第40話 地底からの声
「どうやら電気の衝撃には多少、耐性があるようですね。ではどこまで耐えられるか試してみることにしましょう」
飛燕は冷たい口調で言い放つと、再び両手を荻原の方に向けた。
「手加減なしってわけかい兄さん。どうやら早めに決着をつける必要がありそうだな」
荻原は飛燕の方に向き直ると、敵と同様に両腕をつき出した。荻原の手の中で青白い放電が発生するのを見た私は『エレクトリックスナイプ』という球電攻撃であることを確信した。
「面白い、どうぞお撃ちなさい」
飛燕が言い放った瞬間、荻原の手から光る球体が敵めがけて打ちだされた。
「――なにっ?」
荻原が放った一撃は、飛燕の周囲に突如発生したリング状の放電に触れると一瞬で跡形もなく消滅した。
「ふふっ、これで無駄だという事がお分かりになったでしょう」
「なるほどな、ここではなにをやっても吸収されちまうってことか」
荻原は悔しそうに歯噛みすると、再び握った拳に青白い火花を溜め始めた。
「……テディ、無理しないで!殺されちゃうわ」
私が叫ぶと、飛燕が首を捻じ曲げて私の方を見た。
「どうやらあなた方の戦意の源は、このリーダーさんのようですね。では全員が一度に戦意を喪失するよう、効果的な標的を選ぶことにしましょう」
飛燕はそう言うと体の向きを変え、私に向かって片手を伸ばした。
「や……めろ……」
ふらつきながら前に進み出た荻原は、両手を飛燕に向かってつき出した。
「無意味なことはおやめなさい。……なに、少しの間静かになさっていれば終わります」
「俺たちがボスのピンチを黙って見ていると思ったら大間違いだぜ、電気使いの兄さん」
飛燕の手の中に光る塊が現れた次の瞬間、荻原の両手にも巨大な光る球体が出現していた。
「……ほう、まだそんなエネルギーが残っていたとは驚きです」
飛燕は荻原の攻撃をわざと待っているかのような、余裕の表情を浮かべた。
「うおおおお」
――頑張って、テディ!
荻原の攻撃が成功することを祈って私が拳を握りしめた、その時だった。突然、荻原の手から光る球体がかき消すように消え、光を失った荻原は力尽きたようにその場に崩れた。
「どうやらエネルギーを地中に吸い取られてしまったようですね。こういう結末になる定めだったのですよ、探偵さん。覚悟を決める時が来たのです」
飛燕はそう言い放つと、私に向けた手の中に凶悪な光を溜め始めた。
「もうすぐ新しい「種」として目覚められますよ、所長さん」
――もう駄目だ、ごめん、みんな!
私が目を閉じ、覚悟を決めたその直後だった。突然、どおんという落盤かと思うような音が響き、地震のような揺れが地面を揺さぶった。
「な……なんだっ」
「くおおおおおん」
聖洞全体が揺さぶられる中、助けを求めるような『オヤガミサマ』の声と、ごおーっという禍々しい音があたりに響き渡った。
「ボス、あれを見て下さい!」
石亀の声に我に返った私は、みんなが一斉に見つめている方向に視線を向けた。
「……嘘っ、水が!」
私は呆然とした。地底湖の水が栓でも抜いたかのように一か所に流れ込み、『オヤガミサマ』が渦に呑まれてゆくのがはっきりと見えたのだ。
「――オヤガミサマ!」
湖面で身をよじって呻く『純血種』を見た飛燕は、身を翻して地底湖の縁へと舞い戻った。
「ごあああああ」
もがきながら地中へと引きずり込まれてゆく『オヤガミサマ』を見た瞬間、私の中である仮説が形になった。
――地中で何かが爆発して、湖の底が抜けたんだわ!
おそらく荻原のためたエネルギーが地下に溜まっていたエネルギーに引っ張られて合体し、爆発したのだろう。湖の真下にはもともと巨大な空洞があり、そこに一気に水が流れ込んだのに違いない。
「オヤガミサマ、僕を一人にしないで!」
飛燕の悲痛な叫びを無視するかのように、地底湖の水はみるみる減っていった。水位が下がった湖はすり鉢状の穴になり、乾いて脆くなった土がぼろぼろと崩れ始めた。
「うわあああっ」
「――危ない!」
咄嗟に駆け出した私は湖の縁で足を止め、ずるずると滑り落ちてゆく飛燕の手を掴んだ。
「頑張って!何とか這い上がって!」
私は敵であるにも拘らず、渾身の力で飛燕を引っぱり上げようとこころみた。が、腕の力が限界に達しかけた瞬間、下の方から「手を離してください」という声が聞こえた。
「えっ、なに?」
「どうやら滅びてゆくのは人類じゃなく、僕の方だったようです」
飛燕が子供のような笑みを浮かべた次の瞬間、掴んでいた手がするりと抜けて華奢な身体があっという間に見えなくなった。
「嘘……」
私が湖の縁で呆然としていると、「ボス!早く逃げて下さい!」と後ろの方で叫ぶ声が聞こえた。
「……あっ、はいっ」
私はその場で身を翻すと、部下たちのいる入り口近くの岩場へと引き返し始めた。
「――ちょっと、こんな時に一体何をやってるんだいっ」
洞窟全体が崩落しかねない揺れの中で私の足を止めたのは、久里子さんの叱咤する声だった。
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