第41話 そして一人いなくなった


「……えっ?」


 振り返った私が目にしたのは、どこに隠し持っていたのか超小型のビデオカメラで洞窟内を撮影しているライルの姿だった。


「いいかげんにおしよクリストファー!」


「クリコ、映画人として、こんなすごいチャンスを逃すわけには……うわっ!」


 突然、落ちて来た石がライルのカメラを叩き落とし、カメラは岩場を転がってすり鉢状の穴へと姿を消した。


「カメラが……」


「どうせ大したものは映っちゃいないよクリストファー。命あっての物だねだろう?」


 久里子さんがまだあきらめ切れない様子のライルを宥めていた、その時だった。ひときわ大きな振動が二人のいるあたりを揺さぶり、天井の一部が大量の土砂となって降り注いだ。


「危ない、クリコっ」


 咄嗟に動いたライルが久里子さんに覆いかぶさった瞬間、土砂が雪崩のように二人に襲いかかった。


「久里子さん!ライルさんっ!」


 私が思わず二人の名を呼ぶと、「ボス、下がってください!」と石亀の声が聞こえた。


「石さん、久里子さんたちが!」


「ぬうううっ」


 石亀が唸り声を上げた途端、二人を覆っていた大量の土砂が爆薬で吹き飛ばしたかのように一瞬で飛び散った。


「二人とも、しっかりして!」


 私が呼びかけるとまずライルが身体を浮かせ、その下から小柄な影がもそもそと這いだして来るのが見えた。


「久里子さん!」


「……ちょっとクリストファー、もう少し隙間を空けとくれ。出られないじゃないか」


 久里子さんはライルの下から這い出すと、放心しているライルの汚れを丁寧に払った。


「クリコ……」


「まったくあんたときたら無茶ばかりして、昔から少しも変わってないね」


「クリコ、こんな時に何だが、映画に出演してくれないか。僕は何としてもあの頃の君の輝きを再現したいんだ」


「まだそんなことを言ってるのかい、クリストファー。過去なんてものはCGだのなんだのを使っていちいち再現するようなものじゃないんだよ」


「でも、そんな技術でも使わない限り、僕らはあの時代に戻れないじゃないか」


 ライルが子供のように拗ねてみせると、久里子さんは「そんなことはないさ」と呆れたように返した。


「いいかい、クリストファー。こうやって二人で昔の話をするだけで、あたしたちはあの頃に戻れるんだ。時を超えるのに、特別な力なんていらないんだよ」


 久里子さんは目をぱちぱちさせているライルに向かってそう諭すと、「さ、行くよ。昔からあんたは遅刻はするわ撤収はもたつくわ、本当に手がかかる人なんだから」とつけ加えた。


                  ※


「ほこら」に戻った私たちは大所帯のまま、ひんやりした洞窟の中で息を整えた。


「久里子さん、『雷獣の杖』はこの「ほこら」に戻そうと思うんですけど、いいですよね?」


「ああ、そうするのが一番いいと思うよ」


「こっちの『古代神獣の杖』は今まで通り杖斎先生の道場に戻すってことでいいのかな?」


「あたしはそれがいいと思うけどね。……まあ、ここの管理人さんが一番詳しいだろうから、下に降りたら聞いてみるといいよ」


 私は「ほこら」の中にある刀掛けのような台に『雷獣の杖』を戻すと、「二度と悪い人たちの手に渡りませんように」と手を合わせた。


「さあ、『古代獣』やら『オヤガミサマ』やらのいる世界とはここでお別れよ。下の世界に戻りましょう」


 私が号令をかけると、「あのう……俺はこの木偶の棒といっしょに「飛ばされて」来たんで下り方がわからないんですけど」と大神が言った。


「あっ、そう言えばそうだったわね。ウルフはともかく、コンゴはあの鎖……大丈夫かな」


「鎖ってなんです?」


 金剛が明らかに事情を知らなさそうな表情で疑問を口にすると、隣にいた古森が小声で「金剛さんを上から下まで運ぶのは、私でも無理です」と囁いた。


「ええと……崖を上り下りするための鎖が一応、あるんだけど。コンゴの場合、瞬間移動で降りるにしても私が先に降りてピンチになる必要があるわけだからちょっと面倒よね」


「そうまでして飛びたかないですよ、ボス」


「うーん。困ったな……」


 妙案が浮かばずあたりを見るともなく見ていた私はふと、あることに気づいた。


 ――ウルフが、いない?


 私が大神の姿が見えないことを訝った次の瞬間「わん!」という吠え声がして、金剛の姿が目の前から消え失せた。


「嘘……飛んじゃったの?コンゴ」


 私は金剛のいた辺りで身を縮こまらせている黒い犬に気ぢき、そういうことかと納得した。


「ウルフ……あなたがやったのね?」


 私が問い詰めると黒い犬は「だってほかに方法がないじゃないですか」と言わんばかりに「くうん」と情けない声を出した。


 もう、おわかりだろう。巨漢コンゴこと金剛は、犬が(どれほどミニサイズであったとしても)大の苦手なのだ。


「……まあ、やっちゃったことはしょうがないわ。コンゴに関しては後で消息を確かめるとして……私たちもさっさと下に降りちゃわないとね」


 私は部下たちにそう言うと、洞窟の出口に向かって歩き出した。



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