第15話
ミラの線香あげに、森百合先生はこなかった。
クラスメイト全員ではお線香の量が足りないのでみんなで大事に、仲良しの子達がろうろくの火に緑の細い線を近づけて、火がついてじゅわりとしたところをちょっと待ってから振って余計な炎を飛ばし、きれいな火のついた一本を、すっと粉の中に挿していく。ちーん、と音を鳴らして鐘みたいなのを叩くと、みんなが手を合わせてミラに言いたいことや、何も考えないこと、をやる。
それが、いなくなった人への聖なる気持ち。せいじつさ、かもしれない。
ミラのおかあさんも黒いワンピースを着ていて
「森百合先生はどうしたの?」と聞きながらアイスをできるだけ用意して、おせんべいまで、持ってくる。
「しらない、行こう、って言ってたのに」
すずが言う。
すずとたおはミラの仲良しの相手だった。音二郎は線香に火をつけて、きれいな正座で、ミラのいない、ミラの場所とご先祖さまと相対していた。
音二郎は、いいやつだ。ミラにどこが好きなのか聞いてみたかった。
「先生は、いそがしいものね」
だれかお茶を飲む?五人くらい手を上げた。
ミラのおかあさんは急須を手にしてから、考え直して、冷蔵庫の麦茶をだした。
「麦茶でいい?」
みんな、うん、とうなずく。
コップは湯呑みが五個。
つめたい麦茶がそそがれた。
「どうぞ」
みんな静かに飲む。一人がありがとう、というと、周りも思い出したようにありがとう、ありがとうございます、という。
ミラのおかあさんは
「ありがとね、いまのつめたい麦茶をおぼえておいて。しんでしまうと、もう、こんな気持ちも味わえないのかもしれないから」
仏壇を見る。ミラの笑った顔の写真と、それがはいった写真立てを見る。
いつ泣いてもいい、でも、たくさん泣くと、ミラの思いがわからなくなりそう。
ミラのおかあさんは、そう思っていた。
白い、ふくろう、になって、ミラのおかあさんが心配でふくろうは梟の力を借りたのだ。
「わたしのちからはのう、使いすぎると、他人の心がわかった気になる。無論、ずっと白梟でいたいならべつじゃがのう、ふかろうよ、おぬし、人間でいたいか?」
もともとにんげんだ。
でも、にんげんとはなんだろう。
森百合先生のことが浮かんだ。
先生は、にんげんじゃないのかもしれない。
ここにこなかったから、とかじゃなくて。
ひとりで住んでるからとかじゃなくて、どこか、たいせつな勉強をしなかった大人。そんな気がする。
ふくろうの中で、森百合先生が、悪者になる。
「ミラのおかあさん」
ふくろうは、おばさんに問いかける。
「ミラは、天国にいるよ、宝物箱と一緒に」
ミラのおかあさんはぼんやりとしていた。
「たからものばこ……」
おばさんは、すこし、止まった。
クラスメイトがふしぎそうにそれぞれの顔をを見やる。
ふくろうは
「おじゃまします」と仏壇の間から隣のミラ達の寝室へ。そこの部屋のタンスの二段目。
「ここ、ミラの服が入ってるところでしょ」
「そう、だけど」
おばさんは、ゆっくりと立ち上がり、
ふくろうは知らなかったが、一段目はくつしたに下着が入っていたのでおばさんは開けないよう、ミラがかわいそうな思いをしないよう気をつけた。
「ここに?」
「ミラはしまってたんだよ」
二段目の引き出しはワンピースとズボンと、箱。キラキラとした、女の子が好きそうな、でも子供っぽい九才の女の子のたからものばこ。
おばさんが、さっととりだす。まわりをたしかめるようにしてなかなかあけない。まるで、さっきみんながじつはゆっくりあつい夏の中、つめたい麦茶をゆっくり味わったように。
やがて、開ける。
綺麗な宝石の形をしたにせものの石のついたヘアゴム。はぎれでつくられた、ブレスレット。森百合先生からの手紙は、ミラが最後の力で引き出しの奥へぐしゃぐしゃにおいやった。かがやいているものばかりじゃない。和風の小物も混じってる。綺麗にハートの形に折られた友達からのお手紙。
かかえこむようにして、おばさんが、たからばこを、部屋から持ち出し、縁側に近い、みんながいる仏間へ戻ってきて、仏壇へお供えする。
「あんなに小さかったのに、一人前に、宝物があったのね……」
おばさん、ミラのおかあさん、その、箱は、おばさんがミラに買ってあげたものだよ。
ミラのたからものは、かぞくとともだちだよ。
これだけは、ふくろうも、同じ気持ちだからミラもそうな気がした。
赤ちゃんのなみだ 明鏡止水 @miuraharuma30
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