オニ―さんと俺

黒いたち

オニ―さんと俺

 セミの歓声のなか、151段を駆けあがる。

 鳥居とりいをくぐると同時に、スマホのストップウォッチを止める。19秒59。先週より1秒速い。絶対に全中ぜんちゅう――全日本中学校陸上競技選手権大会で結果を出してやる。


 ふりむけば、頬を冷やす風。

 ここからは町が一望できる。田畑はモザイク柄で、病院は無機質に白い。


 応援にきて、と言えば、はい先生、と返された。

 ばーちゃん、俺だよ。孫の清夏せなだよ。

 知らないと言われるのが怖くて、自分の名前を飲みこみ、逃げた。


 息をつき、ひび割れた参道を進む。

 枯れた手水舎ちょうずや、苔むした狛犬こまいぬ

 古い拝殿で、大きく二回、手を打つ。


「ばーちゃんの認知症が治りますように!」

難儀なんぎな願いだ」


 現れたのは、一本角の鬼――になりきった変人だ。


「今日も羅雪らせつっぽい」

「だから本物だと」

「はいはい。安倍あべなんとかに角を封印されて、神社から出られないんでしょ」


 この地方の鬼伝説。昔ばーちゃんが話してくれた。

 特徴は角に巻かれた白い数珠じゅず。再現のクオリティが高い。


「その数珠、さわりたい」

「好きにせい。只人ただびとには外せぬが」

「あ、とれた」

「なんと!? 力が、みなぎる!」


 羅雪の八重歯がのびて、肌が黒くなる。


「ふははは! 我こそは破滅の鬼神! まずは貴様の恐怖をかてに――何しとる?」

「動画撮ってる。手ブレするし、数珠は返すわ」 


 押しつけた数珠が、角にまきつく。奇声をあげた羅雪が、元に戻った。


「すげー手品」

「ちがうわ! 清夏せな、もういちど取れ」


 おもわず吹きだす。

 大のおとなが、全力で羅雪を演じている。無意味すぎてバカらしいし、笑いすぎて涙が止まらない。


「清夏?」

「……家族の面会が症状の進行を遅らせるってさあ。もう俺のこと家族ってわからないなら、無意味じゃん」

 

 でも、と涙をぬぐう。


「結果しか見ない方が、バカだよな」

「それより数珠をな」

「ありがと、羅雪! もう一回、病院行ってくる」

「清夏ー!」


 羅雪に手をふり、鳥居をくぐる。

 セミの歓声のなか、陸上部できたえた足は、まっすぐに目的地をめざす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オニ―さんと俺 黒いたち @kuro_itati

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ