第8話 来客

 入院生活は10日間が目安だと医者から言われた。傷の治り具合によっては前後するらしい。

 俺は個室に入院している。

 入院中、矢野さんか工藤さんのどっちかが毎日お見舞いに来てくれた。矢野さんが持ってきてくれたリンゴがうまかった。工藤さんはノンアルコールのビールを持ってきてくれた。

 俺には父と妹がいるが、家族には自分がデーモンハンターだという事を隠している。だから入院している事も知らせていない。

 そういえばあのデーモンは、母のことを「愛した女」と言った。詳しくは知る気は無い。

 いつか不死身のデーモンは必ず殺す。殺された母の仇を取る。

 そうしなければ、俺の腹の虫が収まらない。あいつは1000個の命があるらしいが、それなら1000回殺せばいいだけの話だ。


 ◆


 今日は夕方に矢野さんがカステラを持ってお見舞いに来てくれた。

 俺はベッドに座り、矢野さんは椅子に座り、2人でカステラを食っている。矢野さん曰く有名な店のやつらしくて、とてもうまい。


「──明日退院って先生に言われたんですか?」


 とカステラをモグモグしながら矢野さん。

 

「うん。明日退院できるってさ」

「よかったですね!」


 と矢野さんが笑う。


「うん。いつもお見舞いに来てくれてありがとうな」

「いいんですよ。私、基本的に暇なので。この仕事って決まった日に仕事するわけじゃないから、前職の頃に比べたら毎日ダラダラ過ごしてます」

「そういえば矢野さんって前は何の仕事してたの?」

「私は、大学を卒業してから1年だけ小学校の先生をしてました」

「へぇー、そうだったんだ」

「でもそれが本当に私のやりたい事なのかって、いつも葛藤がありました。今はなんの迷いもなく、デーモンハンターとして生きてます」

「怖くない?」

「何がですか?」

「死ぬ事」

「……怖いです。だって私、●●さんが殺されかけるなんて思ってなかったもん」

「俺、今まで、いつ死んでもいいと思ってた。自分の人生がどうでもよかったんだ。でも不死身のデーモンに殺されかけて、初めて死にたくないと思った」

「絶対に勝ちましょうね。不死身のデーモンに」

「ああ。矢野さんと工藤さんがいれば、倒せる。知ってた? 工藤さんってめちゃくちゃ強いんだよ。デーモンハンターになる前はロシアの特殊部隊に何年も属してたらしい。デーモンハンターになってからはすぐに頭角を表して、今じゃ組織の幹部だ」

「え、そうなんですか。あの人、自分のことを喋らないから全然知らなかったです。たしかにめっちゃ強そうですよね」

「……工藤さんは、俺にとってもう1人の父親みたいな存在だ。あの人についていけば絶対なんとかなるって思える。工藤さんがいれば、あのデーモンだって殺せるはずだ」


 ──その瞬間、俺のいる病室のドアが2回ノックされた。


「あっ、噂をすれば、ちょうど工藤さんが来ましたね!」


 と矢野さんが笑う。

 矢野さんと俺がドアへと視線を向ける。スライドドアがゆっくり開かれた。

 

「──え」


 そこに立っていた男を見て、俺は自分の目を疑った。

 真っ黒いスーツ、長身の細身の体、長くボサボサと伸びた髪、腰に携えた日本刀、全身に纏った黒い瘴気、生気の希薄な無表情の中年の男。

 俺の母を殺害し、俺を瀕死に追い込んだ、あの“不死身のデーモン”だった。


「……あ、あ」


 動揺、恨み、疑問、怒り。俺は自分の心に一気に渦巻いた感情が処理できなくなり、ベッドで固まってしまった。

 

「●●さん! 早く逃げて!!!!」


 矢野さんが即座に椅子から立ち上がり、自分のスーツのポケットからマカロフを取り出して、デーモンに銃口を向けて、2発、実弾を迷いなく発砲した。

 デーモンは目にも止まらぬ速さで日本刀を抜刀し、斜め上に1回だけ振った。

 すると巨大な金属音と共に、カラン、とバラバラになった実弾が床に落ちた。


「死ね!!!!!」


 矢野さんは叫んで、もう1度発砲した。

 するとまたデーモンは日本刀を振り、弾を切った。

 直後、デーモンはゆっくり納刀し、


「ここは病院だ。静かにしろ」


 と無表情で呟いた。

 そこで俺はようやく正気になり、ベッドから降り、パジャマのポケットに入っていたマカロフを高速で手に取り、不死身のデーモンの頭部に照準を合わせて銃を構えた。

 するとデーモンは静かにこう言った。


「俺は今日、お前らを殺しに来たんじゃない。お見舞いに来たんだ」

「見舞いだと!? ふざけんな! てめえ殺すぞ!!!」


 俺は殺意を込めてマカロフの引き金を思いきり引いた。

 すると、またしてもデーモンの日本刀によって攻撃は阻まれた。


「学習しろ。お前らに俺は殺せない。この間は手加減してやっただけだ」

「クソ!!!!」

「これを受け取れ」

「は?」


 ──よく見ると、デーモンは左手にシルバーのアルミケースを持っている。大きめの正方形に近い形状のケースだ。

 デーモンは無表情のまま、俺に歩いて近づいてきて、そのアルミケースを差し出してきた。


「ほら、お前にプレゼントだ。この間は悪かったな。これで許してくれ」

「いらねえよ」

「じゃあ、ここに置いとくぞ」


 デーモンはその場にアルミケースを置いて、俺たちに背を向けて、歩き始めた。

 俺と矢野さんはほとんど同時にデーモンの背中に向かって、発砲した。

 しかし、その瞬間に、デーモンは病室から完全に“消えていた”。


「……消えた」


 矢野さんが、手から銃を落として、呆然としている。


「消えたんじゃない。消えたように見えただけだ」

「超素早く移動したって事ですか?」

「ああ」

「強すぎるよ……」

「……俺がこの前戦った時はあんなんじゃなかった」


 俺は銃を持ったまま、アルミケースを見つめた。


「矢野さん、このケースの中には爆弾が入ってるかもしれない。危険だ」


 俺がそう言うと、矢野さんはゆっくりアルミケースに近づいて、耳を当てた。


「音は何もしません。爆弾じゃないかも」

「そうか」

「どうしますか? 開けてみます?」

「俺が開ける。矢野さんは俺から少し離れてて」

「一緒に開けたいです」

「じゃあ一緒に開けよう。危険物だったら速攻で逃げるぞ」

「はい」


 俺はアルミケースの左側のロックを解除し、矢野さんは右側のロックを解除した。


「せーのっ」


 俺と矢野さんはケースを開けた。



 ──中には、切断された工藤さんの頭部が入っていた。







 9話に続く

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Frustration in my blood Unknown @unknown_saigo

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