暑中見舞い

ニ光 美徳

第1話

 中学3年生で隣の席になった男の子、名前は臼田うすたくん。

 彼は私の初恋の人だ。


 彼は野球部でキャッチャーをしてる。

 日に焼けているから黒くて、体系がどっしりした感じなので見た目が熊みたいなんだけど、笑顔がチャーミングなの。ニコッと笑うと白い歯がまぶしいくらいに光ってる。

 違う小学校出身で、3年生で初めて同じクラスになったし、隣の席になるまでは全く接点が無かったので話したことがなかったけど、話してみたらとても面白くて、じわじわと私の心に入り込んでいった。

 

 席替えで隣じゃなくなってからも、彼のことが気になって、いつも目で追っていた。


 野球部の練習はグラウンドでしているので、いつも目に入ってくる。私はついつい彼の姿を探してしまう。


 でも、3年生の部活は短い。

 大半は1学期で部活が終わってしまう。野球部も勝てば秋まで試合があるみたいだったけど、残念ながら負けてしまったと言っていた。

 部活が終わっても、3年生には修学旅行や体育祭があって、文化祭がある。


 行事をする毎にカップルが誕生して、気が付くと周り中、誰かと付き合っているような状態になっていた。


 私も臼田くんに告白をしようかと少しは迷ったけど、超奥手な私にはそんなことは無理だ。

 成功しても振られても、皆の噂のネタになるので、そんなリスクを冒すことは到底できなかった。

 幸い臼田くんは誰とも付き合っていなかったので、それだけで良かった。


 3学期に入ると、一気に受験モードに入る。

 そしてあっという間に卒業となる。


 臼田くんとは別々の高校へ進学した。


 入学式が終わって次の日から、私は電車通学をすることになる。

 初めての電車にドキドキしながら乗り込んで、座って外を眺めていたら、すぐ次の駅に到着する。


 そこになんと臼田くんの姿があった。


 卒業以来でそんなに時間は経っていないのだけど、妙に緊張してしまって彼に気づかないフリをしていた。

 

 彼が乗り込んできて、私の席を通り過ぎようとした時、

「あれ、西島?うっわ偶然。てか、そこ座っていい?」

と一方的に話しかけてきて隣に座る。卒業と同時に恋も卒業だと思っていたところへ、予定外の再会となったので、私はかなり動揺してしまっていた。

「西島も電車?」

と続けて話しかけてきたので、気持ちをなんとか落ち着かせて、

「う、うん。この前卒業したばっかだけど、久しぶりって感じだよね。臼田くんも同じ電車なんだね。」

と答える。平然を装ったつもりだけど、きっと真っ赤な顔をしているだろうなと思った。


「俺が乗る駅だときっと座れないと思ってたけど、今日は西島の隣空いててラッキーだ。」

 ニコッと私に向ける笑顔が眩しい。

「私は前の駅からだけど、降りてく人いっぱいいて、簡単に座れる感じ。さすがに席は確保できないけど、空いてたらいつでも隣どうぞ。」

 私は隣りに座る臼田くんとの距離が近すぎて、臼田くんの顔は直視できないけど、強張る顔をなんとか笑顔に変える。

「ああ、サンキュ。

 今日から通常登校だろ、さすがに緊張してたからな、西島がいて良かった。」


 中学の頃のままの臼田くんに段々と安心し、居心地の良さを感じてきた。


 それから毎日同じ電車に乗り、小声だけど二人で会話しながら通学する。

 私は自分が電車に乗った時、満席にならない限りは、さりげなく自分の隣に鞄を置いて、臼田くんの分の席を確保していた。


 私の方が先に駅に着くのだけど、その間の10分間、たった10分間、臼田くんとの朝の片思いデートを楽しんだ。



 6月の終わりごろ、

「俺さ、明日から部活の朝練始まるんだ。だからもう同じ電車じゃなくなる。」

と臼田くんが言ってきた。

 高校でもやっぱり野球部に入ってて、臼田くんの学校は地元では強豪校のうちに入るくらいなので、今まで朝練が無かったのが不思議なくらいなんだけど、とうとうその日がやってきた。


「うん、頑張ってね!私他校だけど、臼田くんが出るなら応援行くから!」

「今年はさすがに出番は無いよ。先輩たちのレベルが高すぎて、ついてくのがやっと。でももちろん狙っていくけどな。」


 もう会えなくなる。隣りに座ることも殆ど無くなるんだ…。そう思ってちょっと沈みそうになりかけた時、私はハッと閃いた。

「そうだ、私ね、部活の一環で絵手紙の先生に今習ってるんだけど、暑中見舞いの葉書送ってもいい?自分で言うのもなんだけど、結構味のある絵が描けるんだ。」

「暑中見舞い?へー…ああ、いいけど?そうか、西島は美術部だもんな。でも、年賀状以外で葉書出すって、なかなか無いよな。」

「うん、初めて。もちろん返事はいらないけど、でも…残暑見舞いっていうのもあるから、気が向いたら送ってくれると嬉しいな。」

「残暑見舞いと暑中見舞いの違いが分からんが、西島の葉書の出来次第で考えとく。」

 臼田くんは返事の要求に少し戸惑った様子だったけど、あの変わらない白い歯を見せてニコッと笑ってくれた。


 その日以来、臼田くんとは朝の電車で会うことが無くなったけど、手紙の返事を貰えるかもしれないという希望があったので、臼田くんロスにはならずに済んだ。


 私は何枚も何枚も葉書に絵を描いて、その中で一番いいのを選んだ。

『暑中お見舞い申し上げます』

 たったその一文が間違っていないか、住所も名前も間違ってないか、何度も確認した。

 葉書一枚のために郵便局へ行って職員さんに手渡しした。

「お願いします。」と私が言うと、職員さんは郵便局内にある、葉書や手紙の投函場所をチラッと見て、その後で何か察したように「はい、お預かりします。」とにっこり微笑んで受け取ってくれた。


 それから何日も過ぎたのに、夏が終わっても、臼田くんから返事の葉書は届かなかった。


 毎日毎日、自宅の郵便受けを確認したり、親に葉書が届いてないか聞いてみたけど、やっぱり来ていない。私はすごくがっかりした。


 冬になって、たまに臼田くんと朝の電車が一緒になることがあったけど、臼田くんは同じ学校の制服を着た人と一緒にいて、もう私の隣に座ることは無くなった。


 そこで私はやっと、この恋は終わったんだと理解したー。


  

 あれから顔を合わせても、全く知らない他人のような関係になり、高校生活はあっけなく過ぎていく。

 トラウマとまではいかないけど、そんなにときめく人にも他には出会えなかった。


 高校を卒業して、私は地元の短大へ進学し、そこも何事もなく卒業し、無事に社会人となった。



 22歳の冬、初めて中学校の同窓会が開かれることになる。

 もちろん私は出席する。

 久しぶりに懐かしい人たちに会えるのが嬉しい。

 臼田くんのことは、甘酸っぱい初恋の思い出として記憶にはあるけど、とっくに消化されている…そう思っていた。


 同窓会の受付を済ませ、会場に入る。

 ウチの中学校は田舎の小規模なので、同学年は大体分かる。

 でも、その中に臼田くんの姿は無い。


 私は最初仲の良かった女友達と話していたけど、どんどんメンバーが変わって、男女関係ない状態になる。

 そんなところで話しかけられたのが結城くんだ。


「西島ってさ、臼田と付き合ってたんだっけ?」

 突然の言葉に私はびっくりする。

「え、違うけど、誰かそんなこと言ってた?」

「いや、高校1年の時、臼田の家に遊びに行って、西島からの葉書見てそうなのかな?って思ってた。」

「葉書?」

「うん、確か暑中見舞い?なんかすっごい絵の描いてあったやつ。年賀状ならさ、なんも思わなかったかもだけど、暑中見舞いってなかなか無いよなと思って。」

「あーそうそう、私美術部で絵手紙習ってね、そのとき朝電車で一緒だった臼田くんに出していいか了解もらって出したの。それだけだよ。でもよくそんな昔のこと覚えてたね?」

「あの時さ、皆で冷やかしてたら臼田怒ってさ、西島への返事の葉書破り捨てたから、悪いことしたなってその後ちょっと引きずってた。

 それに、誰かは言えないけど、西島のこと好きだった奴の話でなんか変に盛り上がってさ。」


 結城くんの話に私はかなり衝撃を受けた。


 …私を好きな人?そんな人いたんだ?

 …臼田くん、返事の葉書書いてくれてたんだ。

 

「あ、噂をすれば、来た来た臼田。

 おーい!こっち来いよ!」

 結城くんは今到着した臼田くんを大声で呼んだ。

 臼田くんは素直にこっちへやって来る。


「おう、結城久しぶり。あれ?西島も。意外な組み合わせだな。」

「ちょうど二人でお前の話してた。」

「何だよ?俺の話って。」

「高1のさ、暑中見舞いの葉書の話。すごく芸術的だったって。」

「あー、あれね…確かに…。」

 臼田くんは返答に困った感じで言葉を濁した。


「あーそうだ俺、先生と話するんだった。じゃあ、ちょっと…後は二人で盛り上がって。」

 結城くんは私と臼田くんに気を使って退席したのが見え見えだった。

 でもせっかくなので私は臼田くんに話かける。社会人になって少し余裕も出てきた私は、昔よりもスムースに会話を切り出せる。


「臼田くんは今何してるの?」

 それから始まり、私は臼田くんを質問攻めにする。


 臼田くんは今年東京の大学を卒業して、地元に帰ってくる予定とのこと。教員採用試験に合格して、春から中学校の先生になること。卒論を書き終えて、やっと合格をもらえたことなど、いろんなことを話してくれた。


 私の質問に一通り答えた後、

「さっきのさ、暑中見舞いの葉書の話、返事出さなくてごめん。今更だけど、すごく素敵な絵だった。」

と謝ってきた。

「全然気にしてないよ。返事も気が向いたらで良かったし。見てくれてただけで良かったよ。」

「俺さ、結城たちに冷やかされたのもあるけど、西島に彼氏いると思って、返事はやめた方がいいと思ったんだ。」

「ん?彼氏なんていなかったけど?」

「西島電車降りた後さ、よく同じ高校に進学した奴と待ち合わせして一緒に行ってたじゃん?アイツ彼氏だったんだろ?」


 …?


 私は誰かピンと来なかったけど、一生懸命思い出した。

「あそっか、確かあの頃山本くんと、降りた駅で偶然会って、よく一緒には行ってた。

 やだ、違うよ!付き合ってたんじゃないよ。

 それに山本くん確か秋の文化祭の後、彼女できてたよ。」

 私がそう言うと、臼田くんは右手で自分の顔を一撫でして溜息をつく。

「俺、てっきり…。」

「そういえば山本くん、もう結婚したんだってね。多分その彼女とらしいけど。さっき聞いてびっくりした。もうすぐ子供が産まれそうだから今日は来れないって言ってたって。」


 私と臼田くんは、その後もずっと二人で語り合った。


「遅くなったけど、今年の夏には暑中見舞い送るよ。」


 夜明けまで一緒に過ごして帰る朝、自宅に向かう電車の中で、臼田くんは私にそう言ったー。



**おしまい**


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暑中見舞い ニ光 美徳 @minori_tmaf

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