限界OLとロフトに住み着く悪魔ちゃん

@baisati

限界OLとロフトに住み着く悪魔ちゃん

 やばい、今すぐロリッ子の太ももに顔を埋めないと死んでしまう!

 私に残業を押し付けて帰ったハゲ上司の机に負の念を送ってから、エンターキーを無駄に力強く叩く。


 何が彼女の記念日だからあとよろしく、だ。

 仕事もできて、街を歩けばスカウトされる私に低身長で幼い顔にちょっとしたかっこよさを携えた彼女がいなくて、赤外線が反射する頭で加齢臭のするてめーに彼女がいるわけねーだろ!


 いくら心の中で叫ぼうが、帰る時間が早くなるわけではない。

 明日は二週間ぶりの休みなんだ。

 溜まっている漫画にアニメ、洗濯にゴミ捨てまでしなければいけない。

 月に一度あるかないかの休みを、寝るだけで過ごすなんて愚の骨頂だ。

 そのためには、ある程度行動力を残さないといけない。

 十分な睡眠を取るために必死に指を動かすが、結局仕事が終わり、家に着いたのは日付が変わったころ。


 鍵を閉めてローファーを履き捨てる。

 その時点で足に力が入らなくなったが、安眠を求めてベッドまで這いずる。

 そんな思いとは裏腹に、ベッドを前にして腕に力が入らなくなった。


 もう駄目、限界。

 あーあ、明日は体がバキバキになるんだろうな。

 化粧もしたままだし、服も皺々になっちゃう。

 まともにベッドで寝たのって何日前だろ。

 こんな生活続けたら、私死ぬんじゃない?

 乾いた笑い声が廊下をこだまする。


 生まれて25年、彼女の一人もいたことないし、告白しても「同性はちょっと」とか「佐藤のことは好きだけど、友達としてだから」と振られるばかり。

 うう、もう天使でも悪魔でもいいから私を慰めてよ。

 そんなことを願っていると、自然と涙が頬に流れる。

 目尻から垂れる液体に年を感じ、この世に希望を見出すことができず、意識をシャットダウンした。



 目を覚ますと、自分の体が布団に包まれていることに気がついた。

 体を起こしても、骨が音色を奏でないことに感動しつつ、寝ぼけた頭で周りの状態を確認する。


 昨夜、私は確実に床で眠っていた。

 限界を迎えた体で、無意識にベッドへ向かえはしない。

 カーペットには服もきっちりと畳まれていて、今はキャミソールとショーツのみ。原因が理解できず、二度寝をしようとベッドに潜るが、台所から金属音が聞こえてきた。


 もしかして不法侵入者か⁉︎

 人の部屋に侵入しといて、することが家事と私の世話なだけとは、どんな変態なんだ。

 ささっと部屋着を着てスマホ片手に台所を覗くと、そこには背伸びをして味噌汁を作っている幼女っぽい何かがいた。

 黒のくせ毛のボブカット、黒い角を二本生やし、その間にアホ毛が一本。

 澱みのない黒の瞳に、発光していると見間違うほど繊細な肌。

 私のTシャツを膝まで覆い、ひょこっと見えている漆黒の尻尾を振りながら、台所と同じ身長で足を伸ばし、鼻歌を歌いながらお玉を動かしている。


 私の理想がそこにいた。

 まさか、神様が私の願いを聞いてくれたのか。

 仕事で疲れた私に天使、いや悪魔を使いに出してくれたんだ。

 感動のあまり、スマホがするりと手から落ちた。

 その音に反応して幼女がこちらを向き、屈託のない笑みで、


「待ってて、おねーちゃん。すぐにできるから、寝ててもだいじょーぶ」


 あどけなさの残る声で、おねーちゃん……おねーちゃんだと⁉︎


「う、うん。ありがと」


 あまりのインパクトに質問することができなかったが、ロリッ子に待ってねと

言われたなら従うしかない。

 正座で待機していると、台所から「えいしょ、えいしょ」と白ごはんに味噌汁をお盆に乗せて運んできた。


「おかず、何もなかったからこれだけになっちゃった」

「いいのいいの。そんなことより、なんで悪魔ちゃんが私の家に?」


 一目見ただけだけど、明らかに本物だとわかる角に、白い部分のない眼。

 この世のものではない存在が家にいて、家事や私の世話をしている意味がわからない。

 湯気が立ち上るご飯よりも先に、この子がいる理由を聞いておかなければ、この子の可愛さと不気味さでまともに生活ができない。


「お、おねーちゃんは超能力者なの⁉︎」


 しかし、返答は予想外のものだった。


「へ? ちょーのーりょくしゃ、私が⁉︎」


 驚きのあまり声が漏れ出す。

 思考を続けていると、私の太ももに手を置いて顔を覗いてきた。


「だってだって、まだ話してないのに、ボクの名前を知ってるんだもん」


 名前……まさか本名が悪魔ちゃんなんて馬鹿なこと言わないよね。

 幼女は尻尾と体を交互に揺らして、ワクワク感を隠さずにこちらを見続けていた。

 しばらくすると、幼女は身を引いて、自分の指を見つめながら一本一本折り曲げ始めた。


「パパは悪魔くん、ママは悪魔さん、おにーちゃんは悪魔チャイコフスキーで、ぼくは悪魔ちゃん! でねでね、ママが百歳になるんだから、人間の一匹ぐらいドレイにしなさいって家を出されたの。でもボク、自信なかったから、一番死にそうな人を捕まえようって探してたら、死にそーなおねえーちゃんを見つけたの!」


 元気な声で死にそーなと言われても、悪魔チャイコフスキーの名の方が驚きが大きかった。

 死にそうなのは私が一番自覚している。


「もし……、もしもの話だよ。私が死んだら悪魔ちゃんはどうするの」

「ん? おねーちゃんをぼくの奴隷にして永遠に働かせるの!」


 この子、いや、この悪魔本気だ。

 面と向かって、死んだら奴隷として働かされることを言われ、心がポッキリと折られそうになったが、まだ死ぬと決まったわけじゃないんだ。ポジティブに考えよう。


 私の死因は過労だ。

 ならば、その原因を排除すれば、私はまだまだ生きられる。

 生きている間は、合法ロリ世話焼き悪魔ちゃんと同棲を楽しめる。

 だったらやることは一つ。


「だったら悪魔ちゃん。やくそ……契約しよう。私が死んだら奴隷になってあげる。その代わり、私が死ぬまで悪魔ちゃんは私の彼女になってよ」

「いいの? ありがと!」


 キャ、きゃわいい!

 両手をいっぱいに広げ、ぎゅーと私を抱きしめてきた。

 コルセットに絞められた感覚が襲ってくる。

 私は歯を食いしばり、手をぴくぴくと痙攣しながら、悪魔ちゃんの背中に手を回す。


 悪魔ちゃんの体、めっちゃあったかい。

 髪からは土のような匂いがするけど、そんなのもの関係ない。

 幸せな気持ちで死にそうになるが、下乳に突き刺さる角の痛みが私を生き返らせる。


 しばらく悪魔ちゃんの肉体を堪能してから、膝の上に置いて箸を持つ。

 胸の位置に悪魔ちゃんの頭があって食べにくいが、数年ぶりの手料理の温もりを感じながら、サラサラの髪や角を撫でる。

 悪魔ちゃんは首を傾けてこちらを振り向き、窮屈そうな顔をした。

 庇護欲を掻き立てられるが、ずっとこの状態だと申し訳ないので、大人しく悪魔ちゃんを解放する。

 悪魔ちゃんは背伸びをしてから、とことこと歩き、常備されているロフトに繋がる梯子に手を掛けた。


「この上には何があるの?」

「ロフトっていう小部屋。悪魔ちゃんはそこで寝たらいいよ」

「ロフト……ボクの部屋」


 高なる声で梯子を手で掴みながら上がっていく。

 揺れるお尻を下から眺めていると、ロフトに放置していた性癖の集まりの存在を思い出す。

 引き留めようと梯子に手を伸ばすが、すでに悪魔ちゃんのお尻が見えなくなって、ゴソゴソと何かを探している音が聞こえてきた。


 やがて、ロフトから音がしなくなり、口の中に唾液がたまる。

 喉を鳴らして顔を上げると、ロフトから身を乗り出して一本のゲームソフトを天に掲げる悪魔ちゃんがいた。


「これがゲームってゆーの? 初めて見たの! おねーちゃん、ボクやってみたい!」


 真っ黒な瞳孔を動かしながら見せてきたのは、キャラクターが好きで買ったが、あまりのコンボの下手さに放っておいた格闘ゲーム。


「だったら、おねーちゃんが手取り足取り教えてあげるね」


 期待に膨らむ悪魔ちゃんに、できもしないことをドヤ顔で言い放つ。

 わーいと両手を上げて、ロフトからひょいと飛び降りる悪魔ちゃん。

 慌てて手に持っていた茶碗を投げて受け止める体制をとるが、悪魔ちゃんはふわふわと空中を浮遊し、階段に頭をぶつけた私を越してベッドの上に着地する。


 悪魔だから空も飛べちゃうんだ。

 そういうことならもっと早く言ってほしかったな。

 何はともあれ、私が死んでしまうまでは本物の彼女と遊ぶことができるんだ。

 合法だとはいえ、流石にえっちなことはしないでおこう。

 悪魔ちゃんがゲームを起動している間に床に散らばった白米を片づけ、食器を水につけておく。


「動いた、動いたよ!」


 悪魔ちゃんはコントローラーで風の音を響かせる。

 私は埃の被ったアーケードコントローラーをウェットティッシュで綺麗にし、胡座に組んだ足の上に置く。

 バトルのセッティングを完了し、対戦しながらコンボについて教えることにした。

 

「おねーちゃんが弱いの? ボクが強いの?」


 テレビにはパーフェクト・ゲームとリザルト画面が表示されている。

 私がめちゃくちゃ下手とはいえ、さっき覚えたばかりの幼女に一度も攻撃を当てることができないなんて。


「も……」


 もう一度と口を動かそうとしたが、これ以上やられるとメンタルが回復できないと思い、唇を噛んで悪魔ちゃんにアケコンを渡す。


「こっちの方が戦いやすいよ。ネットで対戦できるからおねーちゃんよりも強い人と戦ってみて」

「でもでも、おねーちゃんが暇になっちゃう」

「おねーちゃんは悪魔ちゃんが勝つ姿を見たいなぁ」

「うん! じゃあきちんと見ててね」


 正午を回った時間。

 お腹も空いてきたので買い物に出かけようとしたが、悪魔ちゃんを家に一人ぼっちにさせたくはない。

 だけど、目立つ角を隠せるような帽子は持っていない。

 口に手を当てて唸り声を出すと、対戦相手をボコボコにしている悪魔ちゃんが、


「お腹減ったのならボクも行く。悪魔の姿は死に近い人間か、ボクの感情がすんごいことになってるとき以外見えないから平気なの」


 淡々とコンボを決めていた悪魔ちゃんが対戦中にも関わらずゲームの電源を落とす。

 じゃあいっかと、私も外出する準備を始めた。

 シャワーを浴びていると、ふと悪魔ちゃんの言葉に疑問が生まれた。

 悪魔ちゃんがくっきり見えているのは、私が死に近いから……だったら私が死に遠のいた場合、悪魔ちゃんと遊ぶことができなくなるんじゃ。


 生死を天秤にかけようとしたが、頭から疑問を振り払ってシャワーを止める。

 私は知っている。

 人は死に近づくことは簡単だが、生き続けることは難しい。

 私が会社を辞めなければ、悪魔ちゃんは目の前に居てくれる。

 そんな簡単なことで、楽しい時間が長引いてくれる。

 これ以上悪魔ちゃんを待たしたくなかったので、バスタオルで体を拭いて洗面所から出る。


 メイクや着替えをしてから、悪魔ちゃんと手を繋いで太陽の日を浴びる。

 道中人とすれ違うが、悪魔ちゃんに視線がいくことは滅多になかった。

 悪魔ちゃんに気づいた人も、ただ目を向くだけでリアクションなどは一切ない。


 私はその人に心の中でお疲れ様と呟き、悪魔ちゃんを抱っこする。

 悪魔ちゃんはあたふたしていたが、私が両手で体を包み込むと、腕を掴んでにっこりと口角を上げた。


「力を使わずにこんな目線になったの初めて。急にどーしたの、おねーちゃん」

「そうだね。悪魔ちゃんがどうやって部屋に入ったのが気になってね」

「ん? すーって通り抜けたの。悪魔にとって、この世の物質は物質じゃないの。んーとね、例えば、人の欲や、気配、寿命てゆー概念的なものは、ボクたちにとって物質になるの。実際にやると」


 人が水の中に手を入れる時と同じように、慣れた手つきで悪魔ちゃんが私のお腹に手を突っ込んだ。

 触られている感触はないが、気持ちのいいものでもない。

 悪魔ちゃんがえいっと何かを掴んで引っこ抜くと同時に、私の視界は暗闇に満ちた。


 人生初の出来事に戸惑いながらも、頭から倒れないよう壁にもたれる。

 悪魔ちゃんを抱いていたことを忘れ、自分の存在を確かめるように手で顔を触る。


「概念である五感のうちの視覚を物質としておねーちゃんから取ったの。こうやって人が触れないものを触ったり、逆に人が触れるものを触れないようにしたりできるの」

「わ、分かったから早く戻して!」


 なりふり構わず叫ぶと、すぐに視界に光が戻った。

 周りの視線を感じ、地面に女の子座りしていた悪魔ちゃんの手を取り、足早にその場を去る。


 駄目だ。

 悪魔ちゃんは悪魔なんだ。

 私の尺度で生きていないんだから、何をされるか想像もつかない。

 もっとこの子との付き合い方を考えないと。



「たこさんの入ったたこ焼きだよ〜。おっきく口開けて」

「ほあぁぁ。あつあつでおいしーの」


 ショッピングモールで二つのビニール袋をパンパンにした後、売店でたこ焼きを買って爪楊枝で一つ一つ悪魔ちゃんにあ〜んをする。

 買い物中何か大切なことを考えていた気がするが、忘れたってことは大切じゃないんだ。

 はふはふと口を仰ぐ悪魔ちゃんを眺めていると、


「おねーちゃんも、あ〜ん」


 悪魔ちゃんは机に片手を置いて身を乗り出し、私にたこ焼きを差し出す。

 傍から見れば、たこ焼きが宙に浮いている。

 上目遣いで必死に手を伸ばす悪魔ちゃんの姿を一生見ていたいが、こんな光景を長々と映し出されると、ネットに拡散されてしまうかもしれない。

 私は羞恥心を捨てさり、空中に浮いているたこ焼きを口に入れる。


「おいしー?」

「うん、おいしいよ」


 周りの奇怪なものを見る視線と、自分の行動から心に傷ができる。

 それから三つずつ食べ合いっこをしたが、たこ焼きの味を楽しむことはできなかった。

 家に到着して冷凍品を片づけると、悪魔ちゃんはすぐさまロフトに戻り、新たなゲームを発見すべく探索を始めた。

 私は元気な悪魔ちゃんを横目に、部屋着に着替えて残っている仕事を片付けることにした。


『ピピー』


 数年ぶりに聞く炊飯器の音で指が止まる。

 悪魔ちゃんがご飯を作ってくれたのか。

 椅子から腰を上げようとするが、ズボンにかかる力で膝が曲がらない。

 ズボンを引っ張る力の出どころを見ると、涙を浮かべる悪魔ちゃんがぎゅーと握っていた。

 訳もわからず頭を撫でてみると、悪魔ちゃんが痺れを切らしたようにズボンに顔を埋めて大声で泣き叫ぶ。


「いつまで立っても反応なくて……おねーちゃんが、みんなみたいにボクを無視したって……そんなことないよね」


 悪魔ちゃんは私を逃さないよう抱きしめ、子供のように嗚咽する。

 百歳だろうが、見た目通りの精神年齢なのか。

 意図せずとはいえ、何時間も無視してしまったら寂しくなるに決まっている。


「ごめんね。私が悪魔ちゃんを無視する訳ないじゃん。あっ、美味しそうな匂いがするなぁ。悪魔ちゃん、私の分を持ってきてくれない?」


 何を言っても力を緩める気が感じない。

 私は言い聞かすことを諦め、悪魔ちゃんごとズボンを脱いで、赤ちゃんをあやす様に抱っこする。

 足は寒いが、背に腹は変えられない。


「今日は何を作ってくれたのかな」


 と、話しかけながら台所へ向かう。

 鍋には野菜がゴロゴロと入ったカレー。

 ボウルにはブロッコリーとツナをマヨネーズで和えたもの。

 片手でお皿を用意してリビングに運ぶ。


 最中、悪魔ちゃんは指に口を咥えて目を向けてきたが、私が目を合わせようとすると、すぐに私の胸に顔を隠す。

 それを何度も繰り返していると、夕飯のセッティングが終わり、あとは『いただきます』をする状態になった。

 私がカレーを食べていると、悪魔ちゃんが「おいしい?」と上目遣いで訊いてきた。


「もちろん! こんなおいしいカレー初めて食べた! ほら、悪魔ちゃんも食べよ」


 悪魔ちゃんの口にカレーを近づけると、悪魔ちゃんは口を大きく広げた。


「食べひゃせてふれないの?」


 大きく口を開けたまま言う悪魔ちゃんに心を打たれながら、私はそっとスプーンを動かす。

 結局、悪魔ちゃんは最後まで私に抱っこされながらご飯を食べ続けた。


「なんでおねーちゃんズボン履いてないの?」


 と、食器を台所へ運ぶ悪魔ちゃんに疑問を持たれたが、早くお風呂に入れるようと嘘をついた。

 食器を洗い、悪魔ちゃんは一緒にゲームしようとコントローラーを手渡すが、ズボンを脱いでしまっているので、先にお風呂に入ることにした。

 そう言うと、悪魔ちゃんはか細い声で「そっか」と呟いた。

 俯く悪魔ちゃんを蔑ろにできず、悪魔ちゃんと一緒にお風呂に入ることにした。

 服を脱がすと、Tシャツの下に何も着ていなかったことに気がついた。


 子供用の下着を持っているわけがないので、お風呂終わりに買い物に行くことを決めた。

 二人で一人暮らしの浴槽は小さかったが、無理なわけではない。

 途中、悪魔ちゃんはシャンプーをすり抜けるようにして泡が目に入らないようにしたり、シャワーをすり抜けるようにしたりしたが、何とか全身を洗うことができた。

 髪を乾かし、ちょっとだけ対戦してから、ロフトに敷布団を敷いて悪魔ちゃんを寝かしつける。

 悪魔ちゃんの頬にキスをして、ロフトから降りる。

 布団に入ると、悪魔ちゃんの下着のことを思い出し、すぐにネットで注文をした。


 電気を消してからしばらくすると、悪魔ちゃんが布団に潜み込んできた。

 体を丸め、温もりを求めるように。

 私は悪魔ちゃんの頭に腕を敷いて、ベッドから落ちないよう引き寄せる。

 硬い角のせいで快眠とまではいかないが、深い眠りにつくことはできた。


 翌日、すやすやと眠る悪魔ちゃんの頭を撫でてから出社する。

 会社のことを伝えていなかったが、ゲームをして時間でも潰すと思い、今日も今日とて労働に勤しむ。

 終電までに仕事を終え、何とか日付が変わる前に家に帰ることができた。

 玄関を開けると、そこには無惨に広がる洗濯物に割れた食器。

 本当の不法侵入者かと思い、靴を履いたまま部屋に走る。


「大丈夫⁉︎」


 部屋の中も廊下同様荒れていて、机には目元を赤く腫らした悪魔ちゃんが女の子座りで眠っていた。

 私は靴を履いたまま悪魔ちゃんに近寄る。

 体を揺らすと、悪魔ちゃんが大粒の涙を流して抱きついてきた。


「怖かったよね? もう安心していいよ」


 泣き止まない悪魔ちゃんの背中を摩って落ち着かせる。


「おねーちゃんに何があったのか教えて」

「うぅ、おねーちゃんが居なくなったと思って……ずっと探してたの。やっと、やっとボクと話してくれたおねーちゃんが……消えて」


 涙ながら話す悪魔ちゃんを強く抱きしめる。

 私が大丈夫と思い込んだせいで、悪魔ちゃんが悲しんでしまった。

 彼女を心配させるのが彼女なら、彼女を安心させるのも彼女だ。

 悪魔ちゃんに心配させたなら、それを超えるほどの安心を与えないと。


「明日まで我慢できるかな。私も悪魔ちゃんが好きだからね」


 いつもと変わらぬ準備の他に、一枚の紙を鞄に入れてから靴を履く。

 いつも通りの仕事を終え、定時の時間になると、ハゲ上司が真っ先と席を立つ。

 私も同じように机を片付けて席を立つと、ハゲ上司がわざわざ声を掛けてきた。


「何帰ろうとしてる? まだ仕事が残っとるだろ」

「ええ、でも私、帰らないといけないんです」

「独り身の分際で用事とはなんだ」


 嘲笑まじりに話すハゲに、私ははやる気持ちを抑えて淡々と口を動かす。

「独り身? いえいえ、私、彼女いるんです。とっても寂しがり屋で、可愛くて無邪気な彼女が」

「は? 彼女だぁ? ふざけんのも大概にしろ!」


 唾を吐きながら部屋中に響く醜い声。


「ふざけてないです。あとこれ、退職届です。受理しようがしまいが、明日から来ませんが」

「そ、そんなこと認められるか!」


 私だってこんな形で出すのは非常識なことは理解している。

 だけど、この上司が今までにしてきてことに比べれば些細なことだ。

 ハゲが額に血管を浮かべ、退職届を破こうとしたが、何かを見たハゲは手を止めた。


「ん? なんだこのガキは」


 ハゲが指を差すところには、羽を広げた悪魔ちゃんがいた。

 いつの間に付いてきていたのか、こんな時間まで隠れていたなんて。

 ちょっと待って……何でハゲに悪魔ちゃんが見えているの。

 こいつが死ぬほど苦労していることなんてあるわけないのに。

 もしかして。

 私が悪魔ちゃんを止める前に、悪魔ちゃんは力一杯叫ぶ。


「あなたが……ボクのおねーちゃんを返して!」


 その声と重なるように部屋の窓が全て粉々に割れる。

 腰を抜かしたハゲは尻餅をつき、顎をカクカクと上下させる。

 そのおかしな姿に笑みが溢れ、何もかもがどうでもいいように感じた。


「何も言わないなら、ボクたちは帰るの」


 悪魔ちゃんはお腹を抑えて笑う私をお姫様抱っこし、窓から飛び降りる。

 翼を広げ、満天の夜空を宙に舞う。

 地上10階から見下ろす景色は、これからの人生を祝福してくれている。


「おねーちゃんを奴隷にするのは止めるの」

「いいの? 本当の家に帰れないんじゃ」

「いいの! 帰ったらゲームできないし、おねーちゃんと遊べないもん!」


 低身長で、幼い顔にちょっとしたかっこよさを携えた彼女が私にできたんだ。

 こんなに頼りになって、頼ってくれる存在が私を強くしてくれる。


「ゲームの前に、とりあえず部屋を片付けよっか」


 ロフトに住み着く悪魔ちゃんがいる限り、私の世界は輝き続けるんだ。


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