第9話 自浄の感覚

 もちろん、今までに結婚に憧れがなかったわけでもない、実際に一目惚れをした女性がいて、その人は、今までで唯一と言ってもいいくらい、自分のことを好きになってくれた女性だった。

「結婚するなら、この人しかいないな」

 と思っていて、しかも相手から絶賛ともいうべきに信頼されていたように思えた。

 相手も、

「結婚はこの人としかしない」

 と思っていたかも知れない。

 だが、その二人の間に基本的な考えの隔たりがあった。

 彼としてみれば。結婚するしかいがまず前提にあって、結婚するとすればこの人だと思っていたのだ。

 彼女の方では違っていて、結婚と相手は同じ位置にあったのだ。松永が、結婚というものを漠然と考えている時、彼女は彼が自分だけしか見てくれていないと思い込んでいた。しかし、あくまでも彼は結婚というものにだけ集中して考えていたので、その瞬間、松永の瞼に別の女性が映るなどということは考えられないと彼女は思っていたのだ。

 確かに、彼はその時、彼女を中心に見ていたが、他をまったく考えていたわけではない。むしろ、他の女性との比較すらしていたほどだ。結婚を考えても相手はそのあとで考える場合、他の女性が視界に入るのは当然のことである。

 逆に好きな人が最終的に自分を選んでくれたと思う方が、嬉しさは倍増、結婚することの意義が分かるというものである。

 その時にチラッと自分以外の誰かを彼女は感じてしまったのだろう。その瞬間に、一気に気持ちが冷めてしまったようだ。

 それも無理もないことで、彼女とすれば、

「裏切られた」

 と感じたとしても、無理のないことに違いない。

 彼女の心変わりなど知る由もなく、すでに有頂天だった彼は、彼女からの別れに驚愕してしまう。

「どうしていきなり別れなんかが出てくるんだよ」

 というと彼女は、

「分からないの? あなたが悪いんじゃない」

 という。

「何が悪いというんだ?」

 と聞くと、

「何、言ってるのよ、私はあなたに裏切られたとしか思っていないわ。私の他に誰を見ているというのよ」

 と言われ、もちろん、謂れのない話にこちらも驚愕し、怒りがこみあげてくる。

「俺は君しか見ていない」

「何とでも言えるわ」

 と、ここまでくれば、交わることのない平行線を描いているのが目に見える。

 完全に修復は不可能、一体どう収束させればいいのか、ここからがクライマックスだった。

 というのは、実際の話ではなく、松永の小説の中での話、結婚に憧れていたはずなのに、小説にしようとしてみると、結局、すれ違いであり、交わることのない平行線を描いてしまい、一体どこで落着させればいいのか、小説の世界でも分からない。

「いや、小説だからこそ分からないんだ。なぜなら、男も女の自分の想像でしかないからだ。お互いに収束させることができるのであれば、文字数はまったくいらないことになるだろう。つまり、小説としての体裁を整えていない」

 ということになるからではないだろうか。

 それが、松永の小説家としての限界の一つではないのかと思えた。

 プロとしてのプライドがなくなってからは、少々のことは書けると思っていたが、逆に書けなくなったものもあるような気がするのだった。

 そもそも、

「売れる小説が書けるようになりたい」

 などという考えだったわけではないのだが、自分の中で、

「売れる小説」

 というものに対して、無意識に意識していたのではないかと思った。

 なるべく意識しないようにしていても、勝手に目の中に入ってくるというのも、今までに何度も経験していることではないか。

 それがいちいちなんであったのかなどということは、さすがに一つ一つ覚えているわけではない。

 意識しないようにして、却って意識してしまって、できなかったこと、一体何があっただろう? きっとこの年になるまであまりにもたくさんありすぎて分からないのではないかとも思ったが、実はフェイクも多く、実際にはそんなにたくさんはないのかも知れない。それこそ、希少価値だからこそ、思い出せないだけではないだろうか。

「ゆかりという女の子」

 彼女もそんな存在だったのかも知れない。

 彼女から、

「先生のファンだったんです」

 と言われた時に、ドキドキが止まらなかったのと同時に、

「この感覚、初めてではないんだよな」

 という思いがあったのだ。

 あまりにもたくさんあったので、それがその思い出だったのかを思い出そうとすると、ある程度のところまで思い出すことができるのだが、結局は思い出せない。

 ただ一つ自分の意識の中で、

「確か、自分の書いた小説の中で、一つだけ、好きな人を思って書いた話があった」

 ということは覚えていた。

 だが、その作品だったのか、正直、時期的にも覚えていないし、どのような内容だったのか、覚えていない。

 ただ一つ覚えているのは、温泉をイメージしたということだった。

 どこの温泉だったのか分からないが、一緒に行きたいと思った温泉に行き、そこで自殺を試みるというような話だったような気がする。

 自分がその女性と心中を考えたとは思えないのだが、行ったことのない温泉宿をイメージしようとすると、そこには、覚悟を決めた男女二人が、儀式の前に温泉で禊を行い、最後の晩餐として食事を摂っているというイメージが思い浮かんでくるのだった。

 その時の小説の最後に、お互いに心中をしたはずなのに、彼女が残した遺言が、

「私のお骨は、海にばらまいてね」

 というものだった。

 一緒に死ぬはずの相手に、なぜそのようなお願いをしたのか、彼女は松永が生き残るということを分かっていたのだろうか。そして、自分だけが死んでしまうことを望んで、そんなことを言ったのか。

 松永は、自分だけが生き残るというシナリオがあったのかも知れないが、それは最悪のシナリオであり、

「彼女のいないこの世に、未練なんかない」

 と思っていたのは事実だった。

 実際に机の中から自分の書いた遺書が見つかり、自殺を試みようとしたことは間違いないようだ。

 しかし、実際に心中したはずのその女性の姿は、心中を試みたと思われるその場所からは、一緒にいたという気配すらも一切ない状態で、行方を晦ましていたのだ。

 その時、松永は完全に記憶を失っていて、その前後はおろか、子供の頃の記憶もなくしていた。だから今ある記憶は、後から徐々に思い出してきたもので、

「これって、本当の記憶なのだろうか?」

 と感じてしまった。

 もちろん、記憶を失ったその瞬間の切り口から、自分の過去を想像すると、できないわけではなかった。表向きの事実は人に聞くことで意外と、違和感なく受け入れることができたので、本当に記憶がないのかと思うほどであった。

 そう思うのは、内面的な意識に、それほど変化がなかったからではないだろうか。もし意識に変化があれば、かなりの矛盾が残るはずだからである。

 だが、大きな矛盾はいくつか残ることになる。その思いが自分の中の二重人格性や、人と関わりたくないという意識があるのに、心中まで思い切ったという意識だった。

 だから、ゆかりと知り合った時、ゆかりに感じた思いから、

「今なら過去のことを思い出せるかも知れない」

 と感じた。

 しかし、実際には、いまさら思い出したくもないというのが本音でもあった。

 年齢的には五十歳を超えている。まだ若ければ、記憶を取り戻し、自分を取り戻せば、人生のやり直しもできるかも知れない。しかし、五十歳を超えてくると、先が見えてくるというのか、考えていることが、

「見えている先を見推してのこれからの人生」

 なのである。

 過去をいまさらほじくり返しても、教訓になるわけではない。どちらかというと、記憶を失ってからの自分が今の自分なのだ。記憶を失った時に自分が生まれたとでも思えばいいのか、いまさら辻褄を合わせてどうなるものでもない。

 そう思っていたところに、ゆかりと出会った。今までであれば、

「余計な出会いだ」

 と思ったかも知れない。

 人生を諦めかけていると言ってもよかったのにと思うのだが、ゆかりと出会ってから、自分が人生を諦めていたわけではないことに改めて気づいた。

 だからと言って、過去がどうのこうの、いまさら関係はないのだが、ゆかりとの出会いが新たな自分をどの方向に導いてくれるか、見てみたくなったのだ。

 今までの松永は、いつも他人事だったが、それは自分のことを客観的に見るという意味で、投げやりになっているわけではない。むしろ、主観で自分の人生を見つめてしまうと、すべてが自分中心になって、家族のため、自分とかかわりのある人のため、そして、そのまわりの人のため、などと自分からまわりを見ることになる。だが、松永のように、客観的に見ると、

「家族のため? そんな人はいない」

「自分にかかわりのある人? そんな人もいない」

 と冷静に見ることができて、結局自分のためだという結論に最後は至るのだ。だから、余計に自分を大切にできる。

「まさか、そんな自分だから、記憶をリセットできたのかな?」

 という実に都合のいい考えをしてみた。

「人生、思い出したくないことがたくさんあればあるほど、思い出してしまうもので、しかも、リセットができないから、それらを抱えて生きていくしかない」

 という結論に至るのだが、分かっているくせに、それを認めたくないという意識から、結局、

「人は一人では生きていけないんだ。人と関わって、うまくその中を切り抜けていくことで生きていくしかない」

 と考える。

 だが、松永は自分の人生をどこかでリセットできた。

「自浄できたのかも知れない」

 と思った。

 誰もが浄化したいと思っていることを抱えていて、それをすることができない。それはきっと、何をどのように浄化したいのかが分からないからできないのではないだろうか。「ひょっとすると、人間一度は自浄できる力を持っているのだが、それを使うために考えなければいけないことが思いつかずに、結局、浄化したいと思いながらも、できることに気づかずに、やり過ごしてしまうのではないだろうか。しかし、自浄できる人もちゃんといて、それができてしまうと、それまでの記憶も意識もなくしてしまい、その瞬間に生まれ変わって、過去をやり直しているかのような状況になる。普通はそのことを知らずに墓場まで持っていくのだろうが、私は、ゆかりという女性に出会ってしまった。彼女が架空の女性なのかどうかは分からない。だが、記憶が戻ってきたことで、やらなければいけないことが一つ増えたと言っても過言ではないような気がする」

 と、松永は考えていた。

 松永は、この温泉宿につくまでは、まったく違った意識を持っていた。何を考えていたのか正直、思い出せないのだが、温泉に到着してから、温泉に来るまで、ここに何をしに来たのかということだけは、分かっていたような気がする。

 頭の中にあったのは、ゆかりのことばかりであった。

 逢えなくなったゆかりがどこで、どうなってしまったのか、目の前に見えている光景とは別の意識を持っていたのだ。

 自分が売れない小説家であり、小説を書くということに対して、どのような姿勢だったのかということが、結局は頭の中で形成されていたのだ。それが自分の生きがいであり、これからの人生だと思っている。そのために、今まで書いてきた小説の発想を、次々に考えているようだった。

 それが自分を納得させることであり、今の考えに集約されているかのようだった。

 宿に着いてからというもの、女将が宿の話や、このあたりの観光地を教えてくれたりしていたが、あまり頭に残っていない。女将も、松永の心ここにあらずという意識を察してか、あまり話をしないようにした。

「今日は、他には、一組のカップルの方がいらっしゃるだけで、お客様と合わせて全部でお二組、三人様ですので、ゆっくりできると思います。

 ということであった。

「ありがとうございます。分からないことがあれば、お聞きしますね」

 と松永が言うと、

「はい、そうしてください。お夕飯は、夕方六時半に、お持ちいたしますね」

 と言われて、松永が時計を見ると、ちょうど三時ということだったので、ひとっ風呂浴びて、小説を書けば、ちょうどいいくらいの時間になると思った。

「ありがとうございます、その時間でよろしくお願いいたします」

 と言って、さっそく露天風呂に入ることにした。

 前に戸点風呂に入ったのは、ゆかりと付き合っていた頃、ゆかりが行きたいと言っていた温泉に一緒に行った時だった。

 付き合っていた期間がちょうど二年くらいだったが、付き合い始めて一年とちょっと経った頃であろうか。どちらからともなく、

「温泉行きたいよね」

 と言い出して、温泉に行くということは、即決だった。

 どこの温泉に行くのかということは、ゆかりが主導権を持って決めていた。

 あまりこういうことを決めるのは苦手な松永だったが、

「私は、いつも一人だったので、温泉に行くとかいうことはなかったんですよ、だから、一度自分が主導権を握っていろいろ決めたいと思っていたんだけど、相手が松永先生だと思うと、嬉しくて、却って緊張してしまうわ」

 と言いながら、ウキウキしているのがよく分かった。

「ごめんね。僕もずっと一人が多くて、そんなにしょっちゅう温泉に行ったことがなかったので、どこがいいか分からないんだ」

 と松永は言った。

 松永は、実際には温泉には一人で何か所か行ったことがあった。だが、どのどれもが一人で行くような宿で、しかも女性同伴という雰囲気のところではなかったので、そんなところに連れていけるわけもないということで、黙っていた。

 実は、今回のこの旅館も、以前に来たことがあった。女将も仲居さんも覚えていないだろうが、松永は覚えていた。

 あの時も小説を書くための一人旅だった。

 男性が一人で泊まる宿というと、少しいかがわしい宿をイメージするかも知れないが、そういうわけではなく、一人で自分のやりたいことをやることができる宿という意味で、実際に小説家や、画家などの、本当の先生と呼ばれるような人が、籠って作業をするようなところであった。

 さすがにプロの人ばかりだと気おくれしてしまうが、女将の話では、名前が知られていないけど、職業が作家というような、松永のような客が多いとのことだった。

 だがら、今回のように、宿の方が必要以上に宣伝をするわけではない。客の行動に任せているのだ。

「分からないことがあったら、聞いてくださいね」

 というのが、お決まりのセリフで、松永はsのセリフが気に入っていた。

 ゆかりと一緒に行った宿は、本当にガイドブックに載っているような宿で、若い女の子が数人で来ることも多いという。一時期温泉ブームがあったことで、今でも温泉は観光地としても、根強い人気で、近くに名所旧跡などがあれば、観光と温泉のセットで、十分に産業として人気が出るというものだ。

 そんな宿に一緒に泊った時、松永は、いつものように、執筆をしていた。そんな松永をゆかりは、飽きもせず、ずっと見つめている。見つめられると本来であれば、緊張から何も浮かんでこないのだろうが、その時は見つめられていた方が、筆が進んだのは不思議だった。

――どうしてなんだろう?

 普通なら、見つめられれば、意識してしまって、何も書けないのに、その時は見つめられると、不思議とアイデアやそのアイデアにそぐう情景が浮かんできて、書いている小説が、

「本当に書きたいことを書いているんだ」

 という思いを醸し出しているようで、書いていて楽しいと思うのだった。

 松永とゆかりにとって、最初で最後の温泉旅行だったのだが、ゆかりは男性との温泉旅行は初めてではないと言っていた。

「私が大好きだった人で、処女を与えた人だったんだけど、その人と、ずっと一緒にいられるような気がしていたの。本当に嬉しくてね。でも、運命って残酷なものね、それからしばらくして、その彼は交通事故に遭って、亡くなったの」

 とゆかりは言った、

「それは、残念だったね」

 というと、ゆかりは急にベソを掻いたような顔になって、

「実はね。その人、奥さんがいたのよ」

 というではないか。

「えっ? 不倫だったの?」

「ええ、でも私はどれでもいいと思った。好きになった人にたまたま奥さんがいたというだけのことだって、自分に言い聞かせていたの。でも、その不倫が奥さんにバレて、私も彼も、奥さんから、相当な罵声を受けたわ。そして、彼はついに、私から離れて、奥さんのところに帰ることにしたの。やっぱり、私のことは、遊びだったのよね」

 と言って、悲しそうな顔になった。

「だから、彼が交通事故で亡くなったと聞いた時、正直、安心もしたのよ。でも、安心していると、今度は寂しさがこみあげてきた。そして寂しさを意識してしまうと、また安心感が募ってくる。その繰り返しだったの。私にとって彼は大好きな人だったんだけど、彼にとっては、そうでもなかった。ただ、好きというだけのことだったら、捨てられるというのは覚悟しなければいけなかったんでしょうけど、結局それをできなかった。だから、私も悪いのよ、彼ばかりを責めるわけにはいかない。でも、これで永久に会えなくなったと思うと、無性に寂しさがこみあげてきたんだけど、その逆に、私以上に、奥さんは苦しんでいるはずだと思うと、それが、私にとっての安心感だったのね。この相反する思いは、それぞれシーソーのように、どちらかに人が乗れば、乗った方が下に落ちるという単純な構造をしているはずなの、でも、必死に平衡を保とうとしていることから、結局は、どちらかに重みが入ってしまって、途中で止めることができなくなってしまったのね。何かショックなことがあって、立ち直れない原因は、平衡を保つことができないことに原因があるのだと、私はその時になってやっと気づいたのよ」

 と、ゆかりは言った。

「それはね、気付けただけでもゆかりちゃんは素晴らしいと思う。普通は何となくあ歯分かっていても、見えているようで見えないのが、そういう時の落ち込みであってね。まるで道に落ちている石ころのように、見えているのに意識がない。まさにそんな状態なのかも知れない。隣にあるのに気付かない。それが、もし自分にとって危険なものであったとすれば、これほど怖いことはない。だけど、結果としては知らぬが仏になっているんだよ。そうなることで、なかなかループから抜けられなくなる。僕はそれくらい深いものだと思うようになったんだ」

 と松永は言った。

 松永のこの気持ちは、小説を書いているから、ここまで感じることができるようになったのだと思った。だから、小説を書いていない人には感じることはない。少なくとも芸術的な感性がなければ、この思いに至ることはできないと思っていた。

 ただ、この思いが正解なのかどうかは分からない。感じることはできても、それがいいことなのか悪いことなのか、松永には分からない、分からないだけに、その落ち込んだ時の長さが、気になるところであった。

 そんな松永が、今回は一人で温泉にやってきた。最後に行った温泉は、前述のゆかりと一緒に行った温泉だったのだ。

 ゆかりと会えなくなって、そろそろ半年が経つ。

 だが、会えないからと言って、ゆかりの気持ちを無視しているわけでもない。

「ゆかりは、いつも僕の隣にいるんだ」

 という思いを抱いて、この温泉にやってきた。

 ゆかりと会えなくなってから、この半年、小説を書いて書いて書きまくった。胸の中にはゆかりが温泉で話していた言葉が思い出される。

「安心した気持ちと寂しい気持ち、そのどちらかが重たい場合は、絶対に平衡することはない。だから、ずっと落ち込み続けるの」

 と言っていたあの言葉であった。

 そして、もう一つ、彼女が言っていた印象的な言葉も思い出した。

「結局、その平衡を手に入れた時に感じるのは、自分で自分の気持ちを浄化できたという思いに至ることができると、そこでやっと前に進むことができるんだなって思うと、今度はまた違った意味での安心感が芽生えてくる。今度の安心感には寂しさが伴わないので、やっとそれで自分が立ち直ることができる、そして、できたんだなって思えた気がしたのよ」

 と言っていた。

 一体、何が印象的だというのか、その理由を聞きたかったが、それに関してゆかりは教えてくれなかった。

 今度は、今までにない複雑な表情をしていたが、しいて言えば、苦笑いをしていたというのが一番近いのではないだろうか、

「それは、いえないわ、だって、あなたが近い将来自分で気付くのが私には見えるもの」

 というので、

「どういうことだい? 君は超能力者なのかい?」

 と聞くと、

「そうかも知れないわね。超能力者の境地に私もいよいよ入ってきたのかしらね?」

 というので、

「ますます分からないな」

 というと、

「分かったらすごいわよ。私ですら分かっていることが信じられないし、何よりもウソであってほしいと思っているの」

 というではないか。

「ウソであってほしい?」

「ええ、私だけじゃない、あなたにとってもそうなのよ。むしろ私よりもあなたの方がきっとその感じが強いはずなの。あなたが、私を愛してくれているのは分かっている。そして私もあなたを本当に愛しているのよ」

 と言って、ゆかりの方から唇を重ねてきた。

 まさか、こんな展開になるなど、想像もしていなかった。自分の身体がゆかりの身体にどんどん密着していくのが分かる。そのままどちらかが溶けて、相手の身体の中に入って行くかのような感覚である。

 だが、身体が溶けていく感覚はあるのだが、自分の溶けた身体がゆかりの中に入って行くことはなかった。ゆかりの身体は、松永の身体を拒否していた。だからこそ、今までに感じたことのない快感が襲ってくるのであった。

「こんな感覚、今までに味わったことなどなかった」

 と呟くと、

「私もよ。先生、私を好きにして」

 というその言葉に松永の理性は吹っ飛んだ。

 ゆかりの身体すべてが、松永を受け止める。そして、松永の中に、ゆかりの魂が入ってくる。

――俺の魂は、ゆかりの中に入って行くことができなかったのに――

 という思いは、もどかしさではなかった。

 確かに、入っていきたいという思いを叶えることができないのはもどかしいはずなのに、自分でそれを否定していた。

 否定する自分と、否定してはいけないと思っている自分とが一緒になっているこの感覚は、ゆかりの悦びの声がさらに、松永の身体を、身体全体を魅了する。

「このまま、一気に欲望を吐き出したい」

 と、淫らなセリフを平気で吐けた。

「ええ、いいわ、私が一滴残らず、飲み込んであげる」

 彼女の言葉はまさに聖母様であった。

 その言葉にもう松永は耐えられなくなり、

「うっ」

 と呻いたと同時に、

「あぁ……」

 と、糸を引くようなゆかりの、松永を受け止めたという満足感と、その憔悴感が現れていた。

 松永は脱力感と一緒に、達成感に満ち溢れ、お互いに自分の気持ちと相手の気持ちを感じようとするので、湿気に満ちた淫靡な香りが立ち込める雰囲気に、飲まれてしまっていた。

 吐息が実にいやらしい。だが、これをずっと昔から待ち望んでいたかのように感じた松永は、自分の人生が走馬灯のようによみがえっていた。

 ゆかりも同じように走馬灯を描いているようだ、

 だが、その走馬灯は、松永のそれとはまったく違う感覚だった。

――走馬灯なんて、勝手に人間が作り出したもののはずなのに、誰もが同じ感覚の時に浮かんでくるもののようで、別に示し合わせたわけでもないのに、おかしなものだ――

 と、松永は感じていた。

「その時の感触も、思い出も、気持ちの奥にあるものも、すべてが生々しく残っているはずなのに」

 と、松永は思った、

 この感覚を小説にしようと思えば、今ならいくらでもできると思っている、だが、それは不可能なのだ。どちらかというと、元々、小説に書いたことが、現実に起こっているのだ。

 しかも、自分の描いた世界とは微妙に違う世界である、それがなぜなのかずっと考えていたが、やっとわかってきた気がした。

「そうか、小説の世界というのは、自分だけがイメージしたものなんだ、現実の世界ではゆかりという女性が存在しているので、どんなに同じような話を掻いたとしても、一緒になるわけはない。逆に一緒になる方が恐ろしい」

 と思った。

 だが、ゆかりが松永に託した思いは変わらないはずだ。

 この温泉旅館のことはフィクションではない。以前に来た旅館であった、

 そして、ゆかりが私に託した思い、それは、ゆかりの中で果てた瞬間、お互いに満足感と憔悴感に満たされていたその時、間髪入れずにゆかりが言った。

「私、もうすぐあなたの前からいなくなるの:

 というではないか。

「えっ、死ぬということ?」

 と、少し飛躍した発想だったが、それ以外にいなくなるという思いが頭に浮かばなかった。

 それに対してゆかりは、何も返事をしない。

「私がいなくなったら、私の骨を海に撒いてほしいの」

 というではないか、

 それがゆかりの答えだった。いなくなるということがどういうことなのか、いまさら追求する必要などない。

 だがら、松永は小説の中でも、このお話の中でも、

「ゆかりがいなくなった」

 あるいは、

「ゆかりとはもう会えない」

 という表現しかしていないのだ。

 松永はこの温泉に来た理由、それが、ゆかりの遺志を受け継ぐことだったのだ……。


             (  完  )

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骨散る時 森本 晃次 @kakku

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