第42話 さらば忙しき女よ


「うわあ眩しい」


 洞窟から一歩外に出た私は、外の世界の明るさに思わず目を覆った。


 陽射しを受けて輝く緑は生命の悦びに満ちていて、私は本能的に「この美しさは選ばれた生き物のためだけにあるのではない、全ての生き物のためにあるのだ」と思った。


「……ボス、前の方に何かいます」


 石亀が抑えた声音で私に告げ、前方に目を凝らした私はそこに見える「影」にはっとした。


 ――神獣!


『人ヨ、『オヤガミサマ』に会ッタノカ』


「会ったわ。でも『聖洞』に行く前に抱いてたイメージと、ちょっと違ってた。……今は『オヤガミサマ』なんて存在はいなかったと思ってるわ」


 私の発言に周囲は一瞬、「何を言ってるんだ?」と言わんばかりにざわついた。


「あの地底湖は人工の水槽で、『オヤガミサマ』はグライアイたちのこしらえた『キメラ』――そうでしょ?」


『……ワカッテイタ。ダガワレワレモ信ジタカッタノダ。『純血種』ガ、モウ一体イルト』


「そのことだけど……『純血種』はたぶんこの杖になった一体が最後で、本当はもう一体も残ってないんじゃない?」


『……ソノトオリダ。シカシワレワレトシテハ、ホロビノ道ヲ往キハジメテイルトイウコトヲ、ミトメタクナカッタノダ』


「滅びの道なんかじゃないでしょ」


『エッ?』


「だってこの「杖」もあるし、あなたたちもいるわ。『純血種』じゃなくたって『古代種』はいるんだもの。人間と力を合わせて「杖」を守って行けばいいのよ」


『ヒトガワレワレヲ、ウケイレテクレルトイウノカ』


「それはわからないけど……でも、私たちだってあなたたちと同じように「超能力」を使う変わった人間なのよ。それでも今まで何とかやってきたし、人にできて『古代種』にできないわけがないわ。だって……私たちよりずっと古い生き物なんですもの」


『キョウゾンノ道カ。 ……ナルホド、サガシテミルノモワルクナイ』


 神獣がそう漏らした瞬間、下の方でごおーっという滝が流れ落ちるような音が聞こえた。


「今の……何?」


『ガケニ穴ガアイテ、タマッテイタ水ガフキダシタノダ』


「そうだったの。だったらなおのこと、急いで下りなくちゃ。下山と滝下りを一緒にするほど器用じゃないもの」


 私は神獣に「じゃあこの「杖」は下にいる「ヒト」に預かってもらうけど、いい?」と尋ねた。


『アア、カマワヌ。コンゴトモヨロシクタノム』


 私は神獣に「じゃあ、またいつかね」と笑いかけ、「さあ行くわよ精鋭諸君。探偵は事務所に着くまでが調査です!」と檄を飛ばした。


                  ※


「監督、ご無事だったんですね?」


 久々に撮影クルーが再集結した合宿所で、出迎えたリサが言った。


「それにしても探偵さん、よく敵の中に飛び込んで無傷で戻ってこられましたね」


 目を丸くして私たちの「報告」を聞いていたあゆみは、信じられないという表情で言った。


「運が良かったのよ。それにうちの調査員たちは精鋭ぞろいだし」


「はあ……」


 あゆみが私の説明に困惑したような相槌を打った、その時だった。


「クリコ、どうしても戻ってしまうのかい?」


 少し離れた場所で久里子さんとやり取りを交わしていたライルが突然、大きな声を上げた。


「当たり前じゃないか。いつまで未練たらしいことを言ってるんだい。諦めが悪いよ」


「じゃあ一つだけ教えてくれ。探偵社の仕事に映画より魅力的な物があるとしたら、それはなんなんだい?」


「そうだねえ……」


 久里子さんはしばし黙って宙を見つめると、「あたしが事務所をピカピカにしておくとその分、調査もはかどる気がするんだよ。まるで自分も関わったみたいにね」と言った。


「え……たったそれだけかい?」


 ライルは目を丸くすると、信じられないと言うように両手を広げてみせた。


「それだけだよ、クリストファー。華やかな世界の方が他の世界と比べてやりがいがあると思っているのなら、そいつは間違いさ。ちやほやされなくたって誰かの役に立ってるってだけで、カメラの前に立ってるのと同じくらいやりがいを感じられるものなんだよ」


「そうか……君がそこまで言うのなら、きっとそうなんだろうね。……でも僕は諦めないよ、クリコ。いつか必ず君をカメラの前に連れ戻してみせる」


 ライルはトラブルを乗り越えたことでかえって情熱が高まったのか、目を輝かせて久里子さんに詰め寄った。


「勝手におし。……全く聞き分けのなさといったら怪物並みだね。……あたしにゃ退治できそうもないから、この辺で退散させてもらうよ」


「いいともクリコ。また機会があったら時の向こうを一緒に観に行こう」


 私はそそくさとライルの元を離れた久里子さんに近づくと、「それじゃみなさん、素敵な作品を作ってください。色々ありがとうございました。さようなら!」とクルーに挨拶した。


「久里子さん……本当によかったんですか?監督の誘いを断って」


 私が尋ねると、久里子さんは心外だと言わんばかりに「おや、そんなことを言うってことは、あたしがいなくなっても大丈夫だってことかい?」と逆に問いを投げかけてきた。


「えっ、そういうわけじゃないですけど……」


「だったらいいじゃないか。いいかい、あの事務所を綺麗に保つのにはね、熟練の技が欠かせないんだよ。そう――超能力なんてなんの役にも立たないくらいね」


 久里子さんは得意げに言うと、どんな名女優も敵わないほど魅力的なウィンクを寄越した。


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