第39話 遅れてきた男


「やっぱりあなたが黒幕だったのね。こんなところにライルさんや久里子さんをさらってきて、一体何が目的なの?」


 私が問い質すと飛燕は端正な顔に邪悪な笑みを浮かべ「すべては新種――ハイブリッド誕生のためです」と言った。


「ハイブリッド?」


「僕のことですよ探偵さん。僕こそが『オヤガミサマ』――純血種の血統を受け継ぐ「新種」なのです」


「何を言ってるの?あなたは人間でしょ」


 私が不気味な予感を覚えつつ問いかけると「少し前まではそうでした。ですがそれゆえに不自由な思いも強いられてきたのです……この人たちによって」と言った。


「この人たちって……」


 私の胸騒ぎがピークに達した途端、それまでじっとしていた『オヤガミサマ』が動きを見せた。


 『オヤガミサマ』は一言で言うと巨大水棲動物のような生き物で、恐竜とクジラを合わせたようなシルエットをしていた。


 首長竜のように伸びた長い首の先には二つの頭があり、クジラのような胴体には岩を思わせる突起がいくつもついていた。そして突き出た口の上にある両目は、どこか人間を思わせる光を湛えていた。


 『オヤガミサマ』は身体のあちこちから触手のような物を出すと、水中に入れて何かを探るような行動を取り始めた。やがて、ざばんという音と共に三体の人間――グライアイの三姉妹を引き揚げると背中に開いた口を思わせる穴に容赦なく放り込んだ。


「……な、何をしてるの?」


 私が思わず尋ねると、飛燕は薄笑いを浮かべながら「組織を摂りこんでるんですよ。人間で言えば食事が近いかな。……もっとも人間を食べる習性はないんですがね」と言った。


「なんてことを……いくら悪人と言ったってやっていいことと悪いことがあるわ」


「僕にはこのくらいのことをする権利があるのですよ、探偵さん」


「権利ですって?」


 私は思いがけない話の流れに思わず身を乗り出した。


「そうです。幼いころから体が弱かった僕は大伯母たちによって軟禁同然の幼少時代を送ってきました。しかし彼女たちの役割は今、終わりました。幼い頃より『純血種』の心に共感してきた僕だけが、よこしまな大伯母たちに罰を与えることができるのです」


「大伯母って……『グライアイ』のこと?じゃああなたちは身内なのね?身内にこんな仕打ちができるなんて、余計に残酷だわ」


 飛燕の頬にうっすらと浮かんだ残忍な笑みを見て、私はこれは復讐なのだと思った。三人の大伯母に実験動物のように扱われてきた青年が『オヤガミサマ』と心を通わせることで間接的に復讐を果たしたのだ。


「では、僕こそが『純血種』の後継者である証拠をお見せしましょう」


 飛燕がそう言って両手を広げた瞬間、洞窟の空気がびりびりと震え私の全身を衝撃が貫いた。


「あああっ!」


 痙攣しながらその場に崩れた私は、どうにか体を起こすと飛燕を睨み付け「あなた……超能力者なの?」と声を絞り出した。


「古代種の「力」を継ぐものです。僕の中には『オヤガミサマ』の心臓が生きているんです」


「心臓ですって?『古代種』の臓器を移植したの?そもそもそんな手術、できないでしょ」


 私は絶句した。私の乏しい知識で考えても、動物の臓器を移植してなんでもないという話は聞いたことが無い。


「手術なんかしていませんよ。僕の病んだ心臓を『オヤガミサマ』が燃やして、同時に『オヤガミサマ』の四つある心臓のうちの一つを僕の体内に瞬間移動させたんです」


「臓器を瞬間移動……」


「新しい心臓には『古代種』が代々受け継いできたいにしえの記憶が眠っていて、それが僕の中で目覚めたんです。つまり僕の中で『古代種』は生き続けているのです」


「ようするにもうあなたは「人間」ではないってことね」


「正しくは「人間を超える次世代の生き物」です。これからは僕のような新たな種がこの星を支配します」


 飛燕が両手を高く上げると久里子さんの手から『古代神獣の杖』が抜け、回転しながら飛んで飛燕の手に収まった。


「どうやらあなたが探偵社のリーダーのようですね。お気の毒ですがまずあなたの心臓から止めさせていただきます。その後は『オヤガミサマ』の養分となり、幸福な生を全うすることとなります」


 飛燕が無表情のまま口許だけをわずかにゆがめた、その時だった。


「――うっ?」


 突然、ぴしりという音がして飛燕が手を押さえ、杖が地面に転がるのが見えた。


「……誰です?」


「ここに着いたら上司と同僚が不当な迫害を受けてるのが見えたんでね」


「――テディ!」


 いつの間に現れたのか、飛燕からやや離れた岩の上に髪を後ろに撫でつけた三十男――荻原が立っていた。


 飛燕はパチンコ玉を当てられた手をさすると、「なるほど、正義の味方のご登場というわけですか。僕を敵視するのは自由ですが、あなたは何か勘違いをなさっている。あなたの上司や同僚たちは、これから価値ある生命へと「進化」するのですよ」と言った。


「馬鹿言っちゃいけない。勘違いしてるのはお前さんの方だ。生命の価値に上も下もあるもんか」


「……仕方ないですね。では我々新しい「種」の力を見せてあげましょう」


 そう言って飛燕が手を前につき出した瞬間、荻原の身体の上を青白い火花が駆け巡った。


「――ぐあああっ」


 荻原は身体をぴんと硬直させると、体勢を崩しその場に尻もちをついた。


「……なるほど、電気使いに念動力……まあ、うちと「互角」かな」


「我々を人類と同格に見てはいけません。これからはあなた方が『古代種』となるのです」


 飛燕はそう言い放つと、ふらふらと立ちあがった荻原に哀れむような眼差しを向けた。


「痛たた……ふう、まさか第一ラウンドからKOを喰らうとは思わなかった。油断したな」


 荻原は顔をしかめて腰をさすると、「さあて、お次はどんな「力」とやらを見せてくれるのかな」と言った。


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