第五幕:Army Of 名無

 未だ沈まぬ太陽に照らされることなく、薄暗い校舎。八足巣やつたりそうと僕、緑屋三蔵の二人はそこに足を踏み入れた。

「どうやらこっちみてぇだな」

 そう言って八足が曖昧に指をさす。僕はとりあえず八足についていくことにした。

「っちょ、待つのじゃぁ!」

 後ろからきゅーちゃんの声が聞こえる。ちょっと歩を緩めて振り返り、僕は二人のほうを見た。そこに二人がいるはずだったが、姿は見えなかった。別行動に切り替えたのかなぁ。

「おい、何してる」

「ああごめん、今行くよ」

 今一度向き直り、八足についていく。とりあえず、今できることをやろう。今回は天然モノの怪異の捜索だ。

「そういえば、警報とかは鳴らないんだね」

「あの青髪の仕業だろ?」

「……確かに」

「さっさと行くぞ、それこそ先を越されたら終わりだ」

「りょうかい」

 僕と八足は足を速める。向かう先は音楽室。狭く薄暗い廊下を進み、そしてそれは現れた。威圧感に似た空気が正面から迫る。非常に濃い妖力は、しかし、奇妙に秩序を持っていた。

「…終わりかも」

「ああ、最悪だなァ」

 その天然モノの怪異…巨大な骸骨の見た目をした妖怪…を従える人影が見える。ここから分かるのは、その背の高くない人影がサングラスをかけていることくらいだ。

「やあ、初めまして」

「ンだテメェ」

 八足はそう突っかかるが、すぐにその顔のような部分がもう一段階強張る。

「……何でンなトコにいるんだよ」

そうの知り合い?」

「ウチの幹部だ……クソ強ェぞ」

 そう言われ、八足に声を掛けられた人影が話し始める。

「私も有名になったものだねぇ。折角だ、私はフライツ。そこの蜘蛛男が言う通り、とある教団の幹部さ」

 そう語りながら、フライツと名乗る女性は指を鳴らす。それに呼応するように巨大な骸骨が動き始めた。ゆっくりと、その4本の腕を広げる。

「…まずいな」

「ああ、まったく最悪だなァ」

 その4本のうち、2本の腕…その両手は何かを握っている。黒い長髪の女と、青髪の女性だ。

「すまないが、これも仕事なのでね。君たちにはここで消えてもらう」

 辺りの威圧感が一層強まるのを感じる。骸骨の空いた右腕が僕にめがけて飛んできた。

「…オイ緑!!!」

「…分かってる」

 その右腕に向かって僕は指をさす。その指先から、緑色の雷光が落とされた。雷光が骸骨の右腕を貫き、そして右腕は消し炭と化した。

「へぇ、やるじゃないか」

 フライツは楽し気な声色でそう言う。そしてその両手で何か形を作った。暗闇の中、それがどんな見た目をしているのかは、彼女しか知らないだろう。

「ちょっと頑張っちゃおう。『吊られし愛の彩ラヴ・イルミネーション』」

 その瞬間、辺りの威圧感の質が変わる。まるで殺意に、別の感情が混じったような、そんな感覚を僕は覚えた。それに呼応するように、骸骨の右腕が、さっき粉々にしたはずの右腕が元に戻っていく。

餓者がしゃくん、私のために頑張ってくれるかな?」

 フライツの声に応えるように、今度は両腕を僕らに振るう。

「勝算はねェのかよ!?」

「今考えてる!!」

 僕らは怒鳴り散らしながらその両腕を躱す。正直消耗戦だと分が悪い。それに、半端に骸骨を破壊したところで再生しかねない。今必要なのは……。

そう!!ちょっとだけでいい!あいつらの動きを止めてくれ!」

 僕は八足に叫ぶ。

「チッ……。ああ、やってやるぜ、相棒!!」

 八足はその八本の足を大きく広げる。その四肢には蜘蛛の糸が張られている。まるで魔法陣のように見えるその八足の全身が、どす黒く染まった。そしてその腹部に、大きな目が開く。

「妖術・呪術合戦と洒落込もうぜェ!『邪な眼光イーヴィル・アイ』!!!」

 八足の両手両足から真っ黒な糸が伸びる。それは骸骨の腕よりも速く、宙を舞う。そしてほんの数秒で骸骨の全身に巻き付き、骸骨は完全に動きを止めた。

「持って数十秒だぜェ!」

「上等!」

 僕は骸骨の、二人が握られている手の方に飛び込む。それを塞ぐように、サングラスを掛けた人影、フライツが立ちはだかる。

「私を忘れてないかい?」

「おっと、忘れてたぜ」

「!?」

 フライツの動きが止まる。いや、身動きが取れないのだろうか。

「前情報がなきゃ、こんな怪しげな眼くらい見るよなァ」

「……これは、ミスったね」

 そうフライツがぼやく後ろで、僕は骸骨の両腕を消し飛ばし、二人を開放する。その直後、黒い糸が僕たちに向かって飛んでくる。それはきゅーちゃんとツヴァイを縛り上げ、八足の方へ勢いよく引き寄せた。

「…せめてそいつらを渡してくれないかな?」

 未だ動けないフライツが言う。

「……私と君の仲だろう?」

「…そうだなァ、どうしよっかなァ~~」

「……君の実力は分かった。どうだ?私が君を匿ってやってもいい」

「…俺は生憎な、足を切られたくねェンだ」

 そう言って、一本の足をナイフのようにフライツに向ける。

「……そうかい」

 いつの間にか、糸から解放され、4本の腕も元通りになった骸骨が八足に襲い掛かる。しかしその腕は全て、一瞬にして切り刻まれた。見れば、八足の前に黒い髪の、いや半分ほどの割合で赤い毛の混じった女が立っている。獣の耳を生やし、その尾は9本あった。

「……お目覚めか。クレナイ・キューブリックさんよ」

「ちゃんと刻み込んでおったか。感心じゃのぅ」


 その姿はまるで、九尾が人の形を取ったようだった。


「操り人形とは…悪趣味じゃのぅ」

 そう言ってキューブリックは足で地面をたたく。その音で気絶するように、骸骨から全ての力が抜けた。

「しばらく休んでおれ、餓者どの」

 そしてキューブリックは改めて、フライツに向き直った。

「次はお前か?」

「……いや、降参だ」

 フライツはその場にへたり込む。

「手ぶらで帰るのしんどいなぁ」

「……タダで帰れると思っておるのか?」

「へ?」



「……それで、今回出た情報をまとめると……」

 ツヴァイがタブレットに色々書き込みながら説明を続ける。

「教団の本拠地はここ、組織構成はこんな感じ」

「思ったより少数精鋭じゃのぅ」

「そういえば、あのお姉さんエネミーは逃がして良かったの?」

「ああ、それこそ刑務所で操り人形を量産されたらたまったもんじゃないからのぅ」

「触らぬ神扱いっすかぁ」

 ツヴァイは少しふざけたような口調でそう言う。

「あちらもそんな感じじゃろ」

 きゅーちゃんはツナ缶を開けながら言った。ストレートのレモン果汁を注ぎ入れ、ツナのフレークをティースプーンで掬う。

「何か久しぶりだなぁ、この光景を見るのも」

 僕は呑気にそうつぶやく。僕の自室のベッドに居座り、正座をしながらタブレットに何かを書き込むツヴァイ。僕と向かい合っていながら、その視線をツナ缶ひとつに注いでいるきゅーちゃん。何もかもが遠く感じていなかった日常だと、今更ながら実感した。

「…そういえば、蜘蛛男はまた刑務所かのぅ?」

「まあ多少任期とか短くなったみたいだけど」

「刑期では?」

 確かに。

「そんなおねむさんにはコレ」

 そう言いながらツヴァイは立ち上がり、着けていたイヤホンをパタパタと払ってから僕に嵌め直す。そこからまあまあの音量で何か曲が流れてきた。

「三蔵氏、数分お待ちを」

 ジャンルに詳しくないので何とも言えないが、サビの概念がある洋ポップのようだ。

「……!!」

 おそらく最後であろうサビで止めを刺すように盛り上がる。歌詞中でなんかHopelessとか聞こえるけど。

「また良いのを持って来たね」

「フフン、良いでしょ」

 件の曲が終わり、また別の、今度はロックふうの音楽が鳴り始める。また英語だ。

「これ、This Fireだっけ」

「そう!!!」

 いつになくツヴァイは嬉しそうにしている。僕はその視線を何となくきゅーちゃんに移した。先ほどの戦い方を思い出す。決して前には出ないけど、その奥に確かな情熱がある、そんな感じがしたのを思い出した。

「『ディス・ファイア』か……」

「アリかも」

「……何の話じゃ?」

「きゅーちゃん妖術に名前つけないじゃん」

 と、ツヴァイ。

「まあ…別に趣味でもないしのぅ……」

「僕たちが名前つけてもいいかな」

「それは構わんが……」

 いまいちピンと来ていない様子で、きゅーちゃんはスプーンを咥える。そんなきゅーちゃんに、僕たちは声を合わせて、ぼくらのかんがえたさいきょうのなまえを提案した。

「『ディス・ファイア』」

「でぃす…なんじゃ?」

「ほら、こんなの」

 そう言ってツヴァイがイヤホンを僕からきゅーちゃんに嵌め直す。まあまあな音量に肩を上げるが、その目も丸くなった。

「わらわ、これ、結構好きじゃ」

「でっっっっっっっっっ……しょ~~~~~~!!!!」

 日頃の英才教育の甲斐があったと、ツヴァイは飛び上がる。すっかり暗くなってしまったが、ここの、僕の自室だけはいつまでも明るかった。

 そして、ついには外が僕らの明るさに追いついた。

「徹夜じゃが?」

 どこかの狐の女はそう言った。



 電話の音。

「もしもし緑屋ですが」

「警視庁の死郎です。あなたたちに重要なお話を持ってきました」

「例の教団ですか」

「ええ。あの壱蘇会いちそかいです」

 そんな名前だったんだ……。

「あれを叩きます」

「それで何故、僕たちに連絡を?」

「ええ、どこかの妖狐ちゃんに頼まれまして」

 だるそうな声で死郎さんはぼやく。

「わらわたちを参加させなかったら世界を切り刻む、だそうで」

「うふッ」

「何笑ってるんですか……。まあ、今日明日くらいにこっちに来てください」

「三人で行けばいいんですよね?」

「まあそうですね」

 じゃ、という感じで電話は切れる。日差しに照らされた二人の寝顔が見える。正直言って、二人を物騒なことに巻き込みたくない、という気持ちがある。それでも、僕を押し切っていくのだろうけど。



「それでは、概要を」

 作戦のような、おおざっぱな突入作戦の概要が伝えられる。どうやら幹部級の教団員と僕らを1対1で戦わせるよう仕向けるつもりらしい。

「さすがにトップである、確か仮称を名無ななしとしていましたね、これはワタクシが引き受けます」

「いいや、わらわにやらせるのじゃ」

「……はァ……。好きにしてください」

 幹部は5人。そして名無とこちらで呼んでいる、因縁の男で合わせて6人。対してこちらも、僕ら3人に加え、八足、死郎さん、玄武君で6人。

「アナタにも戦ってもらうことになりそうです。申し訳ない」

 死郎さんはツヴァイの方を向いて頭を下げる。

「搦め手使いをご所望しちゃおうかな」

 呑気にツヴァイは返す。

「そして緑屋さん。アナタの強さがこちらで把握できていないもので…」

「まあ、よっぽどいけますよ」

「……子供の遊びではありませんよ」

「いいや、サンゾウはわらわと互角に戦えるくらいには強いぞ」

「えぇ!?即最高戦力!?」

「うむ、即最高戦力じゃ」

「ひぇ~~~。それでしたら、こちらは適当にカバーする形になりそうですね」

「よろしくお願いします」

 僕は深々とお辞儀をする。

「よろっす」

「よろじゃ」

 君たち軽くない?これからラスダンみたいなもんだよ?



 …そして決行の日。警察側の部隊に合わせ、僕らは幹部が待ち構えているであろう場所へと、別々に向かうことになっている。

「よォ相棒」

「巣じゃないか!無理はしないでね」

「誰に言ってんだァ!?俺よりも心配な見た目してるやつがいるよなァ!?」

 そう言いながら黒衣の少年の方を見やる。

「俺は本職の呪術師だ。舐めるな」

 玄武は鋭く八足の方を睨む。

「まぁまぁまぁ…」

 ツヴァイが仲裁に入る。思ったよりも素直に二人とも引き下がった。

「どう?きゅーちゃん、行けそう?」

「……」

 きゅーちゃんは答えなかった。教団の建物の方を向き、目を瞑って深呼吸している。僕はその隣に立ち、気合を入れ直した。きゅーちゃんが再び目を開くと、ちらりと僕のほうを見た。そして薄く、にやりと笑った。

「バッチリじゃ」

 そう時間が経たないうちに、大量の警察の何かしらの部隊がその建物に入っていく。その様子を見て、死郎さんは大きく声を出した。

「皆さん、決行の時間です」

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Two Plus きゅー 御前黄色 @Omaekissyo

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