第四幕:Take Me 現世
依塗矢市民病院、その閑散とした駐車場は今日に限ってやけに騒がしかった。その渦中には二人の男と黒いシルクハットをかぶった男、そして狐の妖怪の姿をした女がいた。狐の女、クレナイ・キューブリックは二人の男、黒衣の少年玄武と黒いフードの者死郎の前に立ちふさがり、シルクハットの男と対峙していた。
「その力はサンゾウのものじゃ」
「お前を殺すにふさわしい力だ」
そう言い、シルクハットの男は右手から緑色の雷光を放つ。キューブリックはその雷光を黒い尾で防いだ。そして、ゆっくりとシルクハットの男に歩み寄る。
「わらわはクレナイ・キューブリック。貴様の知っての通りじゃ」
「…その身体で
今度は両手から雷光が放たれた。同じようにそれも尾で防がれた。
「わらわはその技を知り尽くしておる。やるだけ無駄じゃ」
シルクハットの男が後方へと跳ぶ。そして白く輝く銀色のカプセルを取り出した。
「望み通り、お前の知らぬ力を使ってやろう」
そう言って、右腕に嵌められた腕輪から緑色に輝く銀のカプセルを取り外し、付け替えようとした。しかし、カプセルを持った左手から突然、血が噴き出した。反射的に手は開かれ、そこからふたつのカプセルが落下する。
「貴様ぁっ!」
シルクハットの男の目に、カプセルをめがけて飛び込んでくるキューブリックの姿が映った。その右手から生える爪々には、赤い血がべっとりとついていた。男は無傷の右手でカプセルを回収しようとする。その手がカプセルたちに届く瞬間と、キューブリックが男の横を掠める瞬間は、まったく同時であった。
「……無駄な努力に終わったようだな」
そう言うシルクハットの右手には白く輝くカプセルが握られていた。…そこにもう一つの、緑色に輝く方はなかった。
「いいや、最低限は達成済みじゃ」
「…チッ」
キューブリックは舞うように跳び、玄武と死郎の元に着地する。そして死郎に何かを手渡した。それは銀の、それも緑色に強く輝いているカプセルだった。
「ほら、さっさと行った行った!わらわはもう、…動けぬ」
キューブリックはその場にへたり込む。その尻尾は4本になっていた。
「はぁ~~~。無理をし過ぎです」
大きくため息をついた後、死郎は鎌を取り出し空を切り裂いた。そこから暗闇がのぞく。そして緑に輝くカプセルを投げ、それを鎌で両断した。
「その魂、もとあるべきへ帰れ」
二つに割れたカプセルは輝きを失い、地面のアスファルトに転がった。その中にあったであろう、肉眼では見えない魂は、鎌によって作られた暗闇を抜け、未だ意識の戻らない持ち主の身体に入り込んだ。
そして、僕は目覚めた。
起き抜けに戦闘というのも癪だが、きゅーちゃんが頑張っているのだ。僕は起き上がり、その手を握っていたツヴァイに少しだけ声をかける。
「おはよう」
「……もう、遅いよ」
彼女の顔を見る前に飛び出してしまったが、声からしてきっと涙は流していた。いや、余計な詮索だ。駐車場に降り立つと、やはりそこには黒いシルクハットをかぶった男がいた。
「貴様……なぜ生きている」
「まあ僕はいろいろとイレギュラーだからね、というのは冗談。ここにいる子たちが僕を今ここに立たせてる」
シルクハットの男はありえないといった表情を浮かべている。それもそうだ。きゅーちゃんが憑依で器用なことができるようになったのは1年とちょっと前の話だし、死神とコネがあるのもレアケースだ。ほんとに、よく頑張ってくれた。
「貴様の雷光、さては上位妖怪の類か」
「いいや、僕は人間だよ。魂が3倍大きいだけの」
やっぱり僕はイレギュラーかも。自分のことを改めて思い返してみるとそんな気がしてきた。
「気味の悪い存在め…、もう一度その魂をもらってくれる」
「今度はそう上手くいくかな?」
シルクハットの男は右手を前に掲げる。そこから氷の槍が飛び出した。僕はそれを雷で溶かしきる。久しぶりにしては上出来だ。
「!?」
「ときにシルクハットさん、あなたは怪異のように異質なものを、味わいたくはないかな?」
決まった。そのままのノリで僕は天から雷雲を呼び寄せる。
「怪奇現象、異常気象」
雨のように、緑色の雷が降り注ぐ。シルクハットの男は上手いこと全部避けていた。
「やるねぇ」
「……チッ、分が悪いか」
そう言って男は素早くカプセルを取り換える。そうして手のひらを地面に向けた。すると男の足元に穴が開き、そこから落ちるようにして姿を消してしまった。この間わずか数秒。
「上出来上出来、犠牲はマイナス1だしね」
そう言いつつ、僕はきゅーちゃんを抱き起しに行く。だいぶ無茶をしたようで、喋るのが精いっぱいといった感じだ。
「サンゾウ……!!」
「おはよう、ただいま」
その後会話が膠着した僕ときゅーちゃんに玄武が声をかける。
「ややこしいことは俺たちでやっておく、お前らは休め」
「俺たち……ワタクシもですか!?まあ一応警察ですから選択権はないんですが」
ありがたく時間を頂戴し、僕たちは病室に戻った。僕ときゅーちゃんの姿を見ると、ツヴァイは泣き腫らした顔からまた涙を流した。
「うう……私たちホントに辛くてヴェウバババァ」
「そんなに泣いてるの、初めて見たよ」
ツヴァイが泣いたところは、少なくとも僕は見たことがなかった。変な話かもしれないが、その泣き方は僕の気を緩めてくれた。
「ふふッ」
「何笑ってヴエッヴァンヴァン」
「……今日は三人で泊まる?」
「ヴェー…泊まる…グスン」
「ではわらわを労わってもらおうかのぅ」
先ほどまで僕がいたベッドに潜り込んでいるきゅーちゃんが言う。
その後は二人からいろいろ話を聞いた。例のシルクハットの男の足取りをつかむためにいろいろな事件に首を突っ込んでいたこと、それをやりやすくするために妖怪がらみ、怪異がらみの依頼を受け付けていたこと、シルクハットの男がどうやら教団を建てて下っ端に魂の回収をやらせているようだということなどだ。それから最近聞いているアーティストの話、やりこんでいるゲームの話……話題はついに尽きることは無かった。
「そういえば…一香と話したのじゃ」
「…!?詳しく」
突然爆弾を持ってこられたものだ。ツヴァイは寝てしまったが、せめて僕だけでも話を聞いておこう。
「一香がわらわに云ったのじゃ、あの男を止めろ、と」
「シルクハットのアイツかな」
「それも、殺さずに、とのことじゃ」
顔は暗くて見えないが、そこそこ真剣な表情をしているのだろう。あまり僕もふざけることは出来なかった。
「…それじゃあ、あまり事を急いてはいけないね」
「そうじゃな、下っ端の動きは止める。それで準備をしてヤツに会いにゆく」
「じゃあまずは街のパトロールと、依頼の募集だね」
「……カラオケなんてどうじゃ?」
「いいね」
「ナナシって呼ぶのはどうっすか」
銀縁の眼鏡を掛けている、青い髪の女性が言った。黄色のパーカーとズボンは身体より少し大きく、ダボついた出で立ちはまさにツヴァイといった感じだ。ソファの真ん中に居座り、話し相手である僕と、それからもう一人を見る。
「名案じゃな、そうじゃろサンゾウ」
ツヴァイの言葉に、白衣を着た学者らしき女が答えた。長く黒い髪と白衣は、まるで彼女が何か高名な人間であるかのようだ。実際は学部1年であるが。服装のわりに似合わない、その額に着けた赤いゴーグルが印象的だ。その女、僕はきゅーちゃんと呼んでいるが、それがポテトを食べていた僕に問いを回す。
「え僕?呼びやすくなるしいいんじゃないかな」
短い白髪の青年こと緑屋三蔵、つまり僕は曖昧に答える。今の僕の恰好はというと、キース・へリングの絵が描かれたTシャツに紺のジーンズである。言ってしまえば応急処置だが、まあこの美形に似合っていないわけでもないだろう。僕が再びポテトを食べ始めた辺りで、ツヴァイが入れた曲が流れ始めた。
「ということで、レパートリーが切れがちな私が今回歌うのは"Take Me Out"」
唐突なギターのイントロ。
「相変わらずかっこいいのしか選ばんのぅ」
「同感」
カラオケボックスの一室で、僕たち3人は決して被ることのない選曲をし続けた。時間もあと15分という頃、ツヴァイの携帯が鳴った。流れていた曲を止め、ツヴァイが携帯をとった。
「はいもしもし」
ツヴァイの携帯の音を聴こうと、きゅーちゃんは耳を寄せる。
「はいはい……了解です」
「依頼じゃな?」
「そう」
顔を寄せあったまま二人は会話する。この一年間でますます距離が縮まったようだ。
「死郎さんから、天然モノの怪異…野生の妖怪かな、が近所の小学校で目撃されたみたい、だって」
「討伐……ではなさそうじゃな」
「うん、恐らくそいつの魂を狙いに誰かしらやってくるだろうから、来たやつをとっちめてくれ、だって」
きゅーちゃんはゆっくりと立ち上がり、そのまま部屋を出る。僕とツヴァイはその間に荷物をまとめたり片付けたりした。しばらくして、きゅーちゃんが部屋に戻ってくる。
「準備完了じゃ」
きゅーちゃんは着慣れた服、赤い浴衣に着替えていた。やはりこちらの方がきゅーちゃんらしい。
「ではいざ、小学校へ!」
そう言って僕たちはカラオケボックスを出た。
日が傾き始め、蝉の声が聞こえ出した時刻、僕たち三人は小学校の校門の前に立っていた。年季の入った建物からは、そこはかとなく妖力が感じられる。
「蜘蛛男以来じゃな」
「さあ行くぞ」
僕、続いてツヴァイ、そしてきゅーちゃんが校門を飛び越える。すると、その背後でべしゃりと結界の降りる音がした。
「そういえば、この結界は誰のものなんだろ」
そう呟いてツヴァイは音のする方を振り返った。そして驚いたように声をあげた。
「げっ!?」
「なんじゃ…げっ!?」
きゅーちゃんも同じ反応をする。彼女らの視線の先には、蜘蛛のような怪物がいた。
「よう、久しぶり……でもねぇなぁ」
「…何しに来たの」
「刑務作業代わりに、お前らと協力しろって言うんだよあの警察官よぉ」
「まぁ、これも巡り合わせじゃな……」
そう言うきゅーちゃんの顔はあまり穏やかではない。笑顔を見せようとしているのだろうが無事引き攣っている。
「オラ、さっさと行くぞ、俺は刑務所送りはごめんなんだよぉ……誰だオメェ見ねぇ顔だな」
今!?まあいいけど。
「僕はこの子たちの友人だよ、今日はよろしく」
「結界は張っておいたからよ、侵入者は分かるはずだぜ」
「いいね、じゃあとりあえずは一緒に行動しようか」
「ケッ、野郎とつるむのは乗り気はしねぇが」
「ほらそこに」
僕が指をさした先、そこにはきゅーちゃんとツヴァイがいるのだが、ツヴァイの方はきゅーちゃんに隠れ、きゅーちゃんは相変わらずご機嫌斜めな表情をしている。
「この子たちも一緒だから乗り気もするだろ?」
「生憎そこのお二方と感情は同じくしているぜぇ?俺は後がねぇからやるけどよ」
水と油レベルで馴染めなさそうな空気の中、僕と蜘蛛男、そしてツヴァイときゅーちゃんという塊で四人は校舎へと向かう。でも僕は、この蜘蛛男に対しては嫌悪感というより興味があった。
「君、名前は?」
「ずいぶん慣れ慣れしいじゃあねぇか」
「まあ一時的にせよ、相棒的な役割になりそうだしね」
「相棒……か」
何かを思い返すように蜘蛛男が上を向く。校舎を目前にしたあたりで再び、蜘蛛男が口を開いた。
「
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