クッキー
金平糖
1
「本当にすみませんでした。この子にはもう絶対にしないよう言い聞かせますから。ほら、あんたも謝りなさい。」
何度も深くお辞儀をする母親に押さえつけられて、渋々頭を下げる。
「もう、いいですよ。それぐらいうちの駄菓子、食べたかったんやんな?今回の分は差し上げますから、好きなだけ食べさしたったらええ。」
「そんな……とんでもないです。支払いますから、弘、盗ったやつ全部出しぃ。ほんまにこれだけなんやろうな。」
「まぁまぁ、お母さん。」
「本当にすみません。せやからどうか、警察にだけは……。」
「大丈夫ですよ、そんなもん。
情けは人の為ならず、言いますから。」
その意味はよく分からなかったが、しわくちゃの笑顔でおじいちゃん店主は僕の頭を撫でた。
どういう顔をしたらいいのか分からなかった僕は、ただただこういう人が本物のおじいちゃんやったらいいのに…と思った。
帰宅後、僕は主にお父さんに何回も殴られた。
事の発端は、僕が駄菓子を公園で食べていたら近所のおばちゃんとばったり会った事だった。
何気ない会話の中で僕が素直に、「あの駄菓子屋から取ってきた。」と言ったら、おばちゃんは明らかに顔を強張らせた。
その時は何も注意されなかったが、やがてそれがお母さんに伝わってしまったらしい。
当然近所中に僕が万引きをしたという噂は広まっており、家柄が汚されたとお父さんはカンカンだった。
翌日、最初の科目は国語だった。
先生が板書した文字をノートに書き写していると、だんだんその文字がミミズが走ったような暗号と化してきた。
昨日まともに眠れなかったせいかもしれない…悪魔の囁きが聞こえる。
“この先生怒らんし、ちょっとぐらい寝ても何も言われへん。”
そう思い机に突っ伏す体勢を取ろうとした瞬間、先生の言葉が僕の意識を引っ張り上げた。
「“情けは人の為ならず”この言葉は誤用されがちで、情けをかけるとその人の為にならないから、かけるべきではない。なんて思われがちですが、実際は……」
あぁ、そうか。そういうことか。
情けをかけるべきじゃないなら、なんでじいちゃんは僕を許してくれたのだろう。
と思ってたけど。
なさけ、つまり…人を許す事は回り回って自分に返って来る、つまり自分のためという意味らしい。
納得できた僕はその後、盛大に眠ってしまった。
その日のお昼前は家庭の調理実習で、クッキーを作った。
僕の班で作ったクッキーは全部の班の中で一番うまくできて、先生もみんなも褒めてくれたし、一口ちょうだいと引っ張りだこだった。
僕はお父さんとお母さんにあげるため、クッキーを全部食べずに二つ残して持って帰る事にした。
あの事件以降2人の機嫌はすごく悪くて、僕はまともに口をきいてもらえていなかった。
だからこれを2人にあげて、僕が作ったと言ったら褒めてもらえる気がしたし、お父さんは甘いものが好きだから、喜ぶと思った。
だけど帰り道、ふと駄菓子屋のじいちゃんに会いたくなった。
そして足は無意識のうちにそこに向かい、寄り道してしまった。
「じいちゃん。」
「おぉ、来たか。」
「なぁじいちゃん、なんで店のもんパクったらあかんの?」
お父さんとお母さんはなんでソレがダメなのか教えてくれなかった。
自分で考えた結果、「バレたから」という結論にいたった。
だからと言ってまたバレないようにこの店でお菓子をパクるのも、なんかじいちゃんを裏切るような気がして、それがダメなような気がして、真実を確かめるために聞いた。
「じいちゃんはアカンなんて言うてないで。食べたかったら食べ。」
「なんで?」
「じいちゃん…ガリガリの子供嫌いやねん。」
「でも、お父さんとお母さんはあかん言うてた。」
「なんで?」
「わからん。聞いたら、口答えすな、言われる。」
「そうか…」
それから、じいちゃんとはいろいろな話をした。
駄菓子屋の奥はじいちゃんが生活する居間になっていたから、その段差のところに2人座って話し込んだ。
しかし長くいすぎてもまた寄り道したと怒られる。
帰ろうとした時だった。
「あ、そうや。じいちゃん。」
僕はポケットをガサガサ漁ると、じいちゃんに実習で作ったクッキーを1個あげた。
「これ、僕の班が家庭科で作ってん。全部の班の中で一番おいしいって、先生も言うてた。」
「そうかそうか。でもええんか?」
「え。あ……うん。」
僕は少し悩んだが、どうしてもじいちゃんにあげたかったため後先考えずにそれを差し出した。
食べたじいちゃんは、美味しいと素直に褒めてくれた。
その後、もう少しここにいたい気持ちを抑えて、早歩きで家に向かった。
早歩きはやがて小走りになり、冷や汗が背中を伝い、心臓の音がうるさかった。
怒られても怒られなくてもどっちでもいいから、とにかく家に帰らないといけない。
・・・
「…ただいま。」
そう言って靴を揃え、手を洗った。
台所に入ろうとすると、中から話し声が聞こえてきた。
「えらいこと………価値ない。
もう……いいか…………わからん。」
「これから……かもしれん…そんなことなら…」
どうやら僕の消え入りそうなただいまは聞こえていなかったらしい。
価値がないという言葉を聞いて一瞬ドキッとしたが、そのまま廊下に突っ立って耳をそばだてていると、どうやら僕の事ではなくお父さんの会社の話のようでホッとした。
そしてよく分からないが、「個人情報」「流出」「責任」という言葉が聞こえてきた。
話の感じだと、お父さんがとんでもないミスをしてしまって、これからどうしよう、という感じだった。
何より僕が動揺したのは、2人の鼻をすする音が聞こえたからだ。
締め切られたドアに手をかけ、止まる。
ここで僕が行って、「元気出して」とあのクッキーを渡したら、2人は僕を許してくれるかもしれない。
一時的に元気は出してくれるかもしれない。
でも今、クッキーは一つしかない。
そうなるとどちらか片方にしか渡す事ができず、どちらかにしかあげなかった事で怒られるかもしれないし、半分に割ったとしても割れているクッキーを渡した事について怒られそうだ。
僕はなんとなく考えるのが面倒になり、聞かなかった事にして自分の部屋に戻った。
そして、残りのクッキーを1人で頬張った。
クッキー 金平糖 @konpe1tou
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