第38話 地底湖に死す


「――久里子さん!」


「おのれ、こっそりロープを切ったな!」


「捕まる前に尖った石を拾っといてよかったよ。ロープが頑丈で少しばかり手こずったけどね」


 久里子さんが呆然としている「姉妹」にそう言い放った瞬間、かちりと不吉な音がして「そこまでだ」というぺムブレード―の冷たい声が響いた。


 はっとして声のした方に目を向けた私は、ぺムブレード―がライルに付きつけている武器を見て思わず息を呑んだ。ライルのこめかみに押し当てられているのは、冷たく光る小型の拳銃だった。


「……動くと、この男を殺す」


 ぺムブレード―が非情に言い放ち、久里子さんは目を見開いてその場に固まった。


 ―終わりだ、久里子さんがライル監督を見殺しにできるはずがない! 


「待って!杖を……渡すわ」


「この連中のいいなりになっちゃいけないよ、ボス」


 私と久里子さんが絶望的なやり取りを交わしていると、ふいに手の中で『古代神獣の杖』が震え始めた。


「……えっ?」


 杖はいきな私の手から飛びだすと、くるりと回って久里子さんの手にすっぽりと収まった。


「なんだとっ?」


「――やっ」


 久里子さんは前に飛びだすと、手にした杖でぺムブレード―の銃を叩き落とした。


「まさか……神獣の魂が甦ったというのか」


 ぺムブレード―はいったん身を翻すと、岩の陰から仕込み杖のような武器を取り出した。


「探偵風情が手こずらせてくれるじやないか。あたしも一応、武術の真似事くらいはできるんだ。――行くよっ」


 ぺムブレード―は長く鋭い刃のついた杖を振り回し、久里子さんをたちまち巨大な一枚岩の手前まで追い詰めた。


「もっと強いかと思ったけど、そうでもないねえ。友人だか恋人だか知らないが、一人で敵地に来るなんて映画みたいなことをするからこうなるんだ……そらっ」


「――むっ?}


 かつんという音が響き、久里子さんが水平に持った杖で敵の武器を受け止めるのが見えた。


「無駄だよ。あんたの体力でいつまでも堪えられるわけが……ぎゃあっ!」 


 それまで久里子さんに迫っていたぺムブレード―が突然、武器を放り出すと叫び声をあげて後ずさった。


 ――嘘、こんなことってある?


 私はぺムブレード―をひるませた反撃の正体を知り、唖然とした。肩に噛みついて武器を放り出させたのは、久里子さんの杖から伸びた神獣の頭だったのだ。


「おのれ古代獣め……」


 縛めを解くべくライル氏に近づいた久里子さんに三姉妹がにじり寄った、その時だった。

 突然、二本の杖に付いている「神獣」が「ほおおお」と吠えたかと思うと三姉妹の身体が空中高く浮き上がり、そのまま滑るように飛んで地底湖の中に墜落したのだった。


「これは……いったい?」


 私が三人の消えた水面を呆然と見つめていると、やがて巨大な波紋がさざ波と共に広がり、凄まじい水しぶきと共に家ほどもある巨大な生物が湖面から姿を現すのが見えた。


 ――あれは……もしかして『オヤガミサマ』?


 私が咄嗟にに浮かんだ名前を心の中で呟くと、死角となっている岩陰からふいに見覚えのある人物が姿を見せた。


「――とうとう『純血種』を目覚めさせてしまったようですね、探偵の皆さん」


 私たちに向かって言い放ったのは、謎めいた眼をした美青年――飛燕だった。



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