【7】八重咲さんの長くてフワフワな髪の毛、大好きなんです

 

 休日。

 今日は妹の蕣花しゅんかと一緒に、駅横のショッピングモールに来た。

 普段から外出を好まない私がなぜこんな冒険に出たのかというと、一言で説明すれば“キラキラ女子になるため”である。

 ショッピングモールには女の子のための可愛いお店がたくさんある。

 その“可愛い”をたくさん浴びて、私も“可愛い”に染まって、そしてあわよくば可愛くなってやろうという魂胆だ。


 しかし当然ひとりでは無理なので、頼れる妹、蕣花をお供にさせていただいたというわけだ。

 「バカじゃないの? 私お姉ちゃんみたいに暇じゃないんだけど」と言いながらもついてきてくれる蕣花への愛が止まらない。

 

「お姉ちゃんは嬉しいよ、愛してるよ蕣花」

「は? キモ」


 横を歩く蕣花が、横目で睨みつけるようにして言う。

 ふふふ、かわいいやつめ。


 ショッピングモールに着いて、私は妹の手をさりげなく握った。

 小さいころは、家族でお出かけをするたびにこうやって妹と手を繋いで歩いたものだ。

 すると蕣花は眉間にしわを寄せて私に目を向けてきた。


「え、この歳になってもコレするの?」

「当たり前じゃん、人混み怖いもん」

 

 私の返答に、蕣花はため息をついて「まあいいけど」と言って目を逸らした。

 

「今日は蕣花が行きたいところに行ってね、キラキラ女子を学ばせてもらうね」

「ただの中学生に向かって何言ってんの」

「蕣花は私の師匠なんだからね。私が今こんな風に可愛くなれたのも蕣花のおかげなんだからね」

「お、自分で可愛いって言ったな」


 ニヤリとしてからかうような視線を向けてくる。

 

「うぐっ、だ、だって、いっつも柚愛ちゃんが可愛いって言ってくれるから、つい勘違いしちゃって……」


 言い訳がましく口ごもる。

 すると蕣花は、繋いだ手にきゅっと力を入れた。


「勘違いではないでしょ、私もホントに可愛くなったって思ってるし」

「しゅ、蕣花ぁ……」


 あなたって妹はなんて良い子なの! お姉ちゃん泣いちゃう!


 そうして仲良く手を繋いでしばらく色々なお店を見て回った。 

 しかし私には視覚と聴覚から入る情報量が多すぎて、頭がぐわんぐわんして、次第に吐き気がしてきた。

 まだ私にはこの大量の情報を処理する余裕はないようだ。

 

「お姉ちゃん大丈夫? 人多いししんどいでしょ、少し休む?」


 私の顔を覗き込んで、蕣花が優しい声で聞いてくる。

 

「うん、そうする……無念なり……」

「なにそれ」


 近くのベンチに座って一息つく。

 目の前を通るたくさんの人を眺めているだけで目が回りそうになる。

 

「相変わらずだね、お姉ちゃん」

「面目ない……ごめんね」

「いいよ別に、こうなるのわかってたし。お姉ちゃんには私が――」


 そこで言葉を切ると、蕣花は口をつぐんでどこか宙の一点を見つめた。


「私には蕣花が? 何?」


 続きを催促すると、いまいち読み取りづらい表情をした後に、口をへの字に曲げた。


「ミスった。今のなし」

「え、あっ……え?」

「あーもう最悪、お姉ちゃんのせいで私も気分悪くなってきた」

「なんで!?」


 きまりが悪そうに顔を逸らす蕣花。

 そんな妹を気にしつつ、私は先ほどの蕣花の言葉の続きを考えた。

 『お姉ちゃんには私が』……ついてないとね。うーん、なんか普通すぎる気がする。

 『お姉ちゃんには私が』……いるんだからいつでも頼ってね♡。よし、これにしよう。

 蕣花が甘々な声音でそんなことを言うはずがないが、妄想の中だったら言ってくれるんですよ。ふふ、最高でしょ。

 

「なんかキモいこと考えてるでしょ、顔ニヤけてる」


 ふと蕣花の方を見ると、じとっとした目がこちらに向いていた。

 妹のセリフを勝手に妄想してたとか、口が裂けても言えませんよ。

 後ろめたさに口を閉ざし、目を泳がせる。

 蕣花が呆れたようにため息をつく。


「はあ、ほんとお姉ちゃんって……てかそろそろ帰る?」

「あ、うん、そうしよっか」


 と、その時、


「蕣花さーん、おーい蕣花さーん」


 一人の女の子が小走りでこちらに駆け寄ってきた。

 大きく手を振って、嬉しそうに笑顔を浮かべている。

 当の蕣花はその女の子に目を留めると、面倒くさそうな顔をして「うわ……」と小声を漏らした。

 

「偶然ですねー、蕣花さんもお買い物?」


 女の子に問われ、蕣花は私を一瞥した。


「いや、お姉ちゃんの保護者としてついてきただけ」


 うーん、ツッコみたいけどツッコめない。だってその通りだもん。

 女の子は一瞬ポカンとして、すぐに納得の表情になった。

 

「……あっ、蕣花さん妹さんがいたんですねー」

「いやだから、コレお姉ちゃん」


 蕣花が私を指差して言う。

 女の子がまたポカンとして固まってしまった。

 そりゃそうなりますよ。

 

 私はビクビクしながら、蕣花の体に身を隠していた。

 恐る恐る様子を伺っていると、ふと女の子のまとう雰囲気にどこか安心感のようなものを覚えていた。

 このふわふわで、まるでわたあめのような……。


 そんなことを考えていると、


「もう、アオちゃん急に走ったら危ないでしょ」


 私達の方へ、もうひとり女の子が歩み寄ってきた。

 ふわふわの髪の毛、たおやかな立ち居振る舞い、柔らかい声。

 その人が視界に入って、私の心は瞬時に浮き立った。


「や、八重咲さん……」


 蕣花に隠れる私に気がつくと、八重咲さんは顔をほころばせた。


「わー旭さん、こんにちは」

「こ、こんにちは」


 八重咲さんはニコニコして、控えめな動作で私に手を振ってくれた。

 蕣花が平然として、八重咲さんに向かって頭を下げた。


「はじめまして、茉莉の妹の蕣花といいます。姉がいつもお世話になっております」


 な、なんてできた妹なんだ!

 八重咲さんもニコリとして頭を下げる。


あおいの姉の蘭です。二人はお友達なの?」


 蕣花のお友達らしき女の子、葵ちゃんが振り返り、「そうですー」と言って八重咲さんと腕を絡めた。


「姉さま姉さま、これから蕣花さんと二人で遊んできてもよろしいですか?」

「いいけど、帰る時間になったら連絡するからちゃんとスマホ確認しておいてね」

「はーい、わかりましたー」


 葵ちゃんが蕣花の手を引っ張る。


「さ、蕣花さん一緒にショッピングもとい、おデートしましょ」

「えっ、葵ちょっと待って。お姉ちゃん一人で大丈夫?」


 蕣花が心配そうな顔をする。

 すると、八重咲さんが私のそばに来て、聖母の如き笑顔を蕣花に向けた。


「私が一緒にいるから二人で楽しんでおいで」

「あ、すみません、よろしくお願いします」


 そうして蕣花は半ば無理やりに連行されていった。

 八重咲さんの妹さん、見た目はふわふわで八重咲さんに似ているけど、性格はなんというか大胆な感じだったなあ。

 離れていく二人の背中を見やっていると、八重咲さんが私の隣に腰を下ろした。

 その瞬間、ふわりと甘い香りに満たされた。


「旭さん、妹さんいたんだね。まさか妹同士も友達だなんて思わなかったな」

「ね、すごい偶然だよね」


 八重咲さんが何事か考えるそぶりを見せ、私の目を見つめてきた。


「旭さんって、妹たちと同じ私立中学だったの?」

「あ、うん、そうだよ」

「そっか、じゃあ私もそうしておけば、もっと早く旭さんと友達になれてたのにねー、残念」


 そう言って、「ふふっ」と笑う八重咲さん。

 その微笑みに思わず見惚れてしまう。

 

「あ、でもそうなったらモモちゃんと別々になっちゃうかー、困ったな」

「山吹さんとはいつから仲良しなの?」


 私の質問に、八重咲さんは「うーん」と人差し指を顎に添えた。


「ほぼ生まれた時から」

「えっ、うまれ……えっ?」


 戸惑う私を見て、八重咲さんがクスリと笑う。


「家が隣同士でね、親同士も仲良しなの。もうずーっと一緒にいるんだ」

「そうなんだ……」

「うん、妹みたいに思ってるぐらいね」


 なるほど確かに、普段の二人のやり取りを思い出すと、どこか姉妹のような距離感というのはわかる気がする。

 私も柚愛ちゃんと小さい頃から仲良しだったら……なんて想像をしてみたが、あまりしっくりはこなかった。

 それはそれで良いのだろうけど、今だからこそ感じられている充実感というか、柚愛ちゃんに感じている新鮮な感情がなくなってしまうのはすごく寂しい気がするのだ。

 

「ねえねえ、旭さん」


 八重咲さんが横から私の顔を覗き込む。 

 そのたわやかな挙動の中に妖艶さを感じてしまい、思わず心臓が飛び跳ねた。

 私は無言で八重咲さんの目を見返した。

 すると八重咲さんはふわりと微笑んだ。


「私服姿もすごく可愛いね」


 その一言に、私はどうしようもなく狼狽えてしまった。

 柚愛ちゃんは毎日のように言ってくれるけど、八重咲さんにはこれまでそういうことを言われたことはなくて……。

 しかも『私服姿“も”』って言ったし……か、考えすぎ? 何コレなんか恥ずかしい。

 だんだんと顔も熱くなってくる。


「あっ……う、あ、ありがとう……」


 なんとか言葉をしぼり出す。

 八重咲さんが正面を向き、両手で自分の髪の毛に触れた。


「私もショートボブにしようかな。旭さんとお揃いで」

「ぜっ、絶対だめ!」


 八重咲さんの言葉を聞いて、私はかつてない程の瞬発力で即座に声を発していた。

 八重咲さんが驚きに目を丸くする。

 私はつい口走ってしまったことにあわあわと慌ててしまった。

 両手をブンブン振って必死に言葉を探す。


「あ、あのあの今のは、えっと……違くて……」

「えー、びっくりしちゃった。どうして駄目なの?」


 八重咲さんが笑顔で聞いてくる。

 私は深呼吸をして、思っていることを言うことにした。


「えっと、わ、私、八重咲さんの長くてフワフワな髪の毛、大好きなんです」


 すると八重咲さんはまた目を丸くして、口を手で覆った。

 しかしすぐに破顔し、クスクスと笑いを漏らした。


「えー、またびっくりしちゃった」

「さ、最初に見た時から、わたあめみたいにふわふわで綺麗だなあって思ってて……って、い、いきなりごめんね、こんなこと言って変だよね」


 八重咲さんがゆったりとした動きで首を横に振る。

 その動きに合わせて、髪の毛が踊るように揺れる。


「ううん、すごく嬉しいよ」


 そしてそのフワフワな髪の毛に指を絡ませて、スッと手櫛をするように毛先まで撫で下ろした。


「このくせっ毛あんまり好きじゃなかったんだけど……旭さんがそこまで言うなら、もう一生この髪のままでいようかな」


 その冗談とも本気とも取れない微笑みは、どういうわけか私の脳裏に焼きついて消えなかった。

 それからしばらく八重咲さんと色々なお話をして、八重咲さん達が帰る時間になったため妹たちと合流し、私たちはお互いに帰路についた。



 帰り道。

 私は疑問に思っていたことを口にした。


「ねえねえ蕣花。どうして八重咲さんが私のお友達だってすぐにわかったの?」

「いや、お姉ちゃんいっつも「柚愛ちゃんが〜八重咲さんが〜山吹さんが〜」って私に話してくるじゃん。八重咲なんて珍しい苗字そうそういないだろうし、葵のお姉さんだろうなーとは前々から予想してたから」


 無表情で説明する蕣花に、私は大袈裟に驚いてみせた。


「えっ、なんでそれ言ってくれなかったの、『私の友達にも八重咲さんって苗字の子がいる』って」

「別にいいじゃん、めんどくさい」

「えー蕣花冷たいよー」


 そう言ってさりげなく繋いだ妹の手は温かかった。


「えへへ、蕣花だーい好きだよー」


 蕣花は横目でちらりと私を見て、すぐに目を逸らした。


「うざ……言われなくても知ってるし」

「ツンデレさんめー」

「うっざ」


 

 

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百合な天然小悪魔ちゃんは友達のうちに入りますか? 小野あしか丸 @ashikamaru

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