第43話 エピローグ 超人日和


「それにしてもあの飛燕って奴あ一体、何を求めてたんでしょうねえ。……おっ、うまい。ボス、俺は酸っぱいのは苦手なんですがこいつはいけます」


 金剛が私のこしらえたピクルスサンドを頬張りながら、指でグッドのサインを作った。


「そう、良かった。ちょっとお手軽だけど作ったかいがあったわ」


 今回の調査はさすがに打ち上げをするという雰囲気ではなく、私はカナッペにピクルスサンドという超お手軽メニューでお茶を濁すことにしたのだった。


「ふん、酸っぱいのが苦手なのはお前の舌が子供だからだろ。……うん、おいしい」


「なんだと、喧嘩売ってんのかワン公。おまえなんざドッグフードで充分なんだよ」


「なんだと筋肉人形」


「うるせえ雑種犬」


「ちょっと、ようやく事件が解決したばっかりなんだから、やめて。……飛燕が何を求めていたかは本人がいなくなっちゃた以上、想像で補うしかないわね」


「超能力なんてのは、持っていても特にいいことはないと思いますがね」


 荻原がクラッカーを噛み砕きながら他人事のように言った、その直後だった。不意に扉が開いて思いがけない人物が姿を現した。


「あの……調査が終了したって聞いて、お礼を言いに来たんですけど」


 現れたのは伊妻修吾の助手、雪乃だった。


「雪乃さん……」


「変ですよね、そもそも『古代神獣の杖』を盗ませたのは修吾さんなのに、私が元の場所に戻って嬉しいだなんて」


「そんなことないですよ。きっと伊妻さんもこれからは考えをあらためて、お父様の生き方を見直すようになると思います」


「だといいんですけど……」


「雪乃、やはりここにいたのか」


 咎めるような声と共に部屋に入ってきたのは今、まさに話題に上っていた人物――伊妻修吾だった。


「伊妻さん、入る時はノックをするとか何か合図をお願いします」


「あ、すみません。つい興奮してしまって……探偵さん、どうして杖を回収したことを雪乃にだけ伝えて僕に教えてくれなかったんです?うまくすれば父や鬼渕さんと交渉して、杖を買い取れるチャンスだったのに」


 私は呆れて二の句が継げなかった。雪乃から杖を取り戻した経緯を聞いていれば、あれがビジネスに使っていい杖かどうかくらいすぐわかるだろうに。


「……こう言ってはなんですが、あの杖はあなたには荷が重いと思います」


 私がぴしゃりと言うと、途端に修吾の目が険しくなった。


「探偵さん、あなたまで親父と同じことを言うんですか。……まったく誰も彼もみんな、頭が古すぎます」


「今頃わかったんですか?お父様も雪乃さんも……私たちもみんな、『古代種』なんですよ」


「古代種……」


 私の答えが予想外だったのか修吾は一瞬、ぽかんとした表情を見せた。


「雪乃君、どうやら君が調査を依頼した探偵は、そこいらの興信所よりはるかにポンコツな組織のようだ」


 修吾が溜まった憤懣を一気に吐き出した瞬間、私の中で何かがぷつんと切れた。


「伊妻さん、今の言葉は聞き捨てなりませんね。確かに普通の浮気調査なんかであれば、わが社はおっしゃる通りポンコツかもしれません。ですが……」


 息を思いきり吸った私の手に、なぜか久里子さんが自分の使っていたモップを手渡した。


「――どこの世界に超能力を使う怪物と渡り合える探偵がいるって言うんだよ!」


 私がモップで思いきり事務所の床を叩くと、修吾は「ひっ、す、すみませんっ」と言って逃げるようにその場から姿を消した。


「……素敵な小道具をありがとう久里子さん。ところでこれは、何て言う杖なのかしら?」


 私が冗談めかして尋ねると、久里子さんは「そうだねえ」と腕組みをして天井を見上げた。


「超能力探偵を操る所長の杖――超人使いの杖ってところじゃないかね」


 私は洒落たネーミングに頬を緩めると、部下たちに向かってモップを「えい!」と振った。


               (了)


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