女の人にも優しいから、パパは帰ってこない日がしょっちゅうあった。


 パパはモテた。仕事もできるし、おしゃべりも面白いし、身長も高いし、お金も持っていたから、どんな女の人もメロメロになっていた。

 ママと結婚を決めたのはわたしたちを妊娠したから、と聞かされた。

 本当はきっとママのことを好きじゃなくて、女の人が好きなだけだった。


 パパを追いかけるように少ないお小遣いを握りしめて、電車に乗り込んだけど、途中でパパの背中は見えなくなっていき、気がつけばわたしは夜の街をパジャマとサンダル姿で歩いていた。

 周りの大人たちは怪しんでいたと思う。


 警察官の目を避けながら、ネオン街を歩いていたら、おハゲのおじさんに声をかけられた。



『キミ可愛いね。家出少女? こっちにおいで。言うことを聞いてくれたら、お金をあげるよ』



 自分はまだ未成年だったので「捕まっちゃう」と断ると、おハゲのおじさんはわたしをホテルに引っ張っていった。

 服を脱がされて、たくさんカラダを触られた。

 写真もたくさん撮られた。

 わたしが泣いていると、おハゲのおじさんはお金をくれた。

 おハゲのおじさんはニヤニヤ笑いながら『このことを誰かに言ったら写真をネットにばら撒くからね? 言っちゃダメだよ』とわたしをベッドに押し倒した。

 そこからのことはあんまり思い出したくない。


 3.


『住む場所もないし、学校には行ってないんだね。まだ若いのに苦労しているね』


 腕にタトゥーの入った身体の大きな大人の男性が「お仕事を紹介する」って言ったからお店に行ったら、早速服を脱ぐように言われた。

 人前で服を脱ぐのもすっかり慣れてしまった。


 同年代の人たちと比べたら破格なくらいにお金はたくさん持っていたけれど、日々の生活にしか使わなかった。

 ネット喫茶だとインターネットも使える。

 結奈はママのところに帰ろうとは思わなかったし、きっと探してもいないだろうと思った。

 パパを探さなくなって半年近くが経過した。

 わたしは寂しさを埋めるためにマッチングアプリを始めた。

 そうやってたくさんの男性と知り合った。


 彼氏なんて出来たことなかったので、恋愛というものを知ってみたかった。

 誰かに愛して欲しかった。

 

 そうして出会ったのが「叩木 鮪(たたき まぐろ)さん(仮)」だった。

 ──彼は殺人鬼サツジンキだった。


 4.


『初めて女性を××したのは24歳の頃でね、相手は駅員さんだった。毎朝挨拶してくれるあの子を××したくて、夜の路地裏で暴行して、それから××した。お尻が小さくてキュートな女の子だったよ。別に××す必要はなかったと思うよ。でもね、抵抗する彼女を見ていたら段々腹が立ってきてね、感情的になって××してしまった。そうして気がついたんだ。私は女が好きだったのではなくて、女の“身体”だけが好きだったんだと。キュートなお尻を自分のモノにしたいだけで、どんな男にもケツを振るような下劣極まりない女の中身には興味はなかったのだと。だから××して、身体だけを手に入れたんだ。こうすることで中身を見なくて済むからね』



 叩木さんはそう言って、コーヒーを飲みながらわたしのお尻を撫でたり触ったりした。時にはつねられることもあったけど、声は出さなかった。

 彼は孤独なわたしによく身の上話をしてくれた。

 わたしのことを気に入り、心から信頼してくれていた。



『一度、自分の性別が嫌悪を覚えて、自身の生殖器を切り落とそうと思ったことがあるんだ。ハサミでチョキンとね。初めて女性を××したくらいの頃かな。罪悪もあったのかもしれない』


『え、痛くなかったんですか?』


『はち切れそうなくらいに痛かったよ。ほら、見てご覧。その時の“傷”さ。自分でもバカだったと思うよ』


『あはははは』


『……? なぜ、笑う』


『だって××された人はもっと痛くて苦しくて悲しかっただろうに、叩木さんは自分を大切にしようとするんだなぁって。すごーく自分勝手だなぁって』



 わたしがそう笑うと、叩木さんはわたしの顔を叩いた。髪を掴まれて、壁に叩きつけられた。

 大人の男性の力は強くて、とてもびっくりした。



『……死にたいようだね?』


『うん、死にたい。××して?』


『どうせ、処女というのも嘘なんだろう……。下劣極まりない穢らわしいクソメスどもめが。誰にでも股を開くような汚れきった生命体が、この世に存在しているというだけで腹が立つ。その醜い顔をグチャグチャに切り刻んでやる』



 叩木さんはポケットからナイフを取り出してきて、わたしの首元に構えた。

 わたしは笑っていた。

 こーんな人生どうだってよかった。



『最期に言い残すことはないか?』



 聞かれたので、わたしは少し考えて、血だらけになった口を開いた。歯が何本か折れてヒリヒリ痛んだ。

 怒りに歪んだ表情に笑みを浮かべながら、わたしは彼に告げた。



『ねぇ、殺人鬼サツジンキさん。アナタは女性を××すことで女性を自分のモノにしたいんだよね。自分に男性的魅力がないから、そうやって××することで自分の力を誇示しているんだよね。弱いオトコだね。未成年のわたしでもわかるのに、叩木さんは大人になってもそのことに気付けていないんだね。バカなんだね。なんのために生きているんだろうね、アナタもわたしも』



『つくづく君は最低な人間だ……。報いを受けろ』



『それはこっちの台詞。──逆だよ?』



 音が聞こえなくなってゆく…。

 視界が霞んでゆく…。

 暗闇に沈んでゆく…。

 最期に見えたのはママに抱きしめられるわたしの姿だった。


 さようなら、ママ。

 ありがとう、パパ。

 大好きだよ、結奈。


 産まれてこれて、本当に良かったよーー。





 ※ ※ ※


 学校からの帰り道、わたしは自分の死体を見つけた。

 え、え、なんで?

 ちょっとまって。

 わたしって幽体離脱とかできたっけ!?

 ど、どういうこと……?


 とてもとてもびーっくりして、五度見くらいしちゃった。

 びっくりして目ン玉が飛び出しちゃうくらいだった。

 わたしの死体は目ン玉飛び出してないけどね!


 周囲に誰もいなかったから、そそくさと近づいて、死体を確認したらやっぱりわたしだった。

 遺体じゃなくて、死体と表現したのはモノだと思ったからだよ。え、え、ウザい?

 わたしは死んでいた。

 しっかり死んでいた。



「……ああ、なんだ。お姉ちゃんか」



 スマホを触りながら、再び帰路に着く。

 周りには誰もいなかった。


 どうだっていい。

 だって、どーせ全部おねえちゃんが悪いんでしょ?


────────────────────


└→シリーズ完結作品【有害。】

https://kakuyomu.jp/works/16818093075775987344

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放課後、わたしは自分の死体を見つけた。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune

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